到着
ここはどこだろうか……
カンイチの頬を優しい風が撫でる。
鼻孔をくすぐる、草の青臭い臭い。天界では感じられなかったものだ。そして、命、体の重さ、己が力強い鼓動をも感じる。
そうっと眼を開ける。
丁度、山々の間から朝日が昇るところだった。
身体の皮膚の感覚が鋭くなったのか、陽光を感じる。いや、長い生の中で忘れていた感覚なのだろう。
「ふぅ……。これは夢だったのじゃろうか……」
ぽつんと草原に立つカンイチ。そうっと己の手を見る。そこには、張りのある、皺ひとつ無い手。若い青年の手だ。
「……う~ん。100年の生も夢の中。……という訳でもあるまいなぁ。であれば、”現実”かぁ。 ”ぐきゅるるるるぅ……” 腹も減ってるしのぉ」
地球での生、百年は夢?
”わぉん!” ”うぉん!”
「ん? クマ? ハナ?」
頭を摺りつけてくる2頭の美しい獣の頭をわしわしと撫でる。
元からここに居て……? 夢? そんな、夢心地のカンイチに現実が迫る。
『お~い。カンイチ! 聞こえるか~! 俺だ! 俺!』
頭の中に木魂するは……今回、大変に世話になった神様の一柱。痩せている方の神様だ。明晰になった脳みそで思い直し、考えれば、カンイチの死? の元凶と言っても良いのだが……。
なにせ相手は神様だ。これからも世話になるだろう。それに、これは現実……。
『うん? あまり、思い悩むと禿げるぞカンイチ。そういや、白髪の血だったな。じゃ、大丈夫だな!』
「は、はぁ。これは現実……か。神様、どうやら無事に到着したようですじゃ。クマもハナも無事一緒に」
一気に夢ではない、全ての記憶がよみがえる。100年の刻も。
『そんなヘマはしないさ! でだ。先ずは――」
「神様、御無礼いたします。とりあえず熊ぁ食うとします。もう、腹が減って、腹が減って……何も考えられませなんだ」
”ぐぐぐぐぅぅぅ”
鳴る腹を抱え、神、***に訴えるカンイチ。
『うん。そうか? なら、北の方に川がある。そこに行くといい。そこでなら火も使えるだろう。今は……安全だ。地球の時間で3時間だったか。それくらいしたら、また話しかけるわ。じゃ、コロッと死ぬなよぉ~~』
頭の中に響いていた声が消えた。
「……なんだったのじゃろか。北と仰ってたな。地球と一緒で良いのじゃろか? 朝日がこっちから昇ったから、北はこっちじゃな。行くぞ! クマ、ハナ! 飯じゃ!」
”おぅん!” ”ぅわん!”
神様がおっしゃった、北にあるだろう川を目指して草原を歩く。
足元に目を向ければ日本でも見た、オオバコ、ナズナ、ススキ。あの花はレンゲか。多くの既知の草花を見ることができた。
ここは本当に地球じゃないのか。近所の草原を歩いているような感覚。
そんな思いがカンイチの脳裏をかすめたとき。目前に出会い頭に兎が現れた。
「大きいのぉ……若い牛ほどあるぞう。なんじゃぁ。これは……」
カンイチよりも背の高い、丸々と肥えた兎。
カンイチ、兎、双方とも呆気にとられるも、
”ぅおん!”
クマの一吠えで我に返る。
「お、おう。クマ、あれ仕留められるかの」
”ぅおん!”
自分より大きな兎に怯むことなく襲い掛かるクマとハナ。兎も我に返り、すぐさま逃亡に移るが、時すでに遅し。ハナに足を噛み付かれ、引きたおされ、その隙に喉元をクマに。
”ごぐん”
首の骨が砕けたようだ。
「前より、強くなったかの……。しかし、犬か? お前たちも神様より”力”を得たのじゃぁなぁ」
”ぅおう!” "ぅわぅ!”
カンイチの質問に答えるように吠える犬? たち。
「そうじゃなぁ。どうしたものか。こいつを川まで持って行くのにも骨が折れるのぉ。! おお! そうじゃそうじゃ! こういうときこそ”収納”じゃ! お? おおお! こいつは真に便利じゃなぁ! しっかし、兎でこれかぁ。少々不用心じゃったなぁ。警戒しながら行くとするかのぉ」
”収納”から愛用の山刀を出す。
「うん? こんな綺麗じゃったか……まぁ、よかろう」
普段使いの何の変哲もない藪払いの山刀。農協で買い求めたものだ。が、多少の刃こぼれも消え、新品、いや、青光する金属に変わってるようにも見える。
その山刀で草を刈り払いながら進む。何の抵抗も無く、硬い茎。そして、薄く柔らかい草すらも楽々と刈っていく。
「恐ろしい切れ味じゃあの。楽ちんじゃ」
そう。上位神である*********が触れたのだ。この山刀もまた神器、神刀というものに昇華されている。そんな事とはつゆ知らず。神の道具で藪を刈るカンイチであった。
……
藪を抜けると道に出た。幅は車2台分。5m弱といったところか。舗装などはされてはおらず、所々、雨が降ればぬかるみになるだろう窪みが見られる。その付近には車輪であろう轍がくっきりと残っている。
「ふむ。この轍は……馬の蹄の跡? こりゃぁ、馬車かのぉ。ふむ。皆、馬車の轍っぽいの。ここにゃぁ車は無いようじゃな。よし。北に向かってるな。この道沿いに行けば川、そして村があるじゃろ。行くぞぉ」
神様の言う通り、北上するカンイチ。
「しっかし。地球の田舎……深山村とあまし変わらんのぉ。ワシには丁度良いがの」
”わぅ!”
「うん? ……水の音、川か。良し、飯にしようかの」
川の幅約5m。人の頭大の石がゴロゴロしている清流だ。深い所でも腰くらいだろう。
「この川なら魚も沢山獲れそうじゃな。が、次にするかの。さて。運良く兎が獲れたで、兎にしようかの。熊よか美味かろう。どれ、”兎!”」
緩やかな川の中に兎を入れる。”無限収納”に入れていたおかげで死に立てのほやほやだ。血管を切ると勢いよく血が噴き出る。
「本当に便利じゃぁの。この”収納”ちゅうもんは。どら、血ぃ抜けるまで薪集めでもするかの。火起こしもせにゃならんかぁ。ライター無しというのも何十年ぶりじゃ?」
大雨等で流れて来た流木やら、火のつけやすい枯草、ヨシなどを刈り集める。
「ふむぅ。この若い身体。疲れ知らずじゃわい。若いとは良いことじゃぁの。はっはっは!」
それは亜神としての恩恵。身体強度A、そして回復力Sがそうさせる。
兎の内臓を引き出し、皮を剥ぐ。
「おうおう。デカいだけあって食いでがあるのぉ!」
大きな肉の塊と化した兎。その重量をものともせずに転がしさばくその剛力。これも授かった運動能力Aの恩恵だ。
「お次は火熾しじゃの。どれ」
流木を割り、尖らせた棒で早速と錐揉み法を実践するカンイチ
「ほぉれ! ほぉれ! さっさと着かんか! 火よ!」
”しゅしゅしゅしゅ!” ”ぼぼぼぉおお!”
数回こすっただけで盛大に燃えだす、
「う? うぉおお! おお? も、もう火種……い、いや、流木自体が燃えとるぞ! 普通の木に見えるがのぉ。油分が多い木なのかも知らん……」
と、轟々と燃える火を見つめるカンイチ。
これぞこの世界、”異世界”の醍醐味の”魔法”なのだが……。カンイチには知る由もなかった。




