強者
……
無言のまま、ギルド長、ハンスの後に続き中庭にある建屋へ。
『第二解体部屋』そう看板が上がっている建物に入る。
第二というから、もっと乱雑、死臭籠る部屋と覚悟したが、道具が整然と並べられ、清掃も隅々まで行き渡っている。高級な食事処の厨房や病院の手術台を思わせる。
「さて。カンイチ、君の獲物の熊を見せてくれたまえ。そこの解体台の上に出してくれ」
リストの指さす解体台。総金属製で縦2m×横1mのテーブルだ。手術台を思わせる、シャワーやら、秤も装備されており、怪しいガラス製や金属製の筒が並ぶ。
「ふむ……」
「うん? どうした? カンイチ」
指定された台を一瞥し、
「コレじゃ、乗らん。隣りので良いかの?」
「ほぅ。大きく出たなぁ。ああ。使ってくれ」
「では。熊!」
カンイチが隣の大物用の、先の台の各辺が倍は優にある解体台に手をかざし、”熊”と叫ぶと、例の、4本腕の――腕一本は犬たちが食ってしまったが――化け物熊、デュアル・ベアが現れる。
”ぎしぎしぎいしぃぃ……”
さしものギルドの大物用の解体台も巨熊の重みで軋み音を上げる。
「……嘘だろう。熊は熊でも”デュアル・ベア”かよ……。しかもでけぇ……」
と、ハンス。
「あ、ああ。これなら魔石もあるな、恐らく。この鮮度、”収納”も本物……か」
と、リスト。
二人の感嘆の声が上がる。この世界でも難敵のようだ。
「ほれ! 俺の言った通りだろが! って、呆けてないで解体屋……コイツはドルのおやっさんか? とっとと呼んで来いや!」
「あ、ああ」
魔物を相手にしている冒険者ギルド。そのようなところでも、”デュアル・ベア”の入荷なぞ、10年以上ない。この最前線の町ですら。
だが、入荷はないが、被害報告は年に数十人。多い時で100人単位で出る。それで入荷が無いのだ。それだけ厄介な相手という事だろう。
泡を食ったリストも己を取り戻し、職人を呼びに。ハンスは、熊をあちこち検分している。
「ひょぉ。本物だなぁ。よくもまぁ仕留めたものだわ……。心臓に一撃、コレが致命傷か。カンイチがやったのか? これ」
「うむ。仲間と共に……。何人か仲間が食われた……。そいつの腹の中にいるかもわからん。居たら、供養したい」
「あ、ああ。こちらで”勇気ある者”として供養しよう」
カンイチも思い出し、そっと手を合わせる。
……
「騒がしいな! まったく何事……じゃ……? な、なんじゃぁ、これは!?」
「お、親方ぁ! ギルド長?! こ、これって!」
わいわいがやがやとギルド長と職人であろう、頑固そうな60歳くらいの親方。そしてその弟子の20歳前後の若い男が入って来た。解体台に横たわる巨熊を目にし、固まる。
「だから言っただろうに。おやっさん。大物だって」
くくくと笑うリスト。驚かそうとデュアル・ベアということは伏せていたらしい。
「ううぅむぅ。まさしくデュアル・ベアじゃな。しかもでけぇ……何十年ぶりだぁ? こりゃぁ……」
「私がこのギルドに赴任する前ですね」
「あったりめぇじゃぁ! で。こいつを仕留めたのが……そこの小僧か?」
ジロリと、カンイチに目を向けるドルの親方。
「ああ。カンイチって言うんだ」
「カンイチという。以後よろしくお願いする」
カンイチの瞳を覗き込むドルのおやっさん。カンイチもまた……。
「う? うん? ほぉぅ。なるほどねぇ。ワシは、ここの解体の頭をやっとる、ドルっちゅうもんじゃ。で、こいつが弟子の、ルックだ」
うんうんと納得顔で頷くドルのおやっさん。
「お、おやっさん?」
不思議そうにドルの親方に視線を向ける面々。カンイチ以外。
大抵が 『この若造がぁ!』 から話が始まるおやっさん。そのおやっさんが、下手に。その変わりようにリスト、ハンス共に驚く。彼らもまたドルのおやっさんから見ればまだ『若造』だからだ。
「うむ。良い面構えじゃ。ギルド長よ。お前さん、舐めてかかると痛い目を見るぞ」
「はぃ?」
リストも意味は分からずポカンと。
「で、カンイチさん。こいつはうちで全量買い取りでよろしいので?」
「はい。腕一本、食ってしまって無いがの。革は十分使えると思う」
「うむ。任せてくれ」
「ドルさん。友人……仲間がいるかも知らん」
「うむ。こちらで供養しておきましょう。勇者様方じゃ」
「お願いします」
すっと頭を下げるカンイチ。その佇まいも美しい。
「お、おいおい! どうしたんだリスト。あのドルのおやっさんが……」
「わからん……。全く……」
『若造がぁ!』どころか”さん”付きだ。弟子のルックも目が点だ。彼らにとっては、ある意味デュアル・ベアより衝撃だったかもしれない。
「それで、カンイチさん。この胸の見事な傷……カンイチさんが?」
「ああ。ワシが」
「この傷をつけた得物、見せてもらう訳には?」
「ああ。この山刀だ」
腰に下げていた山刀を鞘ごと渡す。スラリと鞘から抜く。
「……うむ。違いねぇな。よくもまぁ……」
「こちらも死に物狂いだった。最後、死を覚悟し、余計な力が抜けたのが良かったのだろう。時が止まったような……。そう、不思議な感覚だった……」
すぅと、目を閉じるカンイチ。
そう、あの一瞬、熊との最後の攻防……
「ほぅ。その年でその域にお達し成されたか。見事な一太刀だ」
「お、おやっさん? 俺達にも分かるように話してくれよ」
「あ、ああ」
ハンス、リストが声を掛けると、カンイチには竹馬の友のように親し気に優しく話してたドルのおやっさんの顔が苦虫をかみつぶした顔にと豹変する。
「わかるようにじゃぁとぉ? ここにデュアル・ベアの死体があって、そいつを狩った『強者』がいる。ただそれだけじゃ。偉いお前さんのできる事は。”金”ランクなり、住むとこなり当てがって引き留めることぐらいじゃ! この若造が!」
「え? あ、ああ……」
「じゃぁ、早速、解体するか! ルックぅ! 準備じゃ! 肝臓入れる大きな金属瓶持ってこぉい!」
「は、はいぃ!」
……




