こ、こりゃぁ……魂消たの
……
国境門を通過し、丸一日。国境の大きな町の少し手前、大きな畑を有する農村に到着。
そして今が適期なのだろうか。畑には大きく育った、青々とした大きな白菜が沢山並んでいる。
そこは、農家志望のカンイチさんだ。素通りは無い。
「はぁ……。良いのぉ……」
畑を見て溜息と共にぽつり。とても羨ましそうだ。
「うん? 寄っていくかの? カンイチ」
「おう! 親方! そうせよう! 白菜買って行こう! とても美味そうだ!」
「……俺は食わんぞ」
カンイチのようにため息交じりにぽつりとつぶやく野菜嫌いのガハルト
……
村の門に到着。粗末だが、ぐるりと木の柵で囲まれている。この柵で間に合っているのだから、魔物や盗賊の害はないのだろう。もっとも、国境門と、国境町の間の村だ。地理的にも安全なのだろう。
「うん? 冒険者殿か? ここに何の用だ?」
「何も無い農村だぞ?」
門を固めるのは衛兵……という訳ではなく、若い農民のようだ。一応、さすまたと槍を持ってはいるが。
交代で立っているのだろう。
「畑に立派な白菜が沢山あるで、できれば分けてもらえんかと思っての」
「おぅ? 嬉しいこと言ってくれるね! あんちゃん!」
「おいおい。村に入れるにも、野菜を売るにも村長の判断がいるで、呼んできて良いか?」
「ええ。もちろんです。売れるだけ売ってくれれば……」
「ちょっと待っててなぁ」
……
「おいおい……。カンイチよ。買えるだけって……」
「うん? 漬物にもできるしの。炒めたり、スープにしても美味いぞ。野菜嫌いのガハルト君」
「……チッ――! 肉がわんさか実る畑というのは無いものかねぇ」
『うん? ガハルトよ。この畑……肉がわんさかありそうだぞ。猪やら鹿が結構入っていそうだな』
「なるほど……。カンイチ、狩って行くか? クマたちの餌にいくらあっても良かろう?」
「うむ……そうじゃな」
……
「お待たせしました。ワシがこの村の村長を任されてるファンという者じゃ。で、白菜が欲しいとか?」
年の頃、60歳くらいか。白髪だが、筋骨隆々。がっしりした老人が現れた。
「わし……私はカンイチと言います。旅の途中ですが見事な白菜を見て、是非とも分けて頂けないかと」
印象良く言葉を選んで折衝するカンイチ。が、
「真にすまん。ここは天領。全て町に運ばれるで……売れないのじゃ」
「……そうですか。それでは仕方ありません。騒がせました」
「じゃが……害獣駆除に協力いただければ。……売れはしませんが……。例えば、兎なら2個、鹿なら、10と。……もちろん、駆除代金としてお譲りしますので、肉やら革はご自由に」
「乗った!」
まさに一石二鳥! 白菜と肉が手に入る! 農村側も金じゃなく農産物で済むと。まさに両得。
「おうおう? 随分と張り切っとるのぉ。カンイチ」
「うん? 今日はここでお泊りかい? ……。ここなら酒が飲めるぞぉ! やっほぅ!」
「母ちゃん……」
「なら、話しは決まりだな。村長、畑の片隅で野営をしてもかまわぬか?」
ここからは、ガハルトが前に出る。”金”のギルド証を出しながら交渉だ。一方、カンイチは皮算用に夢中だ。まだ狩ってもいないのに。
「お、おお!? ”金”の冒険者殿でしたか! でしたら、空き家を……」
「いや、夜の間に狩る。沢山狩るから期待してろ! おい、行くぞカンイチ」
「うん? おお?! 行こうぞ!」
畑の片隅に野営地を設置し、早速狩りへ。
突然何もない所に現れた”馬車の要塞”に驚く村人をよそに、クマたちを放つ! そう、手慣れた、兎狩りだ。
最初はクマ達に恐怖を感じていた村人達も、黙々と憎き兎を狩り、一ヶ所に積み上げる様を見て安心し、作業に戻っていく。
山になった兎は、イザークとディアンがせっせっせっせと剥いていく。
ディアンは夜は一杯やると、昼の作業に名乗り出た。流石主婦? というべきか、剥きながら、奇麗に開き、串に刺していく。今後、どこかで晩餐の一皿となるだろう。いや、今晩の酒のツマミか?
ガハルトとダイインドゥは軽く一杯飲みながら歓談。
ミスリールは設計。自慢のアーバレストの速射性を向上させる計画だ。
アールカエフはお昼寝中。
皆それぞれ好きなことをやって時間を過ごす。
カンイチはフジをモフり中だ。
胡坐をかいたカンイチの足の上にだらりと横になるフジ。
そのフジの首元をガシガシとかきながら
「フジよ。お主が居たら猪もこないのではないか?」
『は? 何を今更……そうそう垂れ流してはおらんわ! 東の畑、そして今だって兎はいるだろうが!』
「そう言われれば……」
『気配断ちが出来ぬと狩りどころではないわ! 飢え死にだぞ?』
「そりゃそうじゃな。じゃ、あの時の山は?」
『アレは、我のテリトリーの主張だ』
「ふ~~ん……」
――電柱にしっこ掛けて回るのと一緒……かの
と、ぼんやりと思うカンイチ
『そんなことより……もう一寸上……おう! そこじゃ! そこーー!』
”もふもふ……” ”がしがし……”
一通り、兎を狩り、クマたちの食事、そしてお手入れ。ブラッシング。
女性陣は、夕食の支度。早速、兎が料理されるようだ。
獲った兎の一部をダイインドゥが村に持って行く。お裾分けだ。お返しにとどっさり、野菜を貰って来た。村民も久々に肉にありつけるだろう。
……
「よし! 行くか! カンイチ!」
「おう!」
夕食を摂り、ゆっくりと食休み。いよいよ狩の時間だ。
クマたちも腰を上げ、カンイチに続く。
「オレも行く!」
射撃手であるミスリールも参加だ。
「親方、ここは任せるぞ! 酒はほどほどにな!」
「おう! 任せとけ!」
すでにディアンと酒盛り中のダイの親方
「留守番は、僕に任せたまえ!」
アールカエフは眠そうに眼をこする。恐らくこの後、すぐに寝るだろう……
『うむ。気を付けて行くと良い』
「……任せた。」
何気にフジが残ってることに安堵するカンイチであった。安定の信頼感だ。
”ぅおん!” ”ぅわん!”
犬たちが追い立て、逃げ道を塞ぐ。普通サイズの猪位ならクマたちも余裕で仕留める。首に噛み付いて、太い猪の首の骨を砕く。
「すげぇな! よっと!」
逃げ場を失い突っ込んでくる猪をさっと躱し、その頸部に刃を打ち下ろすガハルト。
「結構おるのぉ! これ位の柵じゃぁ飛び越えてくるの! よ! よっと!」
”すこん!” ”すこん!”
と猪の脳天に鶴嘴を落すカンイチ。
「……本当に師匠は規格外だな」
”かち!” ”びゅん!”
こちらのアーバレストの威力も桁違い。楽々と極太の矢を猪の硬い頭蓋の中に送り届ける。
「でも、カンイチさん。猪って本当に、この高い柵、飛び越えてくるの?」
「うんむ。結構猪は俊敏じゃからな。ちぃさいのも居るで、どこぞに潜る穴もあるのじゃろ」
イザークは血抜き処理。首の太い血管を斬ってゆく
皆が仕留めた猪を”収納”に仕舞っていくカンイチ。既に20頭近くの丸々肥えた猪が入っている。
「あ! あっちにもいるよ!」
「おう! 了解じゃ! ミスリール! 夜目が利くと便利じゃな」
「ああ。俺とミスリールは良く見えてるぞ。カンイチも生えると良いな!」
「ワシも田舎育ち、だいぶ暗闇には強いのじゃがな……。月明りで何とかじゃわい」
「よし! いくぞ!」
闇夜の中、猪たちの断末魔が響く
翌朝、村の広場に並べられた、猪。その数50。兎は皮のみとなり、山となる。
「こ、こりゃぁ……魂消たの……」
村長の第一声。素直な感想だ
「鹿は現れなんだ。仔猪、五頭いるがどうする? 村で飼うのなら譲るが?」
村で肥育して食うためだ。慶事の時に。
「ありがたい! 是非とも五頭全て買い取らせていただこう! では報酬は……」
ここから先はダイの親方とイザーク君、ディアンが交渉に。カンイチも後学のためにと覗く。
特に揉めることも無くすんなり交渉も成立。
ボーナスじゃないが、少し多めに白菜を頂いた。打診のあった猪五頭の売買も無事に成立したようだ。
「いやぁ~~助かった。定期的に来てもらいたいものよ」
「こちらこそ世話になった。では」
白菜等の野菜類はアールカエフが、肉類はカンイチが”収納”に仕舞う。
見送りに来た村長にガハルトが挨拶をし、村を後にする。
「良い取引じゃったな!」
「大分あちらさんも安く済ますことが出来たじゃろ。まぁ、うちはクマ達もおるで」
それを聞いて、自分だけが良い取引だったかと思案するカンイチ。それに皆を付き合わせたかと。
「……皆の衆、すまなんだな」
「いや、クマたちも仲間だ。問題ない。それに、猪狩りも嫌いじゃない。美味いからな!」
「だね。ダンジョンに行くんでしょ。ある程度溜めないと」
「ああ、クマ達には感謝感謝だ! 夜番大分助かってるものなぁ。それにオレは、ゆっくり酒飲めたから満足だぞ!」
「飲み過ぎだよ、母ちゃんは……」
「ありがとうの」
良い仲間に恵まれたとしみじみ思うカンイチであった。
「で? 猪の丸焼きはいつ出るんだい? カンイチ?」
「……そのうちの」




