貴様らがアールカエフ様を擁する一行か? (伯爵登場)
……
やっと【シター・シャモイ国】に入国したカンイチ御一行。
国境門は通れたのだが第一の国境の町、【カペリン】の町の城門前で軍隊と対峙することになる。
自分たちへの備えではないと思いたいカンイチだったが
城門の方から馬車と騎馬。さらにそれを囲む兵50人ほどだろうか。こちらに向かってやってくる。
「やっぱりワシらに用があるようじゃなぁ……」
「だろうよ。くっくっく」
……
こちらの数メートル先に道を封鎖するように停車した馬車。派手な服を着た文官風の小男が恭しく馬車の扉を開く
馬車から出て来たこちらも派手な着物、装飾品をジャラジャラつけた貴族? 50代だろうか、でっぷりとした腹を揺すりながらでて来た。馬車から降りるだけで一仕事だ。
「ふむ。貴様らがアールカエフ様を擁する一行か?」
のそりとカエルの様に出て来た領主が二チャッと口を開く
「随分と無礼な豚だな……で、何の用だ?」
「無礼者ぉ! このお方はカペリン領、領主、カペリン伯爵、カフラト様であらせられる!」
と、文官風の小男が声高らかに告げる。
「ふん。で、その豚伯爵様が何の用だ? しっかし……どうにも悪党面の貴族はこうも豚なんだ?」
「おいおい。ガハルト。聞こえてしまうぞ。くくく」
「聞こえるように言ったのだが? で、一体何の用事だ?」
「き、貴様ぁーー!」
痩せの小男が伯爵に代わり叫ぶ
「ふふん。獣人風情が……」
「用件は何だと聞いている。わざわざ我らの進行を妨げて?」
「ぶ、無礼者ぉーー」
再び叫ぶ小男。もはや道化だ
「よい。この獣人風情が。この大軍が目に入らぬのかぁ? うん? 切り刻んでも良いのだぞ?」
「ちぃとも要領が得ぬのぉ。何がしたいんじゃ?」
ガシャガシャと武器を構える兵たち。例の痩せの小男がなにやら指示を出している。弓兵も隠れていそうだ。
「こりゃぁ、撤退じゃな?」
「そうだな。残念ながらな」
「……ふっ!」
一気に伯爵に向かって駆け出すカンイチ!
それに合わせるようにアールカエフの操る”風”が戦場を駆け抜ける!
案の定、兵の後ろに弓兵が備えていたようで無数の矢がカンイチを襲う!が、その多くは魔法の風に飛ばされ、カンイチに届く前に方向を変える。
その中の一本を掴み、チラと矢じりを見てから小男に向け投擲、見事に左眼球をとらえる。
「ぎげぇ?!」
矢を食らった小男、一言発したのみで泡を吹きあおむけに倒れる。
矢じりには黄色い液体が塗布されていたからだ。強い痺れ薬かあるいは
続けざま、魔法の風は伯爵の前に陣取っていた騎士を襲う。先ほどまでは無駄に馬で煽っていた騎士も、今は風に怯えた馬達の姿勢制御にかかりっきり、下手をすれば不名誉な落馬をしてしまうほどに。
その騎士のわきを駆け抜け、貴族へと迫るカンイチ!
最後の砦、護衛と思わしき全身鎧を装備し、大きなバトル・ハンマをもった大男がカンイチの前に立ちふさがる。も、その勢いのまま股下をスライディングで潜り抜け、膝裏を打つ。
ガクリと膝が崩れた大男を背から蹴り倒し、ばたりと伏せたその鉄兜の後頭部を思い切り踏みつける。
めしゃり、とひしゃげる兜。
死んではいないだろうが大男は動きを止める。
そして、逃げようと背を向けたでっぷり肥えた豚貴族の首を背後から襟をとりねじ上げ、黒刀を当てる。軍に見えるように。
「動くな。こいつの首を掻き切るぞ。剣も捨てよ」
ヒタリと冷たい刀身を首に当てられ我に返る伯爵。まさか己が凶刃に晒されるとは思っていない。
「ぶ、ぶひぃ?! ひぃ! な、何じゃぁ! 何じゃ! 無礼者めぇ! 不敬じゃ! ぶっひ! 不敬じゃ! 放せぃ!」
短い肉付きの良い手足をばたつかせる伯爵。彼にとっては余程の運動量なのだろう。既に息は荒く汗まみれだ。
「くっ! は、伯爵! き、貴様! 放せ!」
「伯爵! 放せぇ!」
と、吠える軍人たち。
「この状況……放す訳なかろうが。人質じゃ。動くなと言うている。わしは本気じゃぞ」
”ぷすり!”
「! ひ! ひ! ひぃ! い、痛い! 痛いぃ! ひぃ~~」
喉のわき、黒刀が数ミリ刺さる。じわりじわりと血が。
ズルズルと伯爵様を引き摺りながら自陣へと向かうカンイチ。一定の距離を保ちつつ追う兵たち。
”びゅん!”
と、カンイチの顔のわきを通り抜ける矢!
その矢は兵の陰より矢を放とうとしていた弓兵の頭部を跳ね上げる!
額に鉄製の矢を突き立てて
「すまんの。ミスリール。ふむ。どうやらこいつの命は要らんようじゃな。どれ」
”ぷすすすぅ!”
首元に黒刀の切先が。さらに数ミリ
「ぶひぃ! ま、待てぇ! 待て! 退けぃ! 退け! き、貴様ら! 儂を殺す気かぁ! 退けぇ! 兵を退かせろぉ! 馬鹿者めぇ!」
カンイチの腕の中でジタバタと暴れる伯爵様。己が連れてきた軍に悪態をつく。
「ひ、退けぇ! わ、儂が、儂がぁ!」
「うむ。死んでもらおうかの」
伯爵に黒刀を見せつける。その切先をゆっくりと首元に。
「待て! 待てぇ! わかった! ひぃ! ひ、退けと言うておる! ぶ、武器を捨てぃ! 武器をぉ! この馬鹿者どもめ!」
”からん” ”がらん”
地に放られる剣やらナイフ、矢筒。
「で、伯爵様じゃったか? わしらに一体、何の用事じゃったんじゃ?」
伯爵を権威の座から引きずり降ろしたカンイチ。これでなら話になろうかと声をかける。
「ぶふぅ! わ、儂は、儂は! ほ、放浪でご苦労なされているアールカエフ様を保護して差し上げるのじゃ! 貴様ら冒険者風情に良い様に使われているのはあまりにも不憫! それを解放して差し上げるに何が悪い! い、今なら不問にしよう! 小僧! はよう解放せよ! さもないと死 ”ぴしゅん!” うん? ! ひ、ひぃぃ! み、耳ぃ! 耳ぃ! 儂のぉ? 痛い! 痛い! 痛いぃ!」
”ぽと” ”ぽとり”
伯爵の顔を風が撫でかとおもったら、両耳がポロリ。胸元をころころ転がり、立派な腹で跳ね、足下に。
噴き出る血液で服も徐々に赤く染まっていく。
「アール?」
フードを跳ね上げ、カンイチの元に歩いて来るアールカエフ。
「ひ、ひぃぃ! あ、アールカエフ様ぁ!?」
「はぁ? 余計な御世話だよ? 君ぃ? 良い様に使われる? そりゃぁ、カンイチは愛しい旦那様だよ? あったりまえじゃん? 二人のラブラブの旅行に軍隊引き連れてまで茶々入れてくれて……お礼に一息でその首を飛ばしてあげよう!」
――良い様に使ってはないがのぉ……。勝手に暴れてるだけじゃろうに……
と声には出さないカンイチであった……




