このままいただこうか! (レストランでの食事)
……
ここはレストラン『ヴォイエーロ』。町役場のある区画、中心部にほど近い好立地に建つ高級レストランだ。
並びにある役場にも見劣りしない大きな建物。看板にはトマト絵柄。
トマト料理がメインの店なのだろうか。それを表すかのように真っ赤に塗られた建物。何とも言えない存在感を放っている。
「ほええぇ? なんとも派手な店だねぇ? トマト色?……間違えてない? カンイチ?」
「うんむ? 間違いないようじゃがの。どれ、わしが確認に行ってくるで。フジと待っとれ」
「おう!」
……
「ようこそ! アールカエフ様ぁ! 歓迎いたします! ギルドよりの通知を受けて今か今かと待っておりましたぁ! 本日お会いできて感無量でございますぅ!」
くるくると踊るように現れた支配人。恰幅の良い腹、お洒落な口髭を生やした、年の頃は40中といったところか。
「お? おお? そうなの? そりゃぁ良かった? ……のか? カンイチ?」
「……ま、喜んでいるようじゃで。良いのじゃろう?」
さしものアールカエフも支配人のテンションに一歩引く……
「支配人。騒がしいですよ! 嬉しいのは分かりますけど、お客様に失礼です!」
と、そばに控えていた女性がぴしゃり。フロアの責任者だろうか。執事の服をぴしりと着こなす。
呆れた顔のアールカエフとカンイチの顔が目に入ったのだろう。支配人のダンスは止まる。
フジは我関せず。鼻を上に向け店の雰囲気を感じているのだろう。静かなものだ。
「ううん? こ、これは失礼を。アールカエフ様。私はこの店を預かるティネーロと申します! ではさっそくご案内いたしましょうぅ! さぁさ!」
カンイチ達を促し、再び踊るように歩き出す支配人。
そのポッコリお腹に反してとても機敏だ。ステップ、足取りも軽い。
「スイマセン。アールカエフ様。ここからは私がご案内をいたします……」
申し訳なさそうに支配人を無視し、前に出る女性。
「いや、楽しい支配人だよ? 料理も楽しませてちょうだいね!」
「承りましたぁ! お任せをぉ!」
「はい! ……支配人はお戻りください」
しっし! と手で支配人を追い払う、執事服の麗人。
これも何時もの風景なのだろう。そう思うカンイチだった。
……
『ほう。このトマト。随分と甘いな。今までにない甘味だ。こっちのは逆に酸味が強い。我は酸味の強い方が好みだな。このトマト特有の青臭さも良い。お爺、もう少しもらってくれ!』
前菜に出された丸のままの、ピンポン玉くらいの大きさのトマトを頬張り、ご満悦のフジ。
薄っすらと香りのある植物のオイル、塩がかけられている。
『そして、このトマトの串焼き! ガハルトに食わせたいな! くくく』
肉のようにズラリと串に刺されている中玉トマト。形が崩れる寸でまで火が通され、塩、胡椒しただけの柄料理だ。適度な柔らかさと火を通したことによる甘味を楽しむ一皿だ。
たしかにフジの言う通り野菜嫌いのガハルトがどんな顔をするか楽しみな料理だ。
「おいおい、フジよ。トマトもう少しもらおうか。じゃが、ここの店はトマトがメインのようじゃて程々にしておいた方が良かろうよ? 後で食えなくなるぞ?」
『ふふん! 問題ない。トマトなぞいくらでも食える。我の真の姿はこの姿の何倍も大きいのだぞ? お爺。忘れたか?』
「……そうじゃったな。トマト、追加で貰えるかの」
「はい。すぐにお持ちいたします!」
……
『うん? 鳥の腹に色々と詰まっているな。トマトと麦? この黄色いのは何だ? このスパイスの香りは嗅いだことは無いな。こういう時にイザークは必要だな……』
「黄色いものは多分栗じゃな。他にもナツメやらトウキビ? 松の実のようなものも入っとるのぉ」
この店の自慢の料理、『鶏の詰め物のトマト煮』だ。内臓を抜いた鶏の腹にスパイスを混ぜた麦、クリ、ナツメ、イチジクやらの乾物、穀物、角切りの生のトマトを詰め、トマトスープでじっくり煮た一皿だ。
切り分けられる鳥料理をまじまじと見やるフジ。それらは奇麗に皿に盛られアールカエフとカンイチの元に。
「こりゃぁ美味そうじゃな。解析もええが、ここは楽しめばよかろう? フジよ。まだ機会もあろうさ。その時にイザーク君に聞くと良かろう?」
『うむ。そうだな。どれ』
フジには別に一羽用意されており、じゅるりと舌なめずり。
「此方も切り分けましょうか? 骨等も?」
と、コック。
「どうする? フジよ?」
『このままいただこうか!』
そういうとふわりと、二回りほど大きくなり、鶏を一口。
その様子に驚愕するコック……目が落ちそうだ。
「お、おい、フジよ?!」
”がり、ぴき、がふがふ……”
『……。美味い! ふむ。煮るスープの工夫もあるな……。いやな、この料理は一口で全てを味わうのが良いと思ってな』
ごくりと飲み込むと同時にしゅるしゅるとハイイロオオカミの姿に戻る。
『コックよ。驚かせたか。許せ。見事な料理であったぞ』
声を発することもできずにコクコクと頷くコックたち。フジの声もしっかり届けられたようだ。
「困ったもんじゃの」
「本当に評論家? いや、もはや研究者? 確かに一口で食べられればさらにおいしく感じるかもね。フジ殿に人の手がついてたら料理人になりそうだね!」
『うむ。エルフ殿が羨ましい。手とはなんと素晴らしいものか。このような気持ちは料理に出会わねば抱かなかっただろう!』
「うん? でも、僕、飯マズだよ? フジ殿?」
「……」
『……』
「ま、食べようかの。フジよ。もう少しどうじゃ?」
『うむ。いただこう。そうだな。自慢のトマトをもう少しもらおうか』
今の会話が無かったかのように食事が再開される。
「え!? なに? なに? なんで?」
……
「ふぅ~。今日も美味しかったね! カンイチ! フジ殿! 親方達もいたのかな?」
「おそらくのぉ。奥の方から豪放な笑い声がしていたで。ドワーフの連中じゃろうさ? ……うん?」
「どうしたのさ? カンイチ?」
「ちと……な」
カンイチの視線の先。幼い兄妹だろうか。襤褸をまとった物乞いの姿が。直接道に座り道行く人々を見上げる。
「ん? ああ、孤児? 獣人族かな? 身寄りのない子たち……大きな町だと特に……ね」
「ん……あんなに幼いのにか?」
「カンイチ?」
ふと、別れた曾孫、悠斗と早紀兄妹の事を思い出す……
小銭を握りしめ子供の下に。
近づいて来るカンイチに怯えた目を向ける子供達。垢で黒くなった顔には涙の流れた跡がくっきりとわかる。
ぎゅうとこぶしを握る。カンイチ。
握っていた小銭をポケットに仕舞い、”収納”から金貨を出す。
「カンイチ……」
「これで、ご飯も食べられるじゃろ。持って行くとええ」
そっと、兄の手のひらの上におく。
「お、お兄ちゃん!? ……あ、ありがと!」
「ありがとう!」
貰った金貨をひっくり返して見たり、太陽に透かしたりと忙しい兄。金貨など恵んでくれる人もそうそういないだろう。孤児の彼らにしたら始めて見る物かもしれない
「うんむ。これ位しかできんでのぉ。で、父ちゃんや、母ちゃんは?」
「……いないの」
と、小さな妹が応える
「ふぅん。ねぇ、君達、この町には孤児院は無いのかい?」
「「……」」
「う~ん……僕ってそんなに怖い?」
兄妹に恐れの目を向けられ怯むアールカエフ。はて? と、首を傾げる
小さな手のひらの上の金貨……
何ともやるせない。




