我が妻よ
スイマセン! 時間設定間違えました!
……
「はぁ。幸せだよ。カンイチ。まさか、この僕がイチャイチャっとするなんてねぇ。もうビックリさ!」
カンイチに背から身を預けご満悦のアールカエフ。
カンイチもその痩せたアールカエフの身体を優しく抱きしめる
「うん? アールよ。家の中もええが、偶には外さ風に当たりに行こうか?」
「ううん……このままが良いや。僕は。この姿、観たら皆びっくりしちゃうよ?」
日を重ねるほどに衰えていくアールカエフ。髪の色もすっかり白くなっている。
「そうかの? 全然変わらんよ。アールは、アールじゃて」
「ふふふ……もう! 嬉しい事言ってくれるねぇ! カンイチは! 惚れちゃうかも?」
「惚れてるじゃろ? ワシは惚れとるぞ?」
「知ってるさ。……ところでカンイチの前の奥さんってどんな女?」
「ううん? こんな時に……かの?」
「知りたいじゃん! 僕にはできないけど……子供は何人いたの?」
「アール……。そうじゃなぁ。昔々に大きな戦争があってなぁ。それで、人がごっそり減ってなぁ。生めや増やせよと、ろくに会ったことない娘と夫婦になってのぉ。でも、ようできた娘での。気も合って幸せに暮らせてたのぉ。子供は、息子三人と娘三人の六人じゃな」
「え? ええ!? 六人も! 羨ましいなぁ~~……でも、僕が天国に行ったら怒られちゃうかな? 旦那さん取っちゃって?」
「いんや。婆様も逝くときに、好きなのがいればと言い残しての。だから、大丈夫じゃろうさ。アール」
そっと、白くなった髪を撫でる。愛しむ手つきで。
「ふ~~ん……じゃぁ、僕もそう言って逝こう! ふふふ」
「……それじゃぁ、次の結婚やらは他の星に行ったら……かのぉ」
「ごめんね。カンイチ……」
「謝るでない。アール。何も悪いことはない」
”ぎゅっ”と抱き締める。
「……うん」
「今日は何食べたい?」
「そうだね。もう硬いのと、肉はいいや……。昨日のキノコのスープも良いなぁ。あ、イザーク君の蛇のスープも美味しかったなぁ」
「イザーク君も喜ぶじゃろうさ。じゃ、スープをこさえるかの」
「うん……カン……イチ……”くぅ”……」
「また寝てしもうたか……アール……」
優しくアールカエフを横にし、布団を駆けてやる。そして寄り添うように横になるカンイチ
優しく頬を撫でながら、
「明日も目を開けておくれ……ワシのアールよ……」
その目からは涙があふれる……
……
……
「……カンイチ……今日は、山……見たいなぁ……」
一日、一日と見る見る年を取っていくアールカエフ。
「うん? 外に行くのかの?」
「……だめ?」
「いんや、行こうかの。ワシが抱いていくでの……」
「……うん。お願い……もう、目も……あんまり見えないんだけどぉ……」
「良いさ。お日様も当たるし、風もあたる。いいさ。行こう!」
「……うん」
優しく、髪を撫でる、真っ白になった髪を
「寒くないようにせんと……な」
「うん……」
小さくなったアールに外套を着せ、毛布でくるみ抱きかかえ、己の身に紐で固定するカンイチ。
「ん? 苦しくないかの? アールよ?」
「いや、……苦しいよ……。……幸せで胸いっぱいさ」
「そうか……の」
……
「カンイチ? ……アールカエフ様」
「……やぁ、ガハルト君! ははは……世話になるね……」
「い、いえ……何と……何という……神よ!」
「大げさじゃ、ガハルト。アールと西の丘に山を見に行く……付き合え」
「ああ、ああ……」
その様子を見ていた住人たちも一斉に頭を下げる。
「あ、アールカエフ様……」
「ああ……」
その悲しみが伝播する……人々の間に……。
人々は道を開け、頭を下げる。
ギルドの前でイザークと合流。犬達も連れて行く。
「アールカエフ様ぁ……」
大泣きのイザーク君。
「……なんだい? 僕は未だ……元気だぞ! ……縁起でもない。イザック君……」
頭を下げて見送る人の間を南門に向けて歩き出す。町民たちのすすり泣きを聞きながら
……
「そういう事……だったのか。カンイチ……」
「ああ。ハンスさん。アールが山を見たいっての……」
「通ってくれ……敬礼!」
”ザッ”
南門の門衛達の最敬礼に見送られ、門を出る。
「すまんの」
……
「あったかいねぇ……」
「じゃな」
『エルフ殿……世話になったな。後は我に任せるといい。お爺の面倒は我がみよう』
「……フジ殿。そうだね。よろしくお願い……カンイチは長い……長い人生のようだから……フジ殿なら付き合えるね。…………僕も共に歩きたかったよぉ」
「もう直じゃぞ。……フジよ。悪いが先行して余計なもんがおらんか見て来てくれ」
『……承ろう』
クマたちを率い、颯爽と駆け去るフジ。これで、当面の安全は確保できるだろう
アールの頬の涙を指でそっと拭く。
「……ごめん。カンイチ……最近、涙もろくて」
「良いさ。奇麗じゃぞ。アール」
「……だろう! ふふふ……」
小高い丘に到着。敷き物を敷き、その上に腰掛ける。アールを抱きながら。
「どうじゃ、アール。見えるか……あの不死の山々を」
「……うんうん……薄っすらだけど……ね。はぁ、大きいねぇ……改めてみると……」
「そうじゃ。アールよ。わしと正式に夫婦にならんか?」
「……は? ダメだよ……僕は今のままで十分……さ……。態々、死者に縛られることも無いさ……自由に生きて。カンイチ……」
「いいんじゃ……ワシは! アールならの」
「……ダメだよ……」
「良いんじゃ……アールよ」
「……うん」
途中寝てしまったアールを抱きかかえ、町に戻る。いつもの喧噪も無く、道も掃き清められているようだ。イザークに犬達を託し、ガハルトとアールの自宅に。
そこにはハンスが待っていた。
「おかえり……。カンイチ。俺にも門番をやらせてくれんか? ガハルト殿にも休憩が要るだろう……」
「ありがとう……ハンスさん……」
「で、アールカエフ様は……?」
「わからん……わからんが、もう残された時間は少ないじゃろうの……」
「そうか……だが、お前が泣くな、カンイチ! 気をしっかり持て」
「泣いてなど……あ……」
自然と頬を涙が伝う……
「仕方なかろうが! 妻が逝こうとしてるんじゃ!」
「ああ……妻か…」
……




