来襲 1
……
それからさらに三日。
アールカエフの様子も特に変わりなく……こんこんと眠りに。
カンイチも規則正しく食事を摂り、毎日、風呂に入って身を清める。睡眠もアールカエフの横で摂るようにしている。日中時間を取り、剣を振ったり、犬達と戯れて気を休める。
アトスも詰めてくれているので、犬達もこちらで世話をしている。もちろん、カンイチとフジの風呂桶も移設済みだ。
「しっかし、この蛇のスープ……美味ぇな。十分売り物になるぞ。おい」
イザーク特製蛇スープをスプーンで含むジップ。
毎日、クマ達の散歩のときに調達したブッシュマスターとその時採れた香草類で大量に作られる。体力勝負の現場だ。滋養にと。誰でも飲めるように。
「それな。うちのイザークの得意料理だわ」
「そりゃぁ、新鮮なブッシュマスターとこれだけのハーブ使ってるもの……。お店で出したらかなりの高級料理よ。ジップ。料理の腕も確かみたいだし」
アイリーンも隣で舌鼓。
「げ? マジか? やるな! イザーク! じゃ、もう一杯貰おう!」
「せこいわよ……ジップ。あんた。しかも3杯目でしょ、それ」
「……うむ。……せこいな。が、イザークも易々とブッシュマスターを摑まえるものよ。驚いたぞ」
足で踏んでの捕獲。今ではイザークもひょいひょいとこなす。
「ああ、あれな。カンイチの技だ。今じゃすっかり身に着けたようだ。安心してみていられる」
「……あれであれば、申請すれば昇格試験も易々と受かろう?」
「まぁな。が、本人も、もうどうでもいい感じだがな。なにせ、畑が待ってるからなぁ! はっはっはっはっは!」
「本気かよ……ガハルト?」
「ああ! うちの大将はな。もちろん俺もだ。うん?」
冒険者達の視線が一斉に通りの方に向けられる。
「……来たか。おう! 久し振りだな。ジリオン。と、アホバルク」
ガラクタの山の影から現れたのは、まだ若い、20代前半の剣士風の男と、ガハルト程ではないが、巨漢の剣士。
そして、二十人ほどの騎士に守られた、着飾った痩せた男が二人。他にも何人か。付き人だろうか。
「ふっ、久しぶりだなぁ、ジップ。何時 「ははぁぁ~! このぉ糞生意気なジップめぇ! 今日こそ ”どがぁ” い、痛てぇな! おい!」 五月蠅い。今、俺が挨拶中だ。で、貴殿がガハルト殿かい? ふぅ~~ん」
どうやら、若い剣士がジリオンと呼ばれる”ミスリル”の冒険者で、そのジリオンに尻を蹴飛ばされた巨漢の方がバルクという”金”の冒険者のようだ。
「で、一体、何の用だ? お前さんらは? ご領主様は会談の延期を御認めになってるというのに?」
とジップが問う。
領主がこの二人を雇ったという知らせは受けていた。が、見舞いの文まで出してるんだ。このタイミングで? と少々不思議ではある。見舞状やら花代まで出した領主殿の善行を全てをぶち壊す行為だ。
「領主様ぁ? は? 知らんなぁ。で、”銀”のカンイチってのはどいつだ?」
と、見回すジリオン。
「うん? 話が見えんな? それに貴殿の目は節穴か? この周りの様子見れば分ろうが。今、取り込み中だ。日を改めるがいいだろう」
とガハルトが応える。殺気を乗せて。
彼が言う通り家の周りには多くの色とりどりの花が持ち寄られ、飾られている。住民たちの手によって。心安らかに……その想いが込められて。
「ほう……怖いな……」
「何をごちゃごちゃと言っているのです! 命令です! サッサとその冒険者を連れて来なさい!」
そこに甲高い声を上げて文官風の男が割り込む。
「うん? 誰かと思えば、ミュンヘン殿。なんでお前さんが? こりゃぁ領主様じゃねぇな……? 子飼いのアンタが……ふ~~ん。なるほどぉ。主を変えたのかい? ということはそちらが、バラグライド侯爵様という訳?」
合点がいったと頷くジップ。
ミュンヘンの後ろに、騎士たちに囲まれていた、着飾った男が威厳を込めて口を開く。
「ふん。冒険者風情が……さっさとそのカンイチという冒険者をここに連れてきなさい!」
ゆっくりと、低い声で語る。彼なりに重厚感を演出してるようだが……質が知れている。そうそう人は変われるモノでもない。
「はぁ? 自分らは、前触れやら、予約が無いと会いもしないくせに。ほれ、予約受けてやるから後日来い! 後で日時を知らせてやるよ。まぁ、カンイチが会うかは知らねぇがなぁ」
ざっ! と一歩前に出る騎士
「それはできん……な。いくら貴族と言えどな」
ずぃと、一歩前に出るガハルト。
その圧に押されるように、騎士、共にバラグライドは後ずさる。
この段になると参列客や、野次馬の何人かが、衛兵の下に走る。庶民は貴族の横暴な態度を知ってるからだ。これはきっと、血が流れると。
「それで、腰抜け侯爵殿。貴公は何がしたいんだ? そんな態度で。どうしたいんだ? カンイチに土下座でもして、『この町に居てくれ』というのならわかるが……喧嘩売ってるのか? ああん?」
「ジップぅ、気持ちはわかるけど、煽っちゃだめよ。ぷくす」
「ぶ、無礼者めぇ……。良いだろう。国で召し上げてやろうというのだ。そのカンイチという者も喜ぼう! 我が国を守る要職に付けてやろうというのだぞ? 平民風情を!」
叫ぶ侯爵
「それこそ余計な世話だ。ちっ! 大分騒がしくなったな……そろそろ引いてはくれんか? そちらの御用向きは分かった。後日、カンイチに返事をさせる。それでよかろう?」
ゆっくりと……言い聞かせるように。勿論殺気を乗せてガハルトが応じる
「じゅ、獣人風情がぁ!」
「もういいでしょう? 侯爵様。返事など要りません。そちらの魔獣? どれも狼のようですが……。フェンリルを連れて来なさい。隠し立てせずに!」
「はぁ? ミュンヘンよ? お前さん? とうとう頭が腐れたか? 見ての通り、フェンリルなんぞ居ないしぃ。例え居たとしてもどうやって制御すんだ? お前ごとき小者に? はっはっは!」
「……笑止」
すっと、前に出るガルヴィン。大袈裟に手を広げる
喜劇の舞台上の演者のように。
「調べればわかるでしょうに? 目が大層お悪いようで? フェンリルなんかいませんよ? それにミュンヘン殿、どうするんです? 大恩ある領主様まで裏切って……。あの凡愚な領主様じゃないとアナタのような、何のとりえもない小者。取り立ててくれませんよ? そこの侯爵様だって。貴殿以上に小者です。手柄だって独り占めでしょうに? 用が済めば、ポイ。自分と重ねてみればわかるでしょう? そんな小者が生意気にも大きな野心なんか持っちゃって。それに乗っかる侯爵様も侯爵様ですねぇ。ま、同じくらいの脳みその重さなのでしょう? お可哀そうに」
看板役者のような美男の域に達するガルヴィンが、その口から停滞無く、スラスラと吐かれる毒舌!
最後は優雅に、侯爵に向けお辞儀をする始末。もちろん、おちょくっての態度だ。まさに喜劇。
「ガルウィン……あなた斬られちゃうわよ?」
と、アイリーン。当のガルヴィンはどこ吹く風。それを許す剣技の持ち主だ。
「ぶ、無礼者ぉおおおおーーー! 謀るなぁ! 報告だって上がってきてるんだ! 冒険者風情がぁ! 無礼打ちにしてくれるぅ!」
大声を張り上げるミュンヘン。彼の生でこれほどの声が出たのも初めてだろう
「はぁ? 無礼打ち? 何言ってるのです? この小者は?」
やれやれと大袈裟に首を振るガルヴィン。
「アンタ、一応、ミュンヘン、男爵様よ? 知らなかったの?」
「おお! それは本当です? アイリーン? あ、ああ……なんとも、嘆かわしい事! この国民にとって……」
これまた大袈裟に泣き崩れるそぶりを見せるガルヴィン。完全におちょくっている。
もちろん、ミュンヘンは顔を真っ赤にさせ、喚き散らしている
「本当に斬られちゃうわよ……アナタ」
…… つづく
 




