その頃のフィヤマ 2
……
「だが、イヴァーシ国は今、【幸福の地】より魔物が侵攻してきてるとも聞く。軍はそちらにかかりきりでサヴァ侵略どころじゃないはずだ。今回のは余程大きいのだろう? 敵国のこのサヴァにまであちらのグラマス名義で冒険者の派遣依頼も来てるしな。もちろん因縁の深い相手、直接じゃなく本店通してな」
と、お茶を一口。眉間にしわを寄せたリスト。
「しょうがねぇなぁ、その主戦論者どもを対魔物の戦の先陣に使えばよかろうに。少しは考えも改まろうさ。うん? メヌーケイと同盟結んだんだろ? ギルド長?」
「いや、確か停戦合意だけのはずだ。あのイヴァーシとまともな同盟結ぶところなんかあるまいよ。南の【ノドゥグロキス国】にしたって、サヴァ国攻略までだろうさ。それが済めばイヴァーシに襲い掛かるだろうよ」
「そんな奴らじゃ生きて帰ってこねぇぞ。ジップ。時間稼ぎにもなるまいよ。敵の『死者の行軍』に無駄に数が増えるだけだろう」
「……違いないな。……が、その規模にもよるな。これ以上【幸福の地】が広がっては……」
「ええ。アトスの言う通り。由々しき問題ね。その辺りは? リストさん」
「ま、今のところ、(サヴァ国内の)ギルドではそこまでの話にはなっていないがな……。が、今までの因縁もあるから、この国出身の冒険者は敵国の為に力を貸す者はいないだろうさ」
「ああ。国としても国境封鎖して避難民すら受け入れないだろうしな。その内通知が来るだろうさ。町にも入れるなってな」
地元民のリストとハンスの声色が変わる。もとよりサヴァとイヴァーシの因縁の歴史は長い。が、10年ほど前。人々の記憶に新しい事件。それにジップも思い当たる。
「……俺はここ出身じゃねぇが……。例の10年前の虐殺……か? ハンス殿?」
「ふん! ああ、これ見よがしにな。あの蛮族どもめ!」
普段温厚なハンスもこぶしを握り歯を剥く
「ハンス殿でこれかぁ。余程根が深いんだな……」
「まぁな。町二つ皆殺しだ。子供、赤子もな。周りの村を含めりゃ何人死んだか。しかも、死体を辱めてな」
と、代わりにリストが応じる。
「ええ、その件以降、さすがにやりすぎだと他国からもイヴァーシは”蛮族””野蛮人の国”と言われているわね。たしか、ピラーニャ将軍だったかしら?」
「ふん! その名はこの国じゃ口にせん方がいいぞ! アイリーン殿」
と、何時もとは違うハンス。怒りの熱波が伝わって来そうなほどに。
「え、ええ、気を付けるわ。ハンスさん……」
10年前の虐殺。突然国境を越えての奇襲。町や村を占拠し領地割譲を迫った件。イヴァーシが停戦協定を一方的に破棄。宣戦布告をしたのは占領したのちに行われたという。
この世界の戦、初戦はまず使者の口上をもって宣戦布告。場合によっては戦場の指定、住人を逃がしてからの戦いとなるのが通常だった。
”宣戦布告”後の戦は奇襲やら、だまし討ちやら、略奪。好き放題、人の道に外れることがされるのだが。
初戦だけは両国とも国の正当性を内外に示すために昔ながらの様式が取られていた。
だが、イヴァーシ軍を率いるピラーニャ将軍はその全てを踏みにじることをやってのけた。しかも、恫喝に力を持たせるために占領下の人々、悉くを虐殺。例を見ない残虐性を世界に示した
結果的には虐殺により 『憎き野蛮人』 『同胞の仇!』 『怨敵!』 と、サヴァ国軍や、国民の士気が大いに上がり、結果、イヴァーシ遠征軍をほぼ殲滅、追い返すことに成功する。
ピラーニャ将軍をあと一歩まで追い込むもイヴァーシ国へと逃げられてしまう。そのままサヴァの軍は国境の城壁まで進軍したが堅牢な城壁に阻まれ相手国内に入る事は出来なかった。サヴァ国も損耗を恐れ早急に撤退したというのもある。
サヴァ国はこの進軍でイヴァーシ国が秘密裏に建造した要塞を占領することができた。
今現在、この要塞はサヴァ国の物でありイヴァーシ国軍に睨みを利かせている。要塞を中心とした警戒網で二度と奇襲などはくらわない事だろう。
この追撃の際に多くのイヴァーシ国貴族の捕虜を得ることになる。当主や子問わず。本来であれば捕らえた貴族の身代金交渉も行われるのだが、虐殺の報復としてイヴァーシ国に全て首にして送り返したという話もある。当時のザヴァ国の怒りが知れる話となって伝わっている。
それ以降、サヴァ国とイヴァーシ国は戦争状態。一切の交渉を持っていない。
当の”サヴァの怨敵”『虐殺者』ピラーニャ将軍については国の品位を大いに貶めたとし斬首……と、発表されるもそれは嘘というのが世界の認識だ。誰も信じてはいない。
イヴァーシ国内では情報統制の末”英雄扱い”されている事というのが大方の見方だ。
サヴァ国側もピラーニャの首が届くまでは交渉の一切をしないとしている。
そのような国際関係の中、リストに来たイヴァーシのギルドからの冒険者の派遣依頼。本部を通したというのも頷ける。が、それ以上にアトスの危惧するような脅威が迫っているともいえるのだが
……
「ふん! こっちからも攻め込めばいいのだ! 【幸福の地】との緩衝地に丁度いいなぞ言っていないでな。腰抜け共が。甘い顔するからその緩衝地が攻めて来てんだ。洒落になってねぇだろうが」
と、ドンと机をたたくハンス
「だなぁ。だが、さっきの話。逃げてくる難民を締め出すっていうんだろう? 今度はサヴァが蛮族と呼ばれるようになるんじゃねぇの? ハンス殿?」
「むむ。が、国民に責はないなどいえんぞ!」
「落ち着けハンス。その辺りは様子見しかあるまいさ。残念だがイヴァーシが飲まれて困るのも事実だしな。ザマを見ろと笑っていられない現実もある」
「そりゃなぁ。だからいっその事……」
「イヴァーシの国民全てを殺すわけにもいくまいよ。それこそ野蛮人だ」
「チッ――!」
「どれ、新しい茶を淹れようか」
…… <つづく>




