出会
……
「次!」
「え、ええ!?」
町に入る列に並び、検査を待っていたカンイチ。門を守る衛兵に”次”と呼ばれて大いに驚く。
「うん? 次だ。どうした? 坊主一人か?」
「……?」
「どうしたんだ坊主?」
怪訝な目を向ける衛兵。その手には長柄の槍が握られている。
「次? ……あんたら異人さんじゃろう? 随分と日本語が上手じゃのぉ。よぉ勉強しなさったなぁ!」
そう、カンイチが驚いたのは、カンイチが言うところの外人さん。異人さんが日本語を話すことだ。
革製の鎧を着てがっしりした体躯。髪や顎髭は茶色、瞳は青。彫の深い顔。どこから見ても日本人には到底見えない。その大男が流ちょうに日本語を話すように聞こえるのだ。
この世界に来てのカンイチの何よりの心配事項である言語の問題、それが解決した瞬間だった。
『ハロー』と声を掛けなくてよいらしい。
「??? ど、どうした? 坊主? にほんご? それに妙な爺さん言葉を使うな」
「ああ。面白い坊主だ。くくく」
何事かと隣で業務に当たっていた隊員もやって来た。
「うん? どういう事じゃ……。こりゃぁ……! あ! そういえば翻訳がどうのと、太った方の神様がおっしゃっておられたな。これか! おお……神よ! ありがとうございますじゃぁ」
その場で跪いて天を仰ぎ見、手を合わせるカンイチ。
「神様? 坊主。本当にどうしたんだ? ここに来る途中、ゴブリンにでも襲われて頭でも打ったのか?」
「くくく。本当に面白い坊主だなぁ、おい! この町じゃ見ない顔だな。で、どっから来たんだ?」
「そうさなぁ。深山村……ずうっと山奥の小さな村からじゃぁ。少々時間よろしいかのぉ。お役人さん。この町に入るには何が必要なのじゃ?」
「そうか。年寄りばかりの村だったのか? それでその言葉使いか? 良くもまぁ、村より出て来たものよ」
「町に入るには、生まれた町や村で発行される身分証……そんな山奥じゃぁ、ありそうもねぇなぁ」
もう一人の衛兵が質問に答えてくれたが……
――身分証? 運転免許証はとうの昔に返納してしまったしのぉ……。保険証はと……熊さと戦ってるうちにどこかに行ってしまったようだな……どうしたものか
どのみちあったところで使えないが。
ついでとばかりにツナギのポケットを探る。化け熊との死闘の跡も無い真っ新なツナギ。
「……うむ。なにもないのぉ。金も。財布も。こまったものよ」
ツナギのポケットをまさぐりながら衛士に応えるカンイチ。
「うむ。そいつはこまったものだわなぁ。ふむ、どうしたものか……。真面目そうな坊主だが……」
「手っ取り早いのは冒険者に登録しちまうのが良いのだがな。町に入る税金やらも免除になるしな」
「ここまで一人で来たようだからそれなりの腕っぷしはあると思うが……どうするか……」
「そうそう、それ、魔物か? 動物か? 従魔証明も必要になるなぁ」
「ワシの家族じゃ。動物……犬だ。と思うがの、たぶんの」
その時、神様(***)の、熊を売って金にしろという言葉が脳裏をよぎる。
「あ! 途中、熊さ仕留めて来たのじゃが。売れるかのぉ?」
「熊かぁ。大物だったら金になるが……うん? 何処にあるんだ? 坊主? 他に仲間や、荷車とかあるのか?」
「ワシの”収納”に。ここに出すか――」
さっと手を上げカンイチの言葉を遮る衛士、その顔は真剣だ。
「しっ! 坊主。まさかの”収納”持ちか? とんでもねぇギフト授かってるな。だが、あまり大っぴらに使うなよ。さっさと攫われちまうぞ。そんで奴隷にされてこき使われちまうぞ」
「ご助言痛み入る。以後注意せよう」
忠告を受けたカンイチ。確かに大変便利な技だ、あの”収納”は。と大きく頷く。捕まって奴隷というのも頷ける。奴隷になんかにされて、こき使われるのなんざ御免被る。
こういった情報も仕入れなければと、なるべく相手から言葉を引き出すように方針転換するカンイチ。
「本当に爺さんみたいだなぁ。まぁ、いいや。そうだなぁ……。で、坊主は何しにここに?」
「情報集めに。これから一人で生きていくためにのぉ」
「”収納”持っていて熊を仕留められる腕があれば、”冒険者”はどうだ? 最初から”銀”くらいは貰えるだろうさ」
流れ的に、過疎の村からやって来た……実際そうなのだが、哀れな少年。そう言う設定になってるらしい。身分証不所持や、無一文も特に怪しまれることもなく。おまけに、職まで斡旋してくれようとしてくれている。カンイチにとっては追い風以外の何物でもない。
「ふむ。銀? 冒険者?」
腕を組み考えるカンイチ。
「なに? 冒険者も立ち寄らん田舎から来たのか」
――ん? 衛士殿には呆れられてしまったが……。冒険者とは? 冒険するもの? よくわからんわい。が、そいつになれば町にも入れるし、職にもありつけそうじゃな。
大きく頷く。
「でも、門衛さんの話を聞くに。この状況じゃぁそれが一番、てっとり早そうじゃな」
「まぁ、金も無けりゃなぁ。何をするのも入り用だ。俺がついて行ってやるよ。真っすぐ”ギルド”までな。話もしてやるさ。俺が行けばギルド長も話に乘るだろう」
――ギルド? 長? ここじゃぁなんの伝もない若造じゃ。ここは一つ世話になるかの。
「いいのかの? 世話になっても」
「おう! ガキが遠慮すんなって! ここらは盗賊も出るし。夜は魔物もちょこちょこ出没する。外に放るのも寝覚めが悪いわ。で、坊主、名は? 歳は?」
「ワシは、カンイチという。年はひゃく……。じゅ、15歳じゃ」
思わず、100と言いそうになるも、15と言い直す。変なことを言って不審に思われてもつまらない。それに今のカンイチは15のほうが自然だ。
「良し。と。背は低いが成人はしていると。じゃ、一応、そいつに触れてくれ。過去に重罪を犯してると反応する」
「重罪……ワシの罪……か」
門衛が指し示す、水晶玉のような物体。カンイチはそっと触れる。
戦争――お国の為と武器をとった記憶が蘇る。冷やりとした鉱物で出来たそれは、特になにも変化をしなかった。
――罪。ではないというのかの。それとも赦されたかの……
そんな思いを胸に、己の手をじっと見る。カンイチの目には、過去、真っ赤に染まったその掌が映る。
「このちっぽけな水晶玉が人の罪科を暴くのかの? 大したものよ」
と、ぼそり。
「うん? カンイチの村にゃ無かったかい? 大雑把にだがね。仕組みはわからないが、戦争やら正当防衛で人を殺してもスルーだ。昔の魔導士が”鑑定”の魔道具として作ったやら、神が下されたやら。……ま、いいや。こういうものがあるという事だけ覚えておくといい。これからも触る機会があるだろうさ。そうそう、俺はハンスだ」
「よろしく頼む。ハンスさん」
差し出された手をぎゅっと握り返すカンイチ。
「ちっともガキっぽくねぇな。カンイチは。まるで親父と話してるようだぜ……」
実際、年齢差で言えば祖父と話してるというのが正解だが、ハンスには思い至らないだろう。目の前の青年の実年齢が99歳だということに。
……
「じゃ、行くか。ヨルグぅ! ちと、ギルドまで行ってくるわ! 交代頼む!」
大きな声で、屯所に向け、叫ぶハンス。
「ええ? 隊長? まだ勤務中ですぜ? 受付のリリヤちゃんですぅ?」
「アホぬかせ! 俺には女房がいる! ガキもな! んじゃ、頼んだぞ~~!」
不用心。とも思いはしたが、この男は信じられる。伊達に100年近く生きてはいない。己の感覚を信じハンスの後に続く。それに、この世界ではまさに右も左もわからないカンイチ。
「おっと、カンイチ。この紐で狼を繋いでくれないか。町人にケガさせたら面倒ごとになるからな」
「クマらはだいじょうぶ……いや、ハンスさんの言に従おう。クマ、ハナ。ちと、窮屈じゃが、勘弁じゃ」
首輪に紐を通し、手綱とする。
「これで良し。ようこそ! カンイチ! 冒険者の町【フィヤマ】へ!」
「フィヤマ? ミヤマ? ワシの村と同じかのぉ? 規模は比較にならんがのぉ」
ミヤマ(フィヤマだが)と聞いて少しだがテンションが上がる。カンイチ。
が、町の様子を見て再びテンションが下がる。
「しっかし、どこもかしこも異人さんばかりじゃぁのぉ。……言葉通じるじゃろうか」
と。小声で独り言ちる。先ほど翻訳機能で乗り切ったカンイチだったが、生まれてこの方、海外旅行もしたことは無く。多くの外国人を見たのは戦時中の出征の時と、戦後の混乱期くらいだ。動揺してすっかり忘れてしまったらしい。




