その後どうするのです? (暗躍する者)
・帝都、某所
「ふぅん……」
と通信機に向かうファロフィアナ。
「それで、結局は潜るのだね?」
相手はダリオン。彼女から本日のカンイチ達の動向の報告を受けているところだ。
「うん? ああ、解ってるさ。フジ様もいるしね。……もちろんさ。手は出さないよ? うんうん。では引き続き……。うん、よろしくね」
”ぷつ”
忌々し気に受話器を置くファロフィアナ。その目はアマナシャーゴ国の方角を睨みつける。
「チッ――! 結局、潜るのか……。地上に残れば良いものを……。仕方なしか……」
ワインを一口含み……気に入らないのかグラスを壁にたたきつける。
今の彼女にとってはどんな高級なワインでも口に合わないだろう。
身支度を整え、部屋を出て隣の建物に向かう。
「うん? これは珍しい。ファロフィアナ様。どうしました? 随分と不細工な顔して」
「放っておけ! クロウ。『例の件』、流れそうだ」
部屋に入ってきたファロフィアナに軽口をたたく、ごく普通の、小柄の人族の男。もちろんただの市民ではない。
隣の建物。一階、二階には飲食店が入り常に賑わっているが、三階は帝国の『暗殺部隊』の本部となっている。
ファロフィアナの『特殊諜報部』も情報収集のみならず暗殺等も手掛けるが、こちらの『暗殺部隊』は、字の如く、『暗殺』と、暗殺に対応するための専門部署だ。
例の件……ファロフィアナは、アールカエフがかなりの確率で地上に残ると踏んでいた。
同じ”風使い”。決してダンジョンには潜らないと。そこに暗殺部隊を仕向けようとしていたのだ。軍で囲み、逃げ道を塞ぎ。他のエルフの隊員を補佐につけて。
なにせ、相手は化物精霊を行使する。精霊魔法じゃ対処できない。そこで物理的に人族や、獣人族で構成されている暗殺部隊をという訳だ。
「はぁ? 『例の件』ですぅ? 一体、何のことでしょ? ファロフィアナ様?」
と、とぼけるクロウと呼ばれた男。
「なに? ……貴様ぁ?」
じろり、ファロフィアナの殺気がクロウを舐める。が、平然な顔で立つクロウ。他の者であれば死を覚悟して膝を突き許しを請うだろう、圧の中で。
「ふぅ。どうにも、貴女の勝手、独断専行だったとかで? ファロフィアナ様? 陛下に怒られちゃいましたよ。俺……」
「……陛下に? おい!」
ぐっと、歯を食いしばるファロフィアナ。精霊も反応してか、風であたりの書類が舞う。
「おおっと! 抑えてください! まぁ、貴女の杞憂もわかりますよ? 人族の俺ら以上に感じてるのでしょうけど。陛下は融和政策をとるそうです。余計な手出し無用とのことでした。確かにお伝えしましたよ?」
と、言葉と同時に暗殺者特有の鋭い殺気を飛ばすクロウ。正々堂々では敵わぬとも、暗殺者。闇に紛れれば……
「……チッ――! 陛下もわかっていない!」
「いえ、わかっていないのは貴女でしょうに? たとえアールカエフ様を討ったとして、その後どうするのです? そもそも一緒にいるフェンリルの対処どうするので? 考えたのです? わざわざハイイロオオカミに擬態してまで一緒に居るのですよ? あの誇り高きフェンリルが。目立たぬよう……思慮深く。恐らくは成体。見た目で侮ってると大事になりますよ? そうそう、そこまでして付いてきているのです。理由等も知ってるでしょう? その辺りの報告書も国にあげてください。それも陛下の命です。よろしく!」
「……わかった。直ぐに報告はあげよう。……邪魔したな!」
「いえいえ。お気をつけて。なにせフェンリル。触らぬ神に祟りなしですって」
踵を返し、部屋を出ていくファロフィアナ。
「ふぅ、一体、何かあったのかねぇ。まぁ、相手はあのアールカエフ様だしな。対抗心を煽られるのもわからんでもないが……。ファロフィアナ様の家も良い家だと聞くし? プライドも恐ろしく高い方でいらっしゃるしぃ?」
「クロウ隊長……。しかし、アールカエフ様……ですか。長年サヴァにいらっしゃるお方ですよね?」
散った書類を集めていた職員が話しかける。他の職員も聞き耳を立てる。
「うん? そうそう。そのアールカエフ様さ。ハイエルフの。【サヴァの守護神】なんていわれてるね」
「……ですが、あまり逸話は聞きませんよね。中規模の”溢れ”を沈めたとか?」
「ううん? それだって大きな功績だろう? 山の”溢れ”だぞ? まぁ、君のいう通り、比較的大人しいお方という印象はあるがね。だが、1000年前は結構ヤンチャしていたようだよ?」
「せ、1000年? でしょうか?」
「ああ。その時すでにハイエルフみたいだよ。……恐ろしいねぇ。それに代々ウチの部署に伝わってる『マル秘・特殊要人調査票』によるとだな、絶対手出し無用となっている。もう、髑髏マークがついてるくらいだよ? アールカエフ様は他のハイエルフ様たちと比べても比較的、俺ら人族に対して友好的だが、彼女の領域に手を出すと恐ろしい報復を受ける事になると記されている。先達たちも随分手を焼いたのだろうさ。そもそも、『風の巫女』とも謂われてるお方だしなぁ。物凄い魔法を行使するってよ?」
「……」
「俺たちでも近づけるかどうか……。なにせ、風の精霊様だろう? そういったものの動く振動? そういった気配には敏感だろう?」
「ええ、その話はよく聞きますね……。『風使い』のエルフには個より、集団で当たれ……と」
「犠牲を覚悟しての戦法……ね。普通のエルフ殿ならその手も打てるが、何せ相手は、ハイエルフ。『風の巫女』とまで呼ばれている、風の精霊魔法の大家のアールカエフ様だ。近づく前に皆、バラバラだろうさ」
”ごくり”
「……そもそもがおかしい命令だったんだが、それでも考えたさ。が、攻略が全く思いつかなくてね。矢だって効かないし? 毒の霧すら風で払うと聞く。どうすりゃいいんだい?」
もうお手上げと、両手を上げるクロウ。
「……」
「それで、お国に質したら、知らん! っていわれるし? 陛下には怒られるしぃ!」
と、ぶつぶつと不平を漏らす。
「ま、いいさ。でもアールカエフ様も、とうとう【お籠り】になられて……。この調査票も『故人ファイル』に移せると思ってたのに、ご復活された。……ということは?」
帝国の力、諜報の人員を駆使し、アールカエフが老い、【お籠り】に入ったことは確認している。その、エルフ族の寿命が尽きたことを示す【お籠り】から戻ってくるとは。しかも若返って。
「更なる高み……。と、いう事でしょうか?」
「さてねぇ。ハイエルフの先……。そんなものがあるのかねぇ。でも、一回お会いしたいところだね。今のアールカエフ様の前に立って、俺の気が折れずにいられるかどうか……。フフフ……」
「ク、クロウ様……」
弱気に思える発言……が、そのクロウの目をはギラギラと怪しい光を放っていた
…… <おわり>




