……で、そこの狼が? (研究者たちと……)
……
「それはそうとアーマ博士! 立ち入り禁止命令が出ていたでしょう!」
水で顔を洗う男達の下に。
カンイチ達の秘密を探ろうと隠れているところがバレ、目に目つぶし用の砂をねじ込まれた面々。
「い、いや、ははは……」
未だに赤い目をしたアーマと呼ばれた白衣の男。例の砂粒は眼球にかなりのダメージを与えたようだ。
「軍法会議ものです! さっさと出て行きなさい!」
「い、いや、ティーター様、……で、そこの狼が?」
白衣の男達の視線が一斉にフジへと注がれる。当のフジは我関せず。伏せをしたまま。
「そんな事、貴方に関係ありません。……これ以上、機密に触れると……」
「おっと、了解ですよティーター様。暗殺者を差し向けてくださいますな!」
「……そんな事はしませんよ。そんな事をせずとも軍法会議で正式に縛り首にできますし?」
「ひっ!」
「相変わらずおっかないですねぇ……ティーター様は」
「だから言っただろ、アーマ。すいません! ティーター様、この事は……」
アーマ以外の職員は恐れ、跪き許しを請う。
「壁の細工の出来も、”隠蔽”の術式も完璧だったのになぁ。よくわかったね。君? それとも?」
アーマの視線はカンイチの顔とフジを往ったり来たり。カンイチも無視を決め込む。
「お、おい! アーマ!」
「今回は不問にします。呼ばれるまで向こうへ行ってなさい」
「は、はい。行くぞ」
「もうバレてるし? このまま……じょ、冗談ですよ」
すごすごと出ていく研究者たち……。
……
「すいません、カンイチ様。研究者の性と申しますか……」
何とか言いつくろうティーター
「ま、仕方あるまい。どれ……」
部屋の中央で座禅を組み、目をつむるカンイチ。精神集中……
「カンイチ様?」
フジの正体がバレているくらいだから、カンイチの”収納”も知れてるだろう。が、覗かれるのはつまらない。折角、ダミーのバッグも持っているのだし。
何某かの呪物、魔法陣等が無いかを探る。人攫い共に攫われたときに身につけた技だ。
解剖台の器具が並べられているトレイから手のひらに乗るくらいの円筒形の物体を取り上げる。その上部はすり鉢状にへこむ。魔力が回っているような感覚。魔道具だ。それをティーターに手渡す。
「この魔道具は何じゃ?」
「……こ、これは。は! か! せ!」
そのすり鉢状の場所に目掛け、大声を出すティータ
「これは、おそらく、形状からいって集音の魔道具ですね。盗聴に使われる……。こんなものまで用意して……」
今頃どこかの部屋で耳を押さえて、転がり回っているであろう博士に、
「もう、軍法会議ものね。追放は覚悟なさい!」
と、宣告がなされる……。そして、魔導具から魔石が抜かれ、機能を停止する。
「重ね重ね……すいません。ここまで来るともう、スパイね。好奇心の範囲を越えてるわ」
「そうじゃな。じゃぁ、出してさっさと帰ろうかい。わしの仕事はそこまでじゃ」
「そ、そうですね、お願いします」
青トゥローを解剖台に出し、帰路に。研究棟の出口で待っていた騎士に合流。アーマ博士の拘束の指示が出される。解剖チームの再編やら細々なことがティーターより伝えられ、用事を終え基地の外に。
ティーターは関与していないようだなと、ホッとするカンイチ。これが演技だったら人間不信になるだろう
「ご苦労様でした。カンイチ様。今から、屋敷の方に案内しますね」
「うむ」
『その前にあの屋台だな。少し腹に入れて行こう。リンドウらにも土産を頼む』
「おう。了解じゃ。アールの分も要るの……」
……
……
『……という訳でして……ファロフィアナ様』
「……ふぅん。あの”隠蔽”の偽装壁と集音の魔道具を見破るなんてねぇ……」
ここは帝都。役所が集中する官庁街。その一角にある定食屋。その二階、三階がファロフィアナ率いる、皇帝直轄の諜報部の事務所だ。諜報部自体は知られているが、そのアジトは皇帝すらも知らない。
その三階。奥の部屋。受話器を握るのはファロフィアナその人。
――特に集音の魔道具についてはティーターすら知らない、新開発した小型軽量ものだ。それをねぇ……フェンリル? それとも、例のカンイチか?
と、言葉には出さないが内心舌を巻くファロフィアナ
「他に気が付いたことは? アーマ博士?」
『さて、会話すらしておりませんし、ましてや触れることも……すぐにティーター様に排除されてしまって』
音は出さぬが、舌打ち。役立たずめと
「……わかったわ。御苦労様」
『お、お待ちください、この後、拘束されます! ティーター様の命で! お、お口添えを!』
「わかったわ。あの子の面子も体裁もあるから、暫く……そうね、連中が町から出るまで牢で大人しくしてなさい。そしたら出してあげるから」
『な! ろ、牢に!? わ、私は貴女の命で!』
「だからぁ、助けてあげるって言ってるでしょ? 罪も帳消し。事が済めば無罪放免。報奨金も弾んであげるわよ?」
『こ、この私が? この天才が牢に? じょ、冗談でしょう! しかも目の前には青トゥローの検体が! 学会ものですぞ! それを他の者に譲る? はぁ?』
――おいおい……この馬鹿……
「……少しの辛抱よ。いい?」
『……チッ――! ……わかりました。……お願いします』
「うんうん。任せて」
”かチャリ”
一旦置いた通信機の受話器を取るファロフィアナ
”ぴ!”
「ああ、サリクス? 研究所のアーマ……うん。そう。魔法は駄目。あの婆さんにバレるわ。騎士にでもやらせて。余計な言葉を吐く前にね。取り巻きの二人も。……そうね。そうそう、例の監察対象の一行には今のところ手出し無用よ。うん。よろしく」
ふぅ。溜息と共にソファーに身を沈める
「まったく。少しの辛抱でしょうに……寿命が短いとはいえ、たかだかひと月やふた月くらいどうという事無いでしょう?」
アーマの声の質、動揺具合からみてティーターに全てをぶちまけると感じた。ファロフィアナが近くにいれば歯向かうことは無かったのだろうが……
「ひと月ケチったお陰で残りの寿命もあっという間に尽きちゃうというのに……くすくす。ま、代わりはいくらでもいるからいいけどね。しかしトゥローの青個体かぁ。だれかぁ、お茶!」
「はい!」
……




