雄姿
……
「やるな! カンイチ。出来るとは思ったが、あれほどまでとは。俺とも手合わせをしようぜ!」
どうにも、カンイチとジーンの手合わせを見て血が騒いだらしい。顔も赤く、腕も血管が浮き出てぴくぴくと脈動している。その表情、笑いが張り付いている。凶悪な……。
その服を、ぐいと引くのはギルド長、リスト。
「まったく……。相変わらずの脳筋だなハンス。明日以降にしろ。今から手続きに入る。じゃ、カンイチ、先ずは住むところだが……」
案内されたのは、社員寮の一階。そこに空いた部屋があるという。小さな裏庭も付いているのでクマ、ハナにも丁度良い。
だが……
「……」
「この建物は半分、受付なんかの女子寮でなぁ。風呂は悪いが外の銭湯で頼む。客が来ているときには男湯の方も沸かすが……」
「しっかし、なんか、ムラムラするなぁ、この部屋?」
ふんふんと部屋に籠る臭いを嗅ぐハンス。
「仕方あるまい。元、受付嬢の部屋だ。空いて日が経っていないもの。どうだ? カンイチ。此処なら飯も出せるし、洗濯も頼める。もちろん、飯は周りで食ってもいいぞ。この辺りは店はいくらでもある」
ハンスの言う通り。確かに甘い匂いがするなと。女性の匂いだ。そういう情事から、かなり時がたったカンイチすら、たじろぐほどだが、立地は申し分ない。
職場のギルドは目と鼻の先、冒険者目当てで、周辺には、飯屋、飲み屋、銭湯もあるという。しかも、庭付きだ。
――うむ。クマとハナにも良かろう。先ほど手合わせしたテントの周りだって、走らせるには丁度良いしのぉ
ここで折り合いをつけるカンイチ
「それで家賃は?」
「もちろん只でいい。その代り、最低5年はここの支所に在籍してほしい」
「おい。リスト、欲張り過ぎだぞ。あの腕前だ。あっという間に稼ぎ頭になるぞ」
「余計なことを……じゃぁ3年でどうだ?」
チッ――! と舌打ちをし、ハンスを睨みつけるリスト。邪魔しやがってと、目が語っている。ありありと。
が、カンイチにしたらこれ以上の条件はない。
――家賃がタダ? もう、これ以上の好条件は無いじゃろ。少々ムラムラとするがのぉ、じゃなかった、3年縛りがあるが……ま、ここにきたばかりだし? 3年なんか情報収集と一般教養の習得であっという間じゃろう。それにまとまった金が要る。農地を買うために。であれば……
「はい。お世話になりたいと思います」
「おおお! そうか! これから頼むぞ! じゃぁ早速登録と例の熊の代金を払おう。良い時間だが、また事務所の方に頼む」
再び、ギルド長室に赴き書類に記入していく。
「名前……か。カンイチで良いな。得物は短槍と。とりあえずは『採取』で良かろう」
「そこは、『討伐』だろ! 『討伐』! カンイチ!」
横から覗いていたハンズが声を出す。
「ハンスさんや、これは自己申告でしょう?」
「邪魔すんな、ハンス」
「へいへい」
「それと、熊の金額が上がって来てるぞ。うん? やけに多いな……おいおい。いきなりかよ……」
添付されてきた明細書に目を通し、驚きの声を上げるリスト。
「どれ。おぅ。一気に金持ちだなカンイチ。金貨で150枚かよ!」
横から覗くハンス。彼もまた感嘆の声を上げる。
この国の貨幣について。金貨、小金貨、銀貨、銅貨、鉄貨。それぞれ10枚で両替ができる。銀貨10枚で、小金貨一枚と同価値というわけだ。並の宿屋の素泊まりが、銀貨5~6枚位であるから、銀貨が1000円、金貨が100000円くらいだろうか。金貨150枚。1500万円といったところか。
無一文から、そこそこのお金持ちへと大出世だ! 閑話休題……
「ああ。魔石が獲れたのと、新鮮な肝臓が獲れた。爪が折れていたのが痛いが、需要はある。毛皮もほぼ丸のままだしな。腕があったら、もう50は上乗せできただろう。お貴族様から期限なしの依頼があったからなぁ」
「まぁ、厄介な相手だからなぁ。しっかし、一人で総取りはデカいな」
と、ハンス。
「まぁなぁ。10人で当たっても大怪我したり、装備壊されたり、死人でも出るようならなぁ。大赤字だ。命がけの作戦だ。熊の類は割に合わん。で、どうする? カンイチ、口座……あ? そういや、”収納”持ちだったなぁ」
「はい。自分で持っておきます」
「”収納”隠すのに常に荷袋や、財布を持っておけよ。なるだけそこから出すようにな」
「なるほど。解りました。偽装という奴じゃな」
攫われるのは困る。忠告は素直に受けようと思うカンイチ。
「そういう事だ。誰でも欲しがる天恵だからな。注意しろよ」
「はい。本当に、世話になりました」
頭を下げるカンイチ。大変世話になった。何も知れない異世界で人の情けが身に染みる。
「ま、ガキは気にすんな。てか、今日から、”冒険者”だな!」
「そうだな。よし。歓迎会だ!」
「おう! 勘定はリストに任せた! いくぞぉ!」
「待て! カンイチ、こいつがギルド証だ身分証にもなる。なくすなよ」
「はい!」
「おう。門での提示が求められるからな。よし、行くぞ!」
……
ベッドに横になり、思い返す。
今日はまさに激動の一日だったカンイチ。
天界でどれだけ過ごしたのかもわからないが、記憶の範囲だと化け物熊と戦い、一緒に井戸に落ち、天界に上り、神(***)様の管理する”星”へと降り立った。
それから、ハンスという親切な人と出会い、『冒険者』という”身分”と”仕事”を得た。これで、餓死することはあるまい。ギルドとしての有能な駒という一面も重々承知している。利害が一致したというところだ。
――最初に出会ったのが、ほんにハンスさんでよかった。
落ち着いて考えると益々そう思えてならない。この世界の恩人と。
「ふぅ。少々飲み過ぎたか」
ギルド長行きつけの串焼き屋で”歓迎会”として一杯馳走になって来た。ワインと蒸留酒、ビールに似た飲料、只苦い、薬草酒? 甘ったるい酒、色々と酒類は豊富だった。久々の酒。そのどれもがカンイチを喜ばせた。なにより語り合える知り合いもできた。
友人と言いたいところだが、この世界じゃ成人したての小僧だ。そこら辺は弁えてるカンイチ。
「それと……」
肉多めの食事で滋養も得て、酒も飲んだ。
寝付けない。前の住人の残り香、恐らく妙齢の女性の、いうなればフェロモンといってもいい。そうとなれば……
「おぅ? 何十年ぶりじゃ? お前さん。久方ぶりの雄姿じゃぁのぉ。ほっほっほ」
こうして夜は更けていく……




