この坊主はどっから観ても人族だぞ?
……
「ほう……その歳て4頭もの狼を使役するとは……凄いな。餌代も大変だろう?」
「隊長! そこじゃないですって! 身分書! 身分書の色!」
エルフ専用の身分証を持つ青年。そう、アールカエフの婿のカンイチの身分証だ。冒険者ギルド発行の銀の身分証を返上、新たに手に入れた、この世界での身分証だ。
ここは東門。農地に続く門だ。
「うん? これ……? この坊主はどっから観ても人族だぞ? うん?」
「もう……。失礼しました。そちらのお方がアールカエフ様でしょうか?」
「そうだよ。僕がアールカエフだ。で、その坊主が僕の旦那さんだよ! おっけ~~?」
パサリと、フードを後ろに。すると翡翠色の髪と尖がった耳が現れる。普段彼女は余計な混乱を避けるためにフード付きの外套を羽織っている。
「こりゃ、失礼しました。アールカエフ様。で、この先に何しに? 門外町にご用で?」
「門外町? ほほうぅ! なんだいそれ?」
「ワシ……私たちはその先、畑の区画に。兎やら猪に困ってれば少し狩ろうと思いまして。狼たちの運動にもなりますし」
「おお! それはありがたい! 陳情は多く上がってきてるのですが……。なにぶん数が多く……」
「はい。助かります。アールカエフ様」
「私達も。餌代の節約になりますから。では通っても?」
……
何事もなく東門を出て門の外に。
門外町、フィヤマでは城壁に寄生したスラムのような場所だったが、こちらは、普通の町と何ら変わらない。城壁の中、外の違いだけのように感じる。
門に続く街道の両脇に様々な店舗が並び、宿泊施設、冒険者ギルドの支所までもある。
わざわざ検問を通って門の中に入らなくていい分、活気はこっちの方があるくらいだ。
これを含めての”交易都市”なのだろう。
「わぁ! こっちの方が賑やかですね! ……うん? おお! 物価もすこし安いようですね」
と、イザーク。カンイチもまた、店先の商品を順にみていく。
「本当じゃな。新鮮な野菜も並んでおるぞ。穀物もあるな。お? 冒険者ギルドまであるぞ!」
「門の中と変わりませんね。それだけここら辺は安全……なのでしょうか?」
「園丁さんの話によると、かなり昔に”氾濫”があったそうじゃぞ? それで人の住む場所がごっそり削られたとか?」
「イザック君! 「イザーク君じゃ……」 この大地に安全なところなんて無いよ? それに折り合いをつけて僕たちは生活しているだろう?」
「そうですね……内陸の魔物のいない土地。……交戦地ですものね……」
この大陸中央にぽっかり、何処の国にも属さない広大な土地がある。そこは最も安全な土地と言われ、その寸土を巡り周辺国が日夜戦を行っている。ある時は連合を組んだり、裏切ったりと……。何百年、何千年と……。今では、夜ともなれば、鬼火が漂い。実態無き影の集団が徘徊するという。
「うん。愚かなことだよ。一番安全なところが人が住めないなんてね。人族の愚かな面が如実にみられるよね。今、兵を引いても、すでに”汚された土地”さ。ゴーストやらリッチィとかがわんさか居そうだよ」
「うん? 【剣の山脈】やら、【入らずの森】と一緒かの?」
「カンイチ……聞いてたろ? 人々が欲しがって戦争ばかりしてるんだよ? 精霊様もいない、怨念渦巻く、土や水まで腐った土地さ」
「うぅむ。なら、農業は出来んのぉ」
そりゃぁ、残念と。
「そういう事さ。そのうち、溜まりに溜まった『怨念』が溢れるだろうさ。”この世の最も安全な土地”からね。ほんと、皮肉だよねぇ。そして戦争をやっていた国々は己のやってきたことに懺悔するのさ」
「おっそろしいのぉ……背筋が凍るわい」
「……欲……かぁ。人の……」
「ま! そんな事はどうでもいいさ! そんなこと! ついでに買い物していこう! フジ殿ぉ! こっちにも美味しそうな屋台が沢山あるよ!」
『うむ。買ってゆこうか』
手弁当としてフジと……アールカエフの分の串焼きを購入。
そして、街道に沿って東進。商店が無くなり、作物が植わった畑が見えてくる。
「お……おお!」
日本の農村とそう変わらない風景が広がる。所々に屋敷も見える。
「うん? カンイチ? どうしたんだい? こういうところが良いのかい?」
「そうじゃなぁ。町に近く……家もあるということは、ここらは安全ちゅうことじゃろ?」
「どうかねぇ。しょうがなく住んでるのかもしれないよ? 小作の人とか? そんで地主さんは壁の中とか?」
「そうですね。可能性ありですよ。カンイチさん。俺の処だって住むところは何とか村の中だったけど……ね。なにせ、壁で囲まれた土地も限られていますから」
「じゃが、広大な畑をぐるり、囲むわけにもいくまいよ?」
「そう! そこで結界! 余計なものが来ないようにね! 術式でもいいけど、その術式を魔石に刻んだ”結界石”っていうのもあるんだよ。魔物や魔獣に有効だってさ!」
「ゴブリンにもかの?」
「そうだね。近くには来るけど、入れないよ。あ、熊なんかは入って来るかも。ま、そっちは壁で何とかなるね」
「結界かの……わしの世界じゃ神聖な場所じゃったが? 聞く限りだと、魔物? を弾くという認識で良いのか?」
「そうだねぇ~~」
「じゃ、フジも? 魔獣じゃぞ?」
前をスタスタ歩くフジに注視。入れない町もあるものかと
「う~~ん。波動? によるのか? なんか出てるのかなぁ? でも、強力な”結界石”は魔法弾くというし? どういう理屈かねぇ?」
『我を阻む結界などそうそうないぞ。お爺』
「そうなのか? ……で、そいつは作れるのか? アールよ?」
「う~~ん……この場合、大神様の寵愛を受けているカンイチの仕事だと思うけど? ……僕は作れないよ? たぶん? それに使える魔石も極上品だろうし? 昔の技術とかダンジョンの出物とか? この僕ですら見たこと無いよ? 大きな町や王都とかにあるって聞くけど?」
『うむ、この町にもあるぞ。エルフ殿』
「ほんと? ま、端の町だもんね。国境だし?」
「うん? 魔獣……弾いていないではないか?」
『我は、強いからな! はっはっは!』
「……フジは置いておいても、クマは? 他の魔物使い? じゃて……?」
「そう言えばそうですよねぇ。魔獣使いだって?」
とイザーク。
「知らないよ? なんかあるんだろ? 僕だって実物までは見たことないしぃ?」
「……アールが知らないなら仕方なしか。……う~~む。謎の結界じゃな」
「ま、手に入れることが出来たら考えようよ! そうそう手にはいるものじゃないし?」
「それもそうじゃな……。なんか頭、痛くなってきたわい。ワシ」
「……俺も。混乱するぅ。結界石かぁ。僻地に畑作るのならばぜひとも欲しいですねぇ」
「う~~ん……フジがおれば大丈夫じゃろ?」
『我は、結界石ではないぞ。一ヶ所にジッとしてるのも好かん』
「山一つ分くらい何とかなろう?」
『その場合、今の何倍も食うぞ?』
「……そうそう上手く行かんわのぉ」




