『限界突破』
……
「ガハルトよ、大丈夫か? 歩けるか?」
イザークと共にガハルトの元に駆け付ける、カンイチ。
そして、戦闘狂の顔を覗き込む。
満足げにニヤリと笑うガハルト
「うむ。大事ない……かすり傷……だ。ふぅぅぅぅぅうううぅぅ…………」
”どさ”
大きく息を吐き、その場に尻を突くガハルト。
「どうやら、極限まで体を使ったようじゃな。彼方此方、鬱血しておるの。こりゃぁ、動けなくなる前にここを出るぞ。ワシらじゃ、お前さんの巨体は担げんからの」
「……そうか。この感覚が……。ふふふ。そうだな。こんなところに置いてかれたら死んじまうな」
「ああ、蜥蜴の良い餌だわ。で、立てるか?」
右手を差しだすカンイチ。それを掴むガハルト。グイと手を引く。
「う……うん! やっぱり動けなくなる前に行くぞ! 歩け! ガハルトよ!」
「お、おう!」
やはり、かなりの重量があったらしい
さっさと、ボス蜥蜴を”収納”に回収。尻尾の先も。
「ほれ、辛いだろうが行くぞ! 肩貸すぞ! ほれ!」
「おう! すまんな」
……
「ふぅ……う……」
「もうちょいじゃ。門まで行けば手を貸してくれるじゃろう!」
気休め程度だが、両サイド、右にカンイチ、左にイザークが肩を貸す。
「ど、どうしちゃったんです? ガハルトさん?」
「”人を超えた”ってやつじゃな。そもそも人ってのはの、無意識で出力を絞ってるんじゃ。自分の筋力で筋、筋肉、骨やらを傷めないようにのぉ」
「そ、そんなふうになってるんですか?」
「うむ。ほれ、火事の時やら、”ひとだすけ”の時なんかにものすごい力が出たとかって聞くじゃろ?」
「あ……ええ! 聞きます!」
「あの戦いで、ガハルトは自らその制限を超えたんじゃ。バトルクライじゃったか? それ以上にの」
「え? じゃあ……」
「そうじゃなぁ、太い筋は切れてないようじゃが……全身筋肉ズタボロじゃな。骨だって所々折れてるじゃろうさ。まず一週間は動けまいよ。今ならイザーク君でも勝てるやもしれんぞ? うん?」
「かもしれんなぁ……くくく。手合わせするか? イザークよ」
『限界突破』でさらに格が上がったのか、その眼光は凄まじいものがある。
「勝てないですよぉ。前より迫力がありますよ。ガハルトさん……」
「諦めたらお終いだぞ? イザーク君。はっはっは!」
「相手が悪すぎますって……」
……
「どうした! カンイチ! ガハルト殿ぉ!」
ようやく南門の付近に。まだすこし距離があるが、ハンスとヨルグが飛んできた。ご丁寧に大八車を牽いて。
「お! ハンスさん! 助かる。ガハルト重すぎじゃ……ふぅ」
”どさり”とガハルトを大八車に乗せる。
「ふぅ。イザーク君も乗ってけ。疲れたじゃろ?」
「だ、大丈夫ですよ。このまま診療所に?」
「そうさなぁ。病気でも怪我でもないんじゃが……さて。ま、骨折もあるでギルドの医院で良いじゃろ」
「ふぅ…………ハンス殿、ヨルグ殿。手間をかける……な」
言葉、一つ発するも息、絶え絶えのガハルト
鍛錬仲間のハンスも心配そうに声をかける
「そいつは構わんが……で、一体どうしたって言うんだ? カンイチ? ガハルト殿がこの様とは?」
「南の原の……レッド……。……なんじゃったか? 赤い蜥蜴の親分と一人で真っ向勝負をしてな。身体を限界以上に酷使してこの様じゃ」
「限界以上……? 『限界突破』か? あの?!」
「うむ。言い得て妙じゃなぁ。『限界突破』かぁ。その事例でいいと思うのぉ。目立った怪我は無いがの。中身、全身の筋肉やら筋、骨もズタボロじゃな」
「で、カンイチよ……ソイツは、”収納”に入ってるのか?」
「うむ。ギルドには卸さんがの」
「そうか……レッド・レザー・リザードのボス個体か……」
「うむ。紫色をしておってな。15mくらいある化物じゃ。毒々しい青い線があちこちに入っていての。正に怪獣じゃわい。ま、その怪獣を一人、剣一本で狩ったんじゃ、ガハルトも大概、怪獣じゃな」
「んな? そんな大物が? 記録にもないぞ。本当ならば、ほぼドラゴンじゃないか?」
「ものすごい勢いで毒液を吐いていたのぉ。なぁ、イザーク君?」
「ええ。本当にブレスのように。地が裂け、草花がみるみる枯れる……恐ろしい光景でした」
「ふぅむ。検分したいが……」
「見る分にはええぞ。何処にも出さんがな。ワシらで焼いて食うでの。食えればじゃがの?」
「食うのかよ! ったく……カンイチらしいっちゃらしいがなぁ」
「アールに魔物になれば美味くなると聞いたでの。勿論、美味かったらお裾分けはするでの。期待しとれ」
「……そうだな。ああ、期待してるわ。ふぅ……」
さすがのハンスもため息しか出ない。
そうこうしているうちに南門に到着。ハンスが手を貸してくれて、そのままギルドに。
その頃になるとガハルトも、大粒の汗を流し、息も荒く、うめき声を漏らすほどに。
ギルドに詰めている治療師に説明。この後のことを計る。
「ふぅ、む。こんなに酷い症例は初めてだよ。カンイチ殿の言う通りのようだね。身体中の筋肉の断裂……血管も所々破裂しているね。特に右腕がひどいな。5カ所は折れてるね。しかし、『限界突破』かぁ。本当にあるんだねぇ」
ツナギを脱がしてみると、皮膚は赤く腫れ、大粒の汗がにじむ。所々に、紫色の内出血も見られる。
「内出血で紫か……。倒したボス蜥蜴みたいじゃの。ガハルトよ。で、どうじゃ。先生。この後の治療は?」
「……カンイチさん」
「う~~ん。体中の炎症、火照りが落ち着くまではこのままだね。一週間くらいかな。で、落ち着いたら、骨を接いで三か月。……その後、徐々に回復、力を取り戻していくかたちだなぁ。傷自体は半年。獣人族は回復が早いな――が、それでも完全回復には1~2年かかる。と、いったところかな」
「じゃぁの」
「がふぅ! そ、そんな……に寝て……られる……か!」
「無理すんな。ガハルト。お前さんのやりたいことしたんじゃ。ちょっとした代償じゃ。よかったのぉ。それくらいで済んで。太い筋やら腱が切れていたらもっと大変じゃったぞ?」
「ああ。ガハルト殿。無理は禁物だ。それこそ、筋継ぐのに、大枚はたいて特上クラスの治癒薬がいるところだ」
この状況にもかかわらず、ジタバタするガハルトに診療所の先生も呆れ顔だ。
「……むぅう」
”とんとん”
「どうだい? 様子……凄いな」
開口一番、リストの台詞。
「うむ……思ったよりひどいな。大丈夫か? ガハルト殿?」
改めてガハルトの様子を見たハンス。
「うぅ……む。心配おかけした……なぁに、すぐに治して見せるさ……」
「アホ言ってないで、大人しく寝ておれ、ガハルト」
とカンイチがぴしゃり。
「なぁに、治ったら、リハビリは俺がとことん付き合うぞ。ガハルト殿」
とハンス。
「それで、カンイチ、ガハルト殿の相手した蜥蜴についてだが……」
と、リストが切り出すも
「……落ち着いたらの」
ぶっきら棒に答えるカンイチ。
こんな時にと。
「まぁ、許せカンイチ、リストもそういった、変わった魔物の案件、上位種やら、変異種は調べて上に上げる仕事があるんだ。今回の件も事の次第によっては生息地に監視の目を置くことになるかもしれない。ドラゴンまでは行かなくても、それに準じた”化け物”だったら、南の原の閉鎖も考えないとな。死者が出る前にな」
「なるほどな。すまなんだ。リストさん」
「いや、しかし、そんな相手がな。今までは目撃報告も上がってこなかったが……幸いに死者もな」
「戦闘狂じゃし。仕方なかろう。で。この様じゃ。のぅ?」
「悔い……はない……ぞ。カン……イチ…」
「だろうの。お前さんはそういう漢だ」
……




