怪力
……
「さて……。下着、褌の目途もついたし、おおよその買い物も終わったの。折角じゃし食料品などの市も覗いてみるかのぉ……みるか」
未だ、ジジィ言葉返上に奮闘中のカンイチ
クマたちの手綱を握り市に並ぶ野菜を順に見て行く。クマたちも歩調をカンイチに合わせついて来る。一切吠える事も無く。
「ふぅむ。大分遠くから来てるのかのぉ? いや、この世界、トラックなんぞの車はない。だとすりゃぁ馬車かのぉ。馬車だと近場でも時間はかかろうなぁ」
どうしても根菜類やら、イモ類、南瓜のような硬いものが主に並ぶ。葉物野菜の種類は豊富だが、いかんせん傷みがひどい。輸送時間、馬車の揺れもあるが、少しでも多くと積んでくるものだから、潰れ、傷んでしまうのだろう。黒く溶けてるのもちらほら。
勿体ないと思いつつ。この世界の農業について分析していく。カンイチの感触としては、そこそこ発展してるようだと。
義理のお勤め期間の3年間。これが済めば、もっと安全な内陸に移動だな。そこでなら農業に精が出せるだろうと当たりをつける。それまで金策をせねば! 気合いを入れるカンイチである!
とはいったものの、土いぢりがしたい……。3年も我慢なんぞ出来まい。
「そうじゃ! 木の板でプランターでもこさえるかの! 庭でつくってもええの。家庭菜園じゃ! リストさんに相談じゃな!」
思い立ったら吉日。早速と木材を売っている店を探す。が、市場内には無いようだ。尋ねたところ、西門の付近に木材の問屋があるらしい。
では! と西門目指して歩み出した時に、酒の卸し問屋と思われる店の前を通る。
「うん? こりゃぁ……」
店のわきに大量の空の樽が積んであった。大きなワイン樽。カンイチもすっぽり収まるほどの大きさ。ワインの仕込みにでも使えそうな巨大なモノ、小脇に抱えられるほどの大きさの物。3種類ほど見て取れる。
「ほほぉう。丁度よいな! この小さい方の樽なら、ブルーベリーくらいは植えられるのぉ」
積んである樽に当たりを付け、さて、譲ってもらう交渉をと振り向くと、酒屋の主人と思われる熊のような大男が居た。
なぜわかったか。大きな空樽を軽々と担いでいたからだ。
「うぅん? どうした、坊主! そんなとこに居ると危ねぇぞ!」
「店主殿、その空いた樽を譲ってはくれまい……いただけませんか」
これ幸いと、丁寧に語りかけるカンイチ。心象良く
「こいつか? こいつは通いで引き取りに来るからなぁ」
「では、中身の入ったものを分けて頂けませんか?」
であれば、自分で消費しそれを使えばと画策する。
空になるまでどれほどかかるかはこの時は頭からすっぱりと抜けてるカンイチ。
樽だぞ! 樽! アル中になってしまうぞ。カンイチよ!
「坊主にゃ、早ぇえ。それに金はあるのかい?」
「一応、成人しています。身分証、冒険者です」
懐から出すように銀色に輝く身分証を出す。
「ほ! こいつは驚いた…。”銀”かい? その年で? 偽物……いや、本物のようだな。失礼した。冒険者殿」
「いえ。それで?」
「勿論、大歓迎だ。味見もできるぞ。いらっしゃいませ!」
……
好みに合った蒸留酒、二樽を購入。おまけに空の樽を二つ譲って貰った。
さて、帰ろうと”収納”に入れようとしたときに、ふと、ハンスの言葉を思い出し、ギルドの宿舎まで配送してくれと依頼する。もちろん前金で払う。
……。
「けふぅ。ちと、飲み過ぎたなぁ。が、馴染みのある焼酎に似たのが見つかったのは嬉しいのぉ。おそらく、ソバやらムギが混ざってるようじゃが。うむうむ、ソバの実さえありゃぁ蕎麦は何とかなるのぉ」
少々? の酒と好物の蕎麦に目途が立って浮かれてるカンイチ。爺さん言葉も全開だ。
足取りも軽く宿舎へとふらりふらり
そんなところに、スススぅっと寄って来る男。
――うん? 掏摸かのぉ?
カンイチの読み通り、ツナギのポケットに手を入れて来た。おそらく、酒屋での一部始終を見ていたのだろう。樽の酒をぽんと買う小僧だ。しかも酔っている。いい鴨と思ったに違いない。
――白昼堂々、大胆な奴じゃなぁ。どれ、一つ懲らしめてやろうかい
ポケットの上から、相手の手を押さえ、ガッチリと握る。
「な? なぁ? は、放しやがれ! あ……」
バレていないと思っていた掏摸。いきなり手を掴まれたものだから大きな声を上げてしまった。
「ふん。放せじゃと? この盗っ人めがぁ!」
「い、言いがかりだ!」
「……言いがかりじゃとぉ? ほぉう……」
誰が見ても……。カンイチのツナギのポケットに深々と刺さる掏摸の右手。周りの人々も呆れて声を上げる。
「おいおい……他人のポケットに手を突っ込んで何言ってんだアイツは?」
「現行犯てやつかぁ? 兄ちゃん! 見事に捕まえたなぁ! おい!」
「ああ? あいつ、掏摸だったのか!」
「兄ちゃん、衛兵呼ぶか?」
など。
「ああ、呼んでくれ」
呼んでくれるのな手間が省ける。
「は、放しやがれ! ぶっ殺すぞ! ガキがぁ!」
顔面真っ赤。じたばたと暴れ、叫ぶ掏摸。
掏摸にすればこれ以上の恥も無い。顔もバレてしまった。何より一刻も早くこの町を出なければ捕まってしまう! 焦る掏摸。
「……そのガキのポッケに手ぇ突っ込んどる貴様が言うか? この掏摸め」
どんなに暴れてもカンイチは離さない。魔改造の結果、物凄い剛力だ。
「このガキがぁ! 舐めやがって!」
掏摸が左手で懐からナイフを出した瞬間!
”ぼきぼきばきごきごきりぼき……”
辺りに何とも言えない……普通に生活をしていればまず聞くことのない音が周囲に響く。
「この? はぁ? ひ? ひぃひぎやぁああああああああぁぁぁぁぁーーーー!」
掏摸の絶叫が!
そう、ポケットの中の掏摸の右手をカンイチが一息に握りつぶしたのだ。
酒のせいか加減せずに。***に強化――魔改造された身体。カンイチや、周りで見ていたやじ馬、何より掏摸の予想のはるか上を行っていた。
”ぼきぼきごきり……ぽきん!”
「うん? こりゃぁ、砕けたかのぉ?」
あまりの痛さに膝を突き、悶える掏摸の頭に語りかけるカンイチ。もちろん、未だに掏摸の右手は、カンイチのポケットに突っこんだままだ。
「お、おい……なんの音だ? す、凄い音したぞ……」
「本当に聞こえるものなんだな。骨の折れる音って……」
「あ、ああ」
「折れたというよりも砕けたんじゃね? 手が」
「それにしても、何もんだ? あの兄ちゃんは」
……
しばらくそのままで突っ立てると衛兵が駆け付けて来た。野次馬の一人が呼びに行ってくれていたらしい。
「どけ! ほら! 道を空けろ! 掏摸出没の報告が! うん? カンイチか?」
駆け付けた衛兵の中に見知った顔を見つける。南門警備副官のヨルグだ。
「あ……たしか、ヨルグさんじゃったか? ご苦労さまじゃの」
掏摸の手を握ったまま、ペコリと頭を下げる。
「……うん。カンイチだな。爺臭い言葉使いだものなぁ」
ヨルグの指摘に、はっ! となるカンイチ。
「ヨルグさんでしたね。お願いします!」
今更ながら、言い直すカンイチ。
なんとも言えない表情のヨルグ。
「……まぁ、いいさ。で……おいおい。もう足を洗うと誓ったじゃねぇかよ、ザブよ」
どうにも顔見知り、前科持ちのようだ。
「だ、旦那ぁ……ち、違う、違うんでさぁ……」
痛さを堪え、涙とよだれを垂れ流しながら訴える、ザブと言われた掏摸
だが、
「ザブよぉ、どう違うか説明されても恐らく理解が出来んぞ。カンイチのポケットに手を突っ込んで押さえられてるし、足元にはお前のナイフが落ちてるし……どう見てもな」
「ああ。こりゃ立派な現行犯だな」
「大方、手を掴まれて逆上してナイフを抜いたんだろう、お前」
他の衛兵たちも呆れている。正にその通りの事が起きている。
「はい。そのとおりで」
「ああ、俺達も見てたぜ」
衛兵の状況予測に、やじ馬たちが言葉を足し、その時の風景が共通認識となる。
「ま、死罪はないが、今度は鉱山送りだな。しっかりお勤めしろよ。カンイチ、そいつを解放してくれや。後はこっちで引き受ける」
「うむ……は、はい。ヨルグさん、後はお願いします」
「もういいって。カンイチ。爺さん言葉の方が板についてるぞ」
「ああ、無理すんなって」
クスクスと衛兵の中から笑いが……
「……」
無言で掏摸を解放するカンイチ。
ずるりとポケットから零れ落ちたザプの右手を見て周囲の者が固まる……
「ひ? ひぃいいいいいいぃぃーー! な、なんだこれ!? なによこれぇ!」
ザプが己の手を見て絶叫を上げる。
それは五指の区別なく、一塊に。いびつな赤黒いダンゴのようになっていた。出血はないが、血管は破れ、皮膚の中で溢れているのだろう。
「な、なんだそりゃ。馬車に轢かれたってこうはならねぇぞ」
「あ、ヨルグさん。その人がナイフを抜いたので、握りつぶしました。……いやはや、酷いのぉ」
と他人事のようにつぶやくカンイチ。
「まぁ、証言とも合うが……こりゃ、切らんといけねぇかもなぁ。診療所に連れてくか」
「はふぅ! はふぅ、ひふぅううぅぅ……」
泡を吹いて卒倒間近のザプに縄を打ち連れて行く隊員たち。
「正当防衛とはいえ、ほどほどになぁ。しかし、スゲェ力だな。伊達に”銀”じゃねぇな。そうそう、隊長が首を長くして待ってるが……さすがに今日は外に出ないよなぁ」
「はい。日用品の買い付けもありますから」
「……なんか、ジジィ言葉じゃないカンイチも変だなぁ」
「……。時間取れましたら寄りますよ」
「ああ。ま、無理すんな。言葉使いもな。じゃぁな」
「はい」
……ふぅ。




