ぶっ飛ばされないように注意だぞ (毛長猪)
……
「うん? 聞いていたよりも随分と小ぶりのようじゃな」
固くなった泥にくっきり残る泥浴びの痕跡、そして所々に残る足跡を観察するカンイチ。
今日は狩の日。獲物の毛長猪とやらを追跡中だ。クマ達の鼻によって木の陰に動物が寝そべったような窪みを発見。乾いて所々固まっているが周りに草が生えていないところを見ると良く利用される場所なのだろう。
「ふむ……近くに居そうじゃな」
薄暗い木々の間に目を凝らすカンイチ。幾筋かの獣道が確認できる。
「そりゃぁ、魔猪に比べたら小さいでしょうけどぉ。それでも結構大きいですよ。カンイチさん。普通の倍くらいある。わわ、深さも……重いみたいですね」
「いやな、魔物の類と言っておっただろう? であれば……と思っての。ふむ……昨日の夜におって……で、足跡はこっちじゃな」
「良く解りますねぇ。カンイチさん。狩人みたいだ」
「ま、このくらいはのぉ。小さいのも混ざってるの。巣がありそうじゃな。注意していこう。ガハルトよ。先ずは観察……じゃぞ?」
「ん? ああ。了解した。話によると気性が荒く、よっぽどじゃない限り逃げぬというからな。イザークよ、ぶっ飛ばされないように注意だぞ」
「は、はい!」
足跡を追い草木をかき分けながら獣道を暫く行くと遠い木々の下、根元を抉るようにくぼんだ場所、そこに三頭の猪を発見。いずれも普通の猪の倍はあろう、体長3m、肩高2m弱、体重に至っては500kgはありそうな個体だ。
毛長というだけあって、泥で固まった毛が暖簾のように垂れさがっている。
「ほう。よぉ肥えとるのぉ。ほんに美味そうな猪じゃわい」
「うむ。確かにな。これ以上は寄れんか……仕掛けてみるか? ミスリール?」
ちらと、このチームの”射手”のミスリールに。カンイチの散弾銃は此方の世界の動物にはいささか心もとない。
「うん? 頭は狙えないなぁ。硬くて弾かれそうだ。胸になっちゃうけど? どのみち一撃では厳しそうだね」
「であれば、俺とカンイチで当たってみよう! クマたちは逃がさぬように包囲を頼む。無理するなよ。牙がでかい。ミスリールはいざという時の援護を」
”ぅおふ!”
「うん? わしの銃でもよっぽど近くに寄らんと仕留められんぞ?」
「お、俺もかく乱くらいなら!」
「カンイチ! お前には鶴嘴があるだろうが! じゃぁ、行くぞ! イザークも無理すんなよ」
「おう! もっと近づかねばならんじゃろうに……。仕方なしか」
「お、おう!」
”収納”から、ダイインドゥ制作の鶴嘴を引っ張り出す。本来の用途であろう採掘には未だ使ったことは無いが。たしかにガハルトのいう通り散弾銃にしろ、あの巨躯、分厚い脂肪にどれだけの威力が発揮できるかわからない。
毛長猪に向かい走り出すガハルト、カンイチ、一足先にクマた達も。その後ろからイザーク、フジと続く。
毛長猪もすぐにこちらに気づき、ガハルトではなく体の小さいカンイチの方に向かって一頭が駆けだす。
「行ったぞ! カンイチ!」
「おう!」
犬達が猪を威嚇、幾分スピードが落ちたところにカンイチが鶴嘴を横に振る。鶴嘴の鋭い切先が狙いたがわず猪の眉間に吸い込まれる。
重量では圧倒的に敵わない。すぐさま手を放し、横へと飛び避ける。ゴロゴロと地を転がって。手を放さなければ手首は砕け、最悪その巨体に巻き込まれることだろう。
鶴嘴の一撃を食らった猪の方もその勢いのまま前脚から崩れ、大きく地面を抉りながら、”がくり”と擱座する。眉間への一撃は脳にまで達していたようだ。
一方、ガハルト、その両手には鉄鞭。渾身の一撃が猪の横面を捉える!
「どぉらぁ!」
”ずん!” ”びきん!”
”ピギィィイーーーー!”
その重量、勢いのままツッコんできた大猪の顔の向きが変わる! 自慢の牙をも砕かれて!
その隙に、左右の鉄鞭が容赦なく連続で叩き込まれる。打たれ強いはずの猪。脳が揺れたのか、もはや生きてはいないのか、膝が折れ、腹を地に着ける。その落ちた頭頂にどめとばかり振りかぶって鉄鞭を打付ける!
”びがん!”
”……”
残りの一頭、仲間の二頭があっけなく屠られた姿を見て方向転換! 逃げに回る……も、クマ達が退路を塞ぎ吠え掛かる。小さい犬に良い様にされるのにも堪忍できなくなったのだろう、クマ目掛けて突進を開始する!
「クマぁ!」
クマも逃げる気配はなく真直ぐに猪に向かって駆け出す! 巨猪の牙によるしゃくりあげ! その寸前、サイドに躱し、しゃくりあげによって無防備になった喉元に食らいつく!
”プピィギイィーーーー!”
ブンブンと頭を振り、クマを落とそうと画策するも一向に落ちる気配はない。
”クヒィ! クブヒィィ! ブヒィィ”
苦しそうな呼吸音を漏らす猪。
このままじゃ潰されかねんと駆けだすカンイチ、が、フジに止められる。
「あ、危なかろうが!」
『ふん。問題ない。死にはすまい。見ておれ』
「フ、フジ?」
最後の手段と地面に押しつぶそうとその場で跳躍を見せる猪。猪の重量がモロにクマに掛かればぺしゃんこ、さすがのクマだって即死だろう。が、
”ばりぃ!”
その空中で喉の皮膚、器官ごと噛み切り、えぐり取りとる! その勢いのまま猪を蹴り、飛び退くクマ。
”どずん!”
食い破られた個所からおびただしい血が噴き出し、そのまま果てる大猪
「こ、こりゃぁ、魂消た……」
「ああ。本当に魔獣の域に達しているのだろうさ。あの硬い皮を食い破るとは……」
「……すげぇ……って、俺、何も出来ませんでしたけど……」
『ふむ。よくやったなクマ。後で胆を分けてもらおうぞ。ハナもシロも楽しみにしてると良い』
フジの労いの言葉がかけられる。
『うん? お爺、呆けていないで、血抜きをするなり、”収納”に仕舞うなりすると良い』
「あ、ああ、そうじゃな。血抜きしようかい……ガハルト頼む! ……それにしてものぉ……」
『まだまだ強くなろうに? こんなことで驚いていては。大神様以上の御加護持ちぞ?』
「……そうじゃったな……。ふぅ」
益々犬を離れ……魔獣になっていくクマに目を向ける。今では猪の返り血で真赤だ……
が、徐々に、クマに吸われでもしているかのように血が消えていく
「う? うん? フジ? ”洗浄”でもかけておるのか?」
『うん? クマが己でやっておるのだろう? 我らはそういうところは敏であるからな』
「な、何と……」
再び驚かされるカンイチだった。




