試験
……
「ちょ、ちょっと待ってくれ! その小僧が”銀”だって? ははははは……冗談じゃねぇぞ!」
人垣をかき分け、一人の冒険者が現れる。
「俺の試験結果に文句があるのか? ジーン」
「あ、ああ! そうさ! 剣の一合も合わせてねぇじゃねぇか! 納得できるか! アンタ! 酒飲んでんじゃねぇか? それともそのガキから、金貰ってるのか? あ? 男色の気でも――」
「はぁ? ジーン、ぶっ殺すぞ。あまり調子に乗るなよ……おい」
「と、とにかく納得できねぇ! 俺だって、もう何年も足止めくらってんだぁ!」
ジップの殺気にたじろぐ、乱入者のジーン。このギルドの支部で、一番”銀”に近いといわれる冒険者だ。近いというだけでまだ先は長そうだが。
「……見て解らぬか? 相手の力を……。それは貴様の鍛錬が足りぬのであろうが」
とアトス。
「ええ。”銀”ともなると品位も求められますよ。それじゃぁだめですねぇ」
と仲間の細剣使いの優男。
「はぁ? ガルウィン? お前さんが一番、品位とやらから遠かろうが。 「なんです?」 折角お膳立てで来てるし……カンイチ、あいつと一手頼むわ。それでここに残ってる連中は皆、納得するだろうよ」
「ワシは構わんが。リストさん?」
「ああ。この人数だと”演習場”か……。わかった。そこでカンイチの技能試験を行う!」
{おおおぉ!}
ギルド長の宣言に沸く冒険者たち。
すでにお祭り騒ぎ。自然と今晩の酒代でもと賭けが始まる。
……
ギルドの真向かいのホテルのような建物、そこはギルド所有の”宿舎”になっており、職員の寮、出張で来る支店の職員の宿泊施設となっている。
その裏に大きなテントが張られており、そこが”演習場”となっている。雨の日にも体を動かせるようにだ。新人の武器の扱いや、町民向けの武器の扱い教室なんかも開かれている。
「よし。うん? また増えたか」
冒険者のみならず、非番の職員も出て来たらしい。リストの思惑よりも大ごととなってしまった。
「ま、良いだろうさ。ここで、あのジーンを倒せば誰も文句ないだろうよ」
とはジップ。もちろん彼も帰る気はなし。
「まぁな。少々大ごとになっちまったがなぁ」
とハンス。
「が、少しはどれくらい使えるか先に見たかったがなぁ。クソパドックの野郎のせいでな!」
「は? ハンス殿? 全くの未知数かい? くっくっく。そいつは楽しみだ!」
「ジップよ、本当は先にお前さんに見てもらう予定だったんだ。パドックの奴がな!」
と、珍しく怒気を表すリスト・ギルド長。
「ひ、ひぃ! す、すいやせん! ギルド長ぅ!」
「……いたのかよ」
傍らにパドック。あれだけのことがあってもこの場に居たようだ。中々に肝が据わっていると言ってもいいのではなかろうか。
会場の中央、すでに対峙するカンイチとジーン。ぐるり観衆が囲み始まるのを今か今かと待ち受けている。
「それでは始めようか。このまま審判を頼む。ジップ」
「うん? 応! 任せろ!」
カンイチとジーンの間へと進み出るジップ。
「準備はいいか? カンイチは初めてだろう?」
「で、ジップさんとやら。手合わせと言うたが……どうすりゃいいんじゃ?」
「うん? 爺臭いな、お前。もう此処まで来るとお祭りみたいなもんだな。そいつをぶっ倒せばいいんだ。そうそう、カンイチ、審査は刃引きの武器を使う。刃引きと言えど下手すりゃ死んじまうからな。注意しろよ。うん? 魔法はどうすんだ? ギルド長?」
「ああ、通例どおり無しで良かろう? カンイチ魔法使いじゃないだろう?」
「まほうつかい? なんじゃぁそれは?」
神様に魔法云々の話は聞いてはいたが、さっぱり理解が及ばないカンイチだ。うろ覚えだが、孫やら曾孫と観た映画で見たような……。その程度の認識だ。
「まぁいいさ。そこに用意してある好きな武器を取るといい」
「わかった。どれ……」
籠に無造作に突っ込んである剣、大剣、槍……。一つずつ手に取り確かめていく。
――うん? この短槍が良いな。
カンイチが手にした短い槍。投げ槍よりも短い。途中で曲がっており、奇しくもライフルのような格好だ。ブンブンと振ってみる。長さも三八式歩兵銃と同じくらいだ。
「そんなのあったかぁ? うん? そりゃ、折れて、ひん曲がった鉄槍じゃねぇか? いいのか? そんなので? 破棄するやつだぞ?」
「うむ。これでいい」
それを見ていたハンズ。
「おぅん? カンイチは槍使いかぁ。ショートソードに似た剣ぶら下げていたよなぁ」
「まぁ、お手並み拝見といこう、ハンス」
「だな」
「良し。双方準備は良いな。まぁ、あれこれ言わんが、”銀”を目指す者たちだ。相手に対して加減だってできよう? 怪我やら命を奪うってぇのは無しだ。つまらん! いいな! 始め!」
ジップの合図と同時に歓声が上がる。向かい合う二人。剣を構えるジーン、特に変わらぬカンイチ。
「構えねぇのか? ガキ!」
「ええ。どうぞ。かかって来るとええ」
どっちが上位か判らない。片や”銅”のベテラン、片や名も知れない新人
その新人の言葉にカチンときただろうジーン。
「こ、このガキぃ!」
ジーンの踏み込んでの上段からの斬り降ろし。カンイチは読んでいたようにひらりと躱す。刃引きといえ、十分殺傷せしめる斬撃だ。
「ふん!」
そこからはね上げるように横薙ぎを放つもカンイチは既に距離を取って斬撃の範囲外だ。
このジーンという男、伊達に”銀”に近い男ではないようだ。
「ふむぅ。これがこの世界の実戦か……」
その後も数回、ジーンの斬撃を躱す。打ち合うことなく。
その様子を見てギャラリーからも不満の声があがる。
「なんだぁ、あのガキ……」
「やる気ねぇのか?」
「あほ! お前ら、あのジーンさんの斬撃躱せんのかよ!」
「ああ。お前ならとっくに斬られて、腸ブチ撒いて死んでるわ」
「やるな」
と、ベテラン勢からは感嘆の声があがる。
その声を聞きながら剣を構え直し、忌々し気にカンイチを睨みつけるジーン。
その自慢の斬撃の悉くを躱してみせたのだ。
「ちょこまかと。ガキ猿め!」
それでも相手と距離を取り、足の動き、体捌き等を観察するカンイチ。
その時、ジーンの右手がうっすらと光を放つ!
「む! アレは! 熊さと同じか? あの技、人も使えるのか!」
一気に距離を詰めて来るジーン。カンイチの多少の反撃は構わず、大きな身体を利用して体ごと突っ込んできた。そして間合いの手前なのにもかかわらず剣を振る!
「ふん!」
サッとバックステップ。何が来るかわからない。多目に距離を取るカンイチ。
も、にやりと笑う相手の表情を見て、
――これだけじゃ足りぬか!
そう察し、さらに剣の軌道の反対側、転がるように左へ。
カンイチが立っていたところには、熊の攻撃と同じように見えない刃が放たれたのだろう、地面がはぜ、何かが通ったような溝が残る。
「チッ――! ちょこまかと!」
叫ぶ、ジーン。
「おい! ジーンよ。この審査じゃ魔法は禁止されてるぞ!」
ジップが背から、剣を抜く。これ以上使うのであれば一撃、制裁を食らわす勢いだ。
なにより気に食わないのは殺す勢いで剣を振っていることだ。
「ジーン。本当に美しくないですねぇ。己を見失い、規則も守れない。こんなザマじゃぁ、昇級云々の前の話じゃないですねぇ。ねぇ、ギルド長?」
と忌々し気に、ジップのチームの細剣使いガルヴィンがリストに声を掛ける。
ゆっくりと頷くリスト。
「く、くそぉ! つ、次で最後にしてやる!」
顔を真っ赤に染め、一気に距離を詰めるジーン。
横薙ぎの一撃を放つも、今度のカンイチは避けるでなく一歩踏み込む。ジーンの腕が伸び切る前に槍の腹で剣を受け、そのまま力に逆らわず、下方に流すように相手の剣を滑らす。
”きゅりりりりりりぃぃぃぃん”
甲高い、金属の擦れる音、
「あ!」
”どずん”
そのまま剣の切っ先は地面に刺さり、くるりと向けられた槍の穂先は体勢を崩したジーンの首に当てられる。
「勝負あり。だな!」
ジップの宣言で審査の手合わせは終了。もちろん、技能を見るためのモノ。勝つ必要はない。もっとも、今回はカンイチの圧勝であるが。
「あっけねぇなぁ」
「口ほどじゃねぇな」
「いや、見事な受け流しだな」
「ああ。剣技ならすぐに巻き打ちが来るぞ。良い技だ」
「あのガキ、本当にやるようだな」
「うちのチームに……」
「だから、”銅”だろ、お前んとこ……。無理だろ」
「ちょ、ちょっと待ってくれ! あ、足滑らせて……」
勝負がついたのに、審判のジップに食って掛かるジーン。
「は? おいおい。完全に決まっただろうが。ジーンよ。熊やら、魔獣相手に同じこと言うのか、お前は? とっくに死んでんぞ」
と、半ば呆れ顔で応じるジップ。
”くくく……” ”ははは……”
「違いない」
「ま、子供に負けて気が動転してるのだろうが……」
ギャラリーからも小声でだが声が上がる
「ま、待てよ! 待ってくれって! く、くそぉ!」
再び剣を拾い上げてカンイチに襲い掛かるジーン。その時、握っていた砂をカンイチの顔面に叩きつける!
「よせ! ジーン!」
「きたねぇ!」
「おい! 見損なったぞ!」
「試験だろが! ジーン!」
もはや、ギャラリーから野次が飛ぶ。
開き直ったジーン、
「ふん! 熊だってやるだろうがぁ!」
と叫ぶ。それに対し、
「同感じゃ」
「な!?」
砂の目潰し攻撃も予想のうち。戦時中の格闘訓練じゃ当たり前。ごく当然の技だ。利用できるものなら何でも使う! 散る前の最低限の範囲の砂を左手で叩き落とし、ジーンの懐に潜り込むカンイチ。
カンイチと目が合うジーン。その目は砂のダメージなど全くなし! 慌てて後方に飛ぶも、ピッタリとついてくるカンイチ。
「げふぅ!」
がら空きのジーンの鳩尾に、槍の柄尻を叩き込む。胴当てが無ければ、胃や肝臓にダメージがあっただろう。それだけの衝撃だ!
「ぐ、ぐそぉ!」
苦し紛れに放った横方向に払うような斬撃も全て槍の柄でいなす。ジーンの攻撃は殺され、体力も削られる。
「随分と元気じゃな。鳩尾に喰ろうての。……死ぬなよ?」
”どぉす!”
再び鳩尾に槍の柄をねじ込む。ジーンの体がその場で数センチ浮き上がる。
「ぐはぁ!」
”どさ”
たまらず膝を突き、両手を地に突っ張り、胃の中身の全てをぶちまけるジーン。
「ま、まてぇ、く、くそぉ」
口もとをぬぐい、再び剣を拾うジーン。が、その足元はおぼつかない。力が入らぬのか、ふらりふらりと……
「ジーンさんだったか。ようやった。もう良かろう。次は、この穂先の方をねじ込まねばなるまい」
すぅと、折れ曲がった槍を構えるカンイチ。その槍の尖った穂先をジーンに向けて。
「……。く、くそぉ、くそぉ……」
その場でがくりと膝を突くジーン。今度こそ勝負があったようだ。
「やるなぁ。カンイチ。どうだ、うちのチームに入らんか?」
と、ジップ。
「お誘いありがたいですが、暫くは情報集めなどを」
と、断りを入れる。
「そうか? ま、いつでも歓迎するぞ! カンイチ。良いもん見れたわ。なぁ、アトス! ガルウィン! これを肴に一杯やるかぁ」
「……おう」
「はい。行きましょう」
人垣を分け、とっとと演習場から出ていくジップのチーム。
驚き、言葉を失っていたギャラリーたちもしゃべりだす。
「すげぇなぁ」
「お、おい、あいつ、ジップさんの誘い蹴ったぞ」
「じゃ、うちに……」
「だからぁ、お前のとこ、”銅”だろが。……無い無い」
……




