お爺。大金を積めば旨いのか?
……
ハクの轡を取ってゆっくりと国境の町【ミソォニ】の大通りに。
大きな馬と、大きな4頭の狼(と犬)に否応なく注目が集まる。多くの宿の呼び込みもいるが、狼がいると話は別。誰も声をかけては来ない。他の馬が怯えるからだ。厩も当分使えなくなる。
しばらく行くと、宿を押さえに行ったダイ夫妻が。出て行ったときの勢いは何処に行ったのか、トボトボと肩を落として戻ってくる。
「……ありゃ、ダメだったかな? カンイチ」
と、ガハルト
「うん、残念だね!」
「……そのようじゃなぁ。親方……」
見るからに萎んだダイインドゥ夫妻。今宵の酒がどこかに行ってしまってショックを受けてる違いない……
「ダメじゃった……わい……」
「今日、明日は客で一杯だと……」
しょんぼり、ドワーフ夫婦。この町を発つことが決まってしまった。
「……こりゃ、今晩は夜番から外すか……町も近いで……」
その夫妻の意気消沈具合を見て余程気の毒と思ったのだろうカンイチ。
「は? いいって、師匠。そんなことしなくとも。おい! 親父! 母ちゃんもいい加減にしろ!」
「「はぁ、ふぅ……」ああ」
「ダメだこりゃ……。あ、そうだ! 師匠、此処には何日くらい?」
「そうさなぁ……休憩のために3~4日と思ってたが……さっさと隣の国に行きたいでのぉ」
とにかく、なるべく早くこの国、サヴァを出たい一行。なにせ、この国の高位貴族を殺めている。軍隊が追いかけてくる可能性だってゼロではない。
「う~~ん……じゃぁ、飯食ったらすぐで出てさ、国境越えちまおう。で、お隣の国境の町で休憩しようよ。一~二週間くらい。情報収集も併せて。宿取れなくとも、貸家借りるって手もあるよ」
「お! いい考えだの! ミスリール! どうじゃ? 親方? ディアンさん?」
「ワシらは問題なしじゃ……」
「うん。もう一寸……野営でも……」
酒が飲みたい……とつながったであろうが、
「母ちゃん! しつこい!」
「ひゃい!」
「まったく……」
ミスリールの一喝!
「じゃぁ、そういう事でええかのぉ。皆の衆?」
「俺は構わん」
「俺も~~! 早く隣の国に行きたいし! 違う国かぁ……」
一応、夢だった国を跨いでの活躍となったイザーク。”外国”に思いを馳せる
「僕も良いよぉ~~。この国から出ることが第一だし? ミスリール君の案に賛成!」
『我はどっちでも良い。とりあえず飯だな』
「よおし! それじゃぁ、飯食って出発じゃ!」
{応!}
……
やって来ました! 『ママーのレストラン』
裏通りにひっそりとあった『ハインツのレストラン』と違い、大通りに面した好立地。三階建ての大きな店舗を構える、いかにも高級店という店構えだ。
「随分と、趣が違うのぉ……」
石張りの店舗を見上げるカンイチ。彼の長い生の中でもこんなに立派なレストランに行った覚えはない……
「うわぁ……高そうですねぇ……いいのかなぁ?」
こちらも貧乏冒険者だったイザーク君。カンイチと並んで見上げる
「ま、良いじゃん! 盗賊のお宝で懐も温かいだろ? 行こう! 行こう!」
「ハクたちどうするか……」
「厩くらいあるでしょ? クマたちは中庭借りればいいじゃん?」
「……じゃ、聞いてみるか……の。ちと待ってておくれ」
「僕も行くよ! カンイチ!」
「俺も!」
カンイチとアールカエフ、イザークが店に入るなり
「いらっしゃいませ! アールカエフ様」
黒いスーツに身を固めた、支配人? が出迎える。
「やぁやぁ。お世話になるよ。厩と、狼三頭を中庭に。一頭は中に入れたいんだけど?」
何の臆することも無く、あたかも当然と言った風な、アールカエフの対応。ごく自然だ。
「はい。問題ありません。どうぞこちらへ」
「あ! イザック君! クマたちを頼むよ!」
「……イザーク君じゃ。流石アールじゃの……イザーク君、ワシも行こう」
厩にハクを入れると、馬屋番が現れ、水や、飼葉を出してくれる。
さらに案内された中庭にクマたちを繋がせてもらい、木の皿に水を満たし、肉塊を出し与える。
『では、行ってくる。頼む』
”ぅおふ!”
クマにこの場を託したであろうフジを連れて、再び玄関に。
『楽しみだな! お爺!』
「うむ。随分とお高そうな店だしのぉ」
『うん? お爺。立派な店、大金を積めば美味いのか?』
「難しい所じゃなぁ。金貨を積めば、料理にその分金を掛けられるともいえるし、只、高価な食材を使ってるだけかもしれん。その価値観だって”人”の物差しじゃし。店については美味いから儲かって大きな店になったともいえるし、見栄というのもありじゃのぉ」
『ふぅむ……』
「ま、店はたんとある。いろんな味を楽しめば良かろうさ。フジ。不味くても暴れてはいかんぞ?」
『うむ。了承した』
「難しい話ですね。カンイチさん」
「まぁなぁ。味覚だって人それぞれじゃろ? 物の価値だっての。フジにしたらそんなモノ関係なしじゃろ?」
「そうですね……」
『イザークの蛇スープは美味いぞ』
「ありがとうございます!」
物の価値やらの話も出たが、イザークの作る『ブッシュマスターの滋養スープ』、新鮮な材料の蛇、高価な香草、薬草をふんだんに使った逸品。十分に高級料理の部類だ。それこそ、材料は全て採取で賄っている。元手は只。これこそ、いい例ではないか。
そんな話をしながら再び店舗にもどる。そこに先ほどの支配人が待っていた。
「カンイチ様、そちらが?」
「うん? ああ、魔獣殿だ。無理を言って済まない」
「いえいえ、クラフトから通達が来ておりますれば。あのリストに載ってる店舗であれば、何処も問題なく対応が可能かと」
「それはありがたい! うちの魔獣殿は中々に舌が肥えていての。ワシ……私達と同じものを出してくれ」
「はい。承りました」
『うむ! 楽しみにしてるぞ!』
目玉がこぼれんばかりに目を見開く支配人……
フジの声が脳に届いたのだ。
「おい……フジよ……」
『良いではないか。クラフトから聞いているのであろうが。問題無いと言っておろう?』
「は! 失礼いたしました! ど、どうぞこちらへ」
『うむ。そうだ! お爺、あの蜥蜴肉を。ここでどう調理されるかみてみたい』
「おいおい……。本当にグルメじゃな。レッドレザー……じゃったっけか? イザーク君?」
「ええ、合っていますよ。大きい方の切り身でしょうか? フジ様?」
『うむ!』
「しょうがないのぉ……こいつを料理してくれるか?」
”収納”から、ごろりと肉の塊を出す。青斑点のレッド・レザーの大きい方から切り出したものだ。そいつを二つ。
「一つは、そちらで。試食しないと料理になるまい」
「はっ、お預かりします。シェフ! シェフ!」
「はい……これは?」
「レッド・レザー・リザードと。どうだ?」
「さすが”収納”の恩恵……鮮度も申し分なし。毒も無しと……」
あ……と、調子に乗って出してしまったカンイチ……
――まぁ、クラフトさんの処だし……大丈夫じゃろ
「……なんでわかるんじゃ」
「うちのギルドで処理されているのでしょう? こことここに焼き印が。肉の種類と部位。加工日、毒の有無、熟成処理の有無等の情報があります」
「ほぅ。冒険者ギルドより、よほどしっかりしてるの……」
「はい。再び持ち込まれても直ぐに対処できますし。転売先でも重宝しますよ」
「冒険者ギルドも見習う点じゃなぁ」
改めて感心させられるカンイチであった。




