眼光
……
『虻』のパドックの演説でもはや、帰る者はいない。
こんな小僧が? そういった雰囲気が場を満たす。本当にその力があるのか? 明日から仲間になるのか? ライバルになるのか。それを見届けないという手はない。しかも、ギルド長と、ハンスがついているのだ。『虻』を抜きにしても信憑性も高い。
もしも、本物であればスカウトをというチームもちらほら。
あれだけガラガラだったギルドも”冒険者”達で一杯だ。
「チッ――。大ごとになってしまったな」
「この”虻野郎”がぁ! おい! パドック! 南門からの出入りにゃ注意しろよ!」
リストの立場からすれば裏庭で、型やら軽い手合わせをしてから……と思っていた。何も隠そうというのではなく、不足であれば、”銅”やら”鉄”からじっくり育てるつもりだった。
なにせ貴重な”収納”の恩恵持ちだ。力をつけるまであまり表に出したくないっていうのが本音だった。
「へぇ? そいつはおかしいことを、ハンスの旦那ぁ。なぁ! みんなぁ!」
売名行為のつもりだろうか、周りをあおるパドック。普段なら他の連中も面白おかしく盛り立て、騒ぎにするのだが、今回は相手が悪い。なにせ、ギルド長と南門の責任者だ。
ちなみに、ハンスはこの町の警備総括も務めている。
当のカンイチは特に何もいうことはないが、どう収拾つけるものかと期待に目を輝かせている。半分はカンイチのせいなのに。
周りを見渡すパドック。いつものように手応えがない。
人は集まっているが、一向に声が上がらない。
「ふん。今までお前ら、”冒険者”には多少甘めに、お目こぼしもしてきてやったが、これじゃぁ、なぁ。そっちがその気なら、こっちも本気だ! 別に問題あるまい? 只、持ち込みやら、きっかりチェックするだけだ。お目こぼしなくなぁ」
と、ハンス。
「そ、そんなこと……おかしいだろう? なぁ? みんなぁ!」
{……}
静まり返るギルド内。
成り行き次第では、こいつのお陰で入町審査が厳しくなる。自然とパドックに向けられる視線もきつくなる。
「は? お、おい……みんな?」
そんな異変を感じてか、たじろぐ虻の小男。
「おいおい……パドックよ」
「やってくれたなぁ……」
「お前のせいで、皆、迷惑を被るな」
「ああ……。もう、この町にはいられねぇな。お前はよぉ」
と、仲間と思っていた冒険者から苦言が上がる。
「は? はぁ? は、ハンスの旦那が!」
狼狽え、慌てる虻男。いつもならやんややんやと盛り上がるものの……。今回は相手が悪かった。
「ふん! 何もおかしくなかろう? パドックよ。本来お目こぼし自体が違法だしなぁ。それに、こっちがいくら融通しても、お前らがそんな態度じゃなぁ。こっちがアホらしいだろが!」
とハンスが吠える。
「ああ、普通になるだけだろ?」
「だな……」
「が、低ランクの……採取メインの奴にはキツいだろうなぁ。な、パドックよぉ」
皆、余計なとばっちりを喰らうのを避けるため、口を噤む。
誰もパドックの味方をする者はいない。常日頃から、べらべら、うるさい男だ。飲む席などで不快な思いをしたものも多いだろう。
「お、おい! お、お前ら……」
何時ものノリを期待していたが、予想の反対の反応。もしも、ハンスの言うことが実行されれば本当にこの町から去らねばならない。誰一人相手にしてくれなくなる。
「ま、西門にも通達しておくかぁ。俺の顔に泥塗った奴だってなぁ」
西門。『不死山』方面の門。この町には西、南、北の3つの大門と、東の小さな門がある。南門、北門は通行の為の門。東門は主に畑に行くための門だ。
「に、西門までぇ? ま、待って下せぇ、そんなことになったら……。すいません! 何でもしやす! 旦那ぁ!」
「ふん。なら、ここにいる奴らを散らせ。その自慢の舌でな。そうすりゃ勘弁してやる!」
「は? はぁ? お、お前たち! 祭りは終わりだ! 散れ! 散れって!」
必死の形相で手を振り皆を散らそうとする虻の小男。
「はぁ? お前さんが広げたショーだろ?」
「これからじゃん。なぁ!」
{おおお!}
大きな歓声が上がる。もちろん誰も帰る気はない。そう、もう幕は上がってるのだ。娯楽という点で。
「ほら、ジップが帰って来たぞ!」
「おお! うちの稼ぎ頭のご帰還だ!」
「おお!」
「ち、散れって! 散れ……頼むよぉ……」
どさりと、その場に膝を突く、半泣きの小男。
「ふん。今回は大目に見てやる。今後”警告”には従え。これに懲りたら、そのよく動く舌。引っ込めるんだな。いいな! パドック!」
リスト・ギルド長が事態の収拾を図る。まぁ、ギャラリーは減らなかったが、これ以上、パドックを追い込んでもいい事はないだろう。短気を起こして暴れられてもつまらない。それに一応はギルドの構成員だ。
「ぎ、ギルド長ぉ……」
「ああ。次はその舌、引っこ抜くからな!」
「ひぃ! すいやせん! すいやせん! 旦那ぁ!」
ハンスもしっかり脅しつける。これでパドックも少しは懲りただろう。
「で、俺の名が出ていたが、この騒ぎ……一体何事だ。ギルド長?」
人垣が割れ、大剣を背負った男が現れた。短髪の金髪。綺麗に手入れをされた顎髭を蓄えた、年の頃、30に届くか。それとチームだろうか、同じくらいの年齢の男が二人。一人は細剣。一人は身体も大きく戦斧を使うようだ。
「ああ……。馬鹿パドックのおかげで大ごとになってしまったが……技能審査の試験官をな。もちろん指名依頼だ」
「ほう……。”銀”か? 久々だなぁ。誰の昇格試験だ? ん? まさかジーンか? 奴ならこの前やったばかしだろが」
「いや、”新規”だ」
「ほう。新規……ねぇ。それはそれは」
さっきまでやる気のなかったジップの眼に光が灯る。
「で? 相手……ハンス殿が居るということは、貴殿が推薦人かい?」
「ああ。そんなもんだ。で、カンイチ。彼の相手を願いたい」
と、カンイチの背を押す。
「ほう……」
相手が子供とはいえ、門衛隊長のハンスが推薦人。となれば、皆一斉に、カンイチに視線を向ける。
ジップもまた。真正面に立つ。
「いい目をしてるな……。ふん。”銀”くらいくれてやればいいだろう。強いぞ、その小僧。カンイチと言ったか?」
「はい。カンイチという。手合わせは裏庭でかのぉ?」
「言うねぇ。いや、手合わせは要らんだろう。なぁ、アトス?」
「……うむ。強い……な」
大柄の戦斧使いが大きく頷く。
「だろうが! だから言っただろうに! リスト!」
ハンスも声を上げる。
「どういう事だ、ジップ。手合わせは要らないという事は?」
「どうもこうも。ギルド長。俺が試験官なら、見ただけで”合格”だ。手合わせする必要もねぇ。どうだ、カンイチよ。今から一杯やらんか」
「お誘いは嬉しいが、まだ住むところも決まっていない。合格なら準備してくれる約束となっている。外に犬もいる。飯を食わさねば……」
「なるほど。落ち着いたら一杯やろうや。しかし、”銀”といい、住むところもか? 破格だな。ギルド長。そんなんなら、最初から試験なぞ要らんだろうに?」
「まぁ。ドルのおやっさんが“逃がすな”ってね。とは言われてもな、俺の立場じゃ試験はせねばならん」
「なんだぁ。ドルのおやっさんが見てるのか。なら、尚更、こんな大ごとにしなくて済んだのになぁ」
「それはどういう?」
「どうもこうも、”本物”って事さ。歓迎するぞカンイチ。また今度なぁ」
「ああ。よろしく頼む。ジップさん」
クルリと身を翻して、出口に向かうジップ。
「おい……。依頼完了報告、未だだぞ……」
そう巨漢のアトスに窘められる。少々格好悪い。
「……せっかくカッコ良く決まったのに」
「……清算せぬと美味い酒が飲めんぞ?」
「はいはい」
どうやら、格好をつけていたようだ。残念臭をまき散らしながら、買取カウンターに向かうジップ一行。
その様子を無言で見守っていた野次馬の冒険者たちの間から囁くような声が。
「マジか……。あのジップさんが?」
「ドルのおやっさんも認めてるのか?」
「すげぇな……カンイチ……か」
「うちのチームに……」
「お前んとこ、”銅”だろ。無理無理」
……




