ふふん! 女は執念深いのさ!
……
「さぁ! 時間も惜しいし、そろそろ、その白髪首、落とさせてもらおうかねぇ。覚悟は良いかい!」
ディアンの宣告に
「くっ! 仕方がない……お前たちには死んでもらうぞ。ダイ! ディアン!」
開き直ったのか、顔を歪め杖の先端をダイインドゥ夫婦に向けるハッサン
村民たちも腰の剣やら懐のナイフを取り出す。
「ほう……」
ニヤリと笑うガハルト
「はぁ? 武器も使えねぇ詐欺野郎が! 上等だ! その首飛ばしてやる!」
とディアンが噛み付く。
すると歪んだ表情のまま嘲るようにニタリと笑い、さっ! と手を上げるハッサン。
しかし、何も起きない。
ハッサンの頭の中では飛翔する矢がディアン、ダイインドゥ、ガハルトを襲うはず。なのだが
想定外の事態、顔色も青くなり、後ろを振り向き叫ぶ
「お! おい! 撃てぇ! 撃て!」
ハッサンが必死に叫ぶも矢の一本も飛んでは来ない。
射られたところで、この距離。ガハルトらにどれほどのダメージが与えられるか
……
すこし前の木の影
「おい、良く狙えよぉ、お前ら」
「へっへ、任せてくださいよ。坊ちゃん。おっと、静かにして下せえ」
「背をなるべく低く。見つかったらおジャンですぜ」
「ああ、上手くいったら報奨金出すからな」
「へぇ、期待していまっせ。坊ちゃん」
ひそひそ声で話す影
人垣の後ろ。大きな木の根元のブッシュに潜む3人の男。
そのうち、二人の手には弓が握られている。
報奨金と聞いて更に身を乗り出す二人。
坊ちゃんと呼ばれた男の手には単眼の望遠鏡。その望遠鏡を覗きながら
「ドワーフと獣人かぁ。もっと前に出た方がいいかな?」
「いや、これ以上は……」
「うん? ハッサン村長が前に出たぞ」
「じゃぁ、準備だ!」
矢筒より弓を引き抜き番える男達。
村長の合図を待つ
そして村長の手が上がる
「よし! 今だ! 撃て!」
「……」
いつまで経っても矢が放たれることはなかった。
望遠鏡を覗きつつ
「早く撃て! 早く! どうした?」
”どさ!”
「ん? なんだよ! こんなときに!」
自分に寄り掛かって来る仲間。何をこんな時にふざけているのだと、望遠鏡をおろし、寄り掛かって来た男を手で退ける。が、力なく押された方に倒れる男
「うん?」
男は、だらりと舌を出し、息絶えていた。額に矢を立てて。
「ひ!」
もう一人の仲間に目を向ける。こちらは右目の上にぶすりと。眼球を押し出して。
いずれも、どのような強弓を用いたのか頭蓋を完全に打ち抜かれている
「ひ、ひぃ!」
”がさり”
と立ち上がった時に腹が急に熱を持つ。慌てて押さえた腹、ぬるり。赤い液体が手を染める
「あ? ああ?」
そして頭をガツン! と殴られたような衝撃!
坊ちゃんはそのまま目を開けることは無かった
……
「うん? 木の陰にいたやつらか? それならとっくにうちの仲間が除いたが? お前たちも死にたくなけりゃ、村に帰れ。村長殿はここで果てる予定だ!」
つまらなそうに”狙撃者”排除を告げるガハルト。
「な、何を勝手な! 排除だとぉ! ……。! ジロ!? ジロぉ! わ、儂の息子に何をしたぁ!」
「うん? あの中に息子がいたのか? だから、もう、くたばったと言っている。さ、ディアン殿もう良いだろう? さっさと帰って飯にしよう」
「そうだなぁ……。そいつは、こっちで頂くよ。ガハルト殿。ハッサン! 今日、出会えて嬉しかったぞ。さぞかし今宵の酒は美味かろう? くっくっくっくっく」
マジックバッグから、未だ血で汚れた長柄の大斧を引っ張り出すディアン。
そして、一歩一歩とハッサンの方に歩を進める。
「なぁに。ちょん! と一発で勘弁してやるさ。本当は手足飛ばしてから首といきたいところだがな」
「ま、待てぇ! 待ってくれぇ! か、金は払う!」
「金ぇ? ふふん、勿論、頂くよ? 盗人のアジトからなぁ。ほれ。サッサと首を差し出しな。……割るぞ」
「く……お、お、お前たち! か、かかれぇ! 一斉にかかれぇ! わ、ワシを守れ? ど、どうした? あ……ああん?」
振り向いたハッサンの見たもの。四方八方に逃げ散る村人の姿だった。
「大層、人望がおありで。さ」
「ま、待て、待ってくれ! ま!」
両手を前に突っ張り後ずさりするハッサン
すっと、踏み込み大きく大斧を振りかぶるディアン、そのまま、真一文字に振る
「ま、まて! 待てぇ! ま」
命乞い空しく
”ずぅどぉん”
その極悪で分厚い鉄板はハッサンの臍あたりで胴体を綺麗に二分割にする。
下半身はその場に直立したまま、上半身は、腸の糸を伸ばしながら数m先に落下する。
「が、がふぅあ……がほ……が……ごぼぉ」
「ふん! やっぱり苦しみながらクタバレ! この詐欺野郎が! 待たせたな! ガハルト殿、カンイチ!」
「おう。しかし、チョンで、勘弁してやるんじゃなかったのか?」
今尚、意識のあるハッサンを見下ろし声をかけるガハルト。
哀れにも思ったのだろうか
「ふふん! 女は執念深いのさ! いい気味だね!」
「……ま、仕方なし……じゃな。恨みもあるで。それに盗賊の類だろうて。この世界じゃ死罪だしのぉ」
と、呆れ顔のカンイチ
「ま、脳筋だしぃ。でも、良かったな! 母ちゃん!」
「おうさ! 今夜は宴会だぁ!」
「ん、親方、こいつの首は」
「要らんじゃろ。見たくもないわい!」
「どうせ、小悪党だ大した金にもならんだろうよ。放置でいいぞ、ガハルト殿」
「お、おう」
……
その足でハッサンの村に。立ちふさがる者も無く、中央の大きな村長宅へ。
作り自体は田舎の農村の村長の家といった具合だが、中は別。
高級そうな家具も並べられ、絵画すらもかけられている。
その室内を呆れながら見て回るカンイチ。
「なんで、ここが襲われなんだか?」
「盗賊にとっちゃ、都合が良いのだろう? 盗品だってこの村を通して売ってたのだろうし? 食い物の麦にしたって、村で購入とかな。娼婦だって用意してるくらいだ」
「うんむ。多くの犯罪者が流れて来てたんだろうさ」
「ふぅん。しかし……盗賊の盗品のピンハネもしておったのかのぉ」
「ま、あの詐欺野郎ならあり得るわなぁ」
調度品を見回す。
「それじゃぁ、金になりそうなものは持って行くか。カンイチ」
「うむ。そうじゃの」
早速と家探しし、床を跳ね上げた地下に、宝物庫と言って良いほどの小部屋を発見。
貨幣やら、宝飾品等の金銀財宝を徴収して出る。細々としたものは放置してきた。
本当は根こそぎ取ってもよかったのだが、若い”妻”という女性が5人もいた。
村長殿はいい年してお盛んだったらしい。小さな子もいる。本来であれば盗賊の血縁は皆殺しになるのだが
「ま、子には罪は無かろう……」
とダイインドゥの一言で妻と子は放置することに。無理やり手籠めにされたという話もある。
若い娘達も村長の命令で盗賊たちの相手をさせられていたらしい。
この村はハッサン一族と、配下の流れ者共の天下だった。盗賊には媚び、村民には高圧的に。当のハッサンと長男が死んだ今。成人した息子たちは戦々恐々。村民やら、この村の支配をもくろむ元配下のゴロツキたちに殺されると。彼らは殺される前に村を出ることになるだろう。
村を出たところで、他の村や町に入れる保証はないが
ダイインドゥの見逃した子等だって安心できない。ハッサンの子には違わない。ハッサンの日ごろの行い次第では村民の恨みの粛清対象になるだろう




