野兎
……
掏摸の捕物を終え、その場でUターン。再び酒屋へ。
手土産として、エールの中樽を購入。背負って、南門の詰所へと向かう。早速の付け届けだ。衛兵連中、いわば警察のような連中だ。縁もある仲良くしておくに越したことは無い。
「おう! 聞いたぞぉ! カンイチ! ザプの手、握りつぶしたんだってなぁ!」
満面の笑みで迎えてくれたハンス隊長。すでにヨルグから話を聞いてるようだ。グイと手渡されるジョッキ。中身は紅茶のようだ。流石に詰め所で酒はない。
「ええ。ぶち殺すとナイフ抜きましたので。そうそう。お世話になりました。これ皆さんで」
”どん”と背負っていた樽を置く。
「思った以上に力もあるな。酒ありがとうな。ザプの野郎もこれで掏摸は廃業だろうさ。しかし、本当に楽しみだわ」
「農作業には必要ですし。鍛錬は必要ですよ」
「……なんか、ジジィ言葉じゃないと、カンイチっぽくねぇな」
皆に、この地道な努力を否定され少々ムッと来るカンイチ。
「年相応? と申しましょうか。折角門まで来ましたので、クマたちの散歩がてら外に出たいと思いますが」
「うん? ああ。良いぞ」
「この辺りに兎とか、猪はいませんか?」
「畑の区画周辺に沢山いるぞ。どうすんだ? 狩ってくれるとこちらも助かるが……」
「ええ。クマとハナの餌にと思っています」
「おう! そいつは助かる! 畑の辺りならそう危険じゃないだろうが、気を付けてな!」
「はい!」
折角門まで来たのだからと、急遽、周辺の情報収集、確認を兼ねて散歩をすることに。
クマたちの首輪についていたリードを外し、自由にさせる。嬉しそうに駆け出すクマとハナ。
「窮屈じゃったのぉ。そうじゃ……そうだ、鍛錬場、走らせる許可をもらおうかのぉ……もらわないとな」
ハンスに教えられた通り、門を出て、城壁に沿って東に。しばらく行くと粗末な木の柵に囲まれた畑の区画が見えて来た。
これだけの面積、柵で完全に囲うことはできない。動物の侵入の痕跡もあちこちで確認することができる。
しゃがみ込み、草原の草を棒で突く。あちらこちらに動物の足跡や糞が。
「ふむ……この獣道は鹿と……猪かのぉ。熊の痕跡は無いな。それとこりゃぁ兎じゃな。随分と多いのぉ……」
顔をあげ、少し離れた草原を望む。そこには無数の野兎がこちらに耳を向け警戒している。
「奴らも来てるのだろうのぉ。こりゃぁ、食害が大変じゃの……だな」
今度は畑の土にそっと手を伸ばす
「……ふぅむ。こりゃぁ赤土系の粘りのあるいい土だのぉ。粒粒もええな」
手のひらに広げた畑の土。愛しそうに指で潰したり、つまんで土の性質の確認をしていると
「なにやってるだか! 野菜泥棒か!」
そこには鍬を持った農民が。
「あ、い、いえ。……ふぅ、土の様子を。私も農家ですので!」
いきなり声を掛けられ、焦ったが、息を一つ、落ち着かせ出来るだけ丁寧に答える。土に夢中になってるうちに、3人の農民に見つかった様だ。
「ふぅん。そうは見えんがのぉ」
と、疑いの目を向けられるも、
「ここら辺は、良い赤土ですね。これなら水持ちも良いですし。地力もある」
「ん? お? おお! 良くわかったなぁ。兄ちゃん!」
「肥やしも定期的に入れとるぞ。で、なんだ? 農業希望か?」
農家のカンイチ爺さん。一言でぐっと同じ農家の気持ちを惹きつけたようだ。
「希望したいところですが……。当分、冒険者をやらないといけませんので……」
はぁ……。と、ため息交じりに告白するカンイチ。
「はぁ?」
農民には意味が解らないだろう。なにせ、冒険者で食えれば農民なんぞやらなくていいのだ。
「あ、あそこら辺にいる、兎、狩っても良いですか?」
「そいつは助かるが、大した金にならんぞ?」
「ああ。ギルドでもタダみたいなもんじゃぞ?」
「いえ、家の犬の餌に」
「なるほど。そりゃぁ! うちとしては助かるよ!」
「ああ! 大助かりじゃ!」
……
「クマ! 待て! ハナ!」
ハナが兎の群れを追い、一匹に絞る。
「クマ!」
それをクマが仕留めるといった手順だ
「う~~む。こっち来てからお前達も大分強くなってるようじゃし。好きにやらせてみるかの。行け!」
”ぅおぅふ!” ”ぅおぅ!”
恐ろしいスピードで、兎に襲い掛かるクマたち。
「思った以上じゃぁなぁ」
狩った獲物はちゃんと持ってくる。そして再び兎を追う。
その間、カンイチは兎の皮剝きだ。内臓は掘った穴に放り、埋める。
「ふぅ。これだけ狩ればよかろうか……」
足下には剥かれて肉となった50羽近くの兎。宿のお土産用に10羽を分けて頂き、残りはハンター達にお返し。
「よし! 食って良いぞ!」
”がふがふばきばき”と骨ごと兎を平らげていく愛犬を見守る。随分と逞しくなったものよ、と。
さて、帰るかと腰を上げたときに先ほど言葉を交わした農民に声を掛けられる。
「見てたよ。兄ちゃん。助かるよぉ。これもってけ」
小松菜に似た菜っ葉を分けてくれた。市じゃ見ない新鮮さだ。
「良い出来ですね。朝市じゃ見ないですね」
「ああ、ここらで作ってるのは領主やら、お貴族様の所に行っちまうからなぁ。あとは、契約してる食堂だな」
「なるほど……実入りは良いんですね」
「それがなぁ~~。土地は、領主の物だ。中々なぁ。ま、食っていくには困らんさ」
「ふ~~ん。あ、これ頂いていきます!」
「ああ、また頼むよ」
――やはり、どこの世界でもあるものじゃなぁ、小作人制度は。それでは詰まらん。最悪、人のいない所でもいい。兎にも角にもまとまった金が溜まらんことには話にもならんのぉ。
畑購入のためにも頑張ろう! と、気合を入れるカンイチだった。
クマとハナを十分に走らせ、門に向かう。途中、中型のイノシシが3頭いたので狩る。全く人を恐れない猪だった。
クマたちも狼じゃないからか、猪共は恐れない。向こうから向かって来る始末だ。結果、カンイチ一頭、クマ、ハナも一頭づつ仕留めることができた。
クマなどは突っ込んでくる猪の首に食らいつき、その勢いのまま、投げ捨てるように一回転。”ごきん”と首をへし折る始末だ。
カンイチは猪の眉間に散弾銃の台尻(銃床の末端)を叩き込む。すると気絶し、安全にとどめがさせることができる。豚の急所と一緒だ。
周りを確認し、3頭とも”収納”に。一頭担いでいこうと思ったが、泥やら糞で汚れてるし、ダニも多そうだったのでやめた。
「適当に肉屋か宿のオヤジに卸せばいいだろうさ。さてと、帰るぞぉーー!」
”ぉふ!” ”うわふ!”




