アカリノの町の貴族街
……
「チッ――! この町を去ろうという、最後の最後で余計なことをしてくれやがって! レンガーのクソ野郎め」
いざこざの元凶。レンガーギルド長に怒りをぶちまけるガハルト。
そんなガハルトに落ち着くようにと声を掛ける。
「酒飲めば忘れよう? あのような小物。カウンターの陰から覗いていたごつい奴じゃろ?」
「お?! 流石だな。カンイチ。良く気づいたな。そうそう。ガタイは良いが、脳みそと人望が足りん。アホだ」
「ほ! うまいこと言うのぉ。くくく。おう、そうじゃイザーク君。調子はどうじゃ?」
先ほどまで真っ青だったイザーク君。顔の血色もだいぶ良くなってきたようだ。
「ええ、だいぶ楽に。お世話おかけしました」
「じゃ、次は、アミアンのとこだ。こっちだ。こっち」
『ふむ。小腹が減ったな。お爺、串焼きを買ってくれ』
「おう。道すがらの」
……
フジの指し示す屋台や店で串焼きを購入。イザークも朝食がまだだったので、少しだが摘まむ。
「アミアンの店はこの先だ」
ガハルトが立ち止まる。
「ここは”貴族街”……かのぉ」
どこぞで見た風景。町の中にさらに検問。カンイチにとって因縁の貴族街だ。
「うん? そうだが。どうした、カンイチ? なんかあったのか?」
「いやな。フィヤマでのぉ。貴族街の門衛と揉めての。ろくに確認しないでわしのギルド証を蹴りおった」
「うん? 斬ったか?」
「え!? 斬る?」
「そりゃぁ、ギルド証、名を足蹴にされたと同義だぞ? イザークよ」
「うむ。一戦交える前に、通りかかったお貴族様が納めた。ま、やじ馬に駆け付けて来た友人の助力が大きいがのぉ」
「野次馬ですか……」
「それでか。ま、ここは大丈夫だろ」
「あ……俺、入れませんよ?」
「なに、俺達チームで行くんだ大丈夫だ。いくぞ!」
……
「おう! ガハルト久しぶりだな! こっちに来るってことは、良い稼ぎがあったか?」
「おう! ヴァイル! まぁまぁだな。アミアンの所に行くんだが……イザークっていうんだが、まだ”鉄”なんだ。俺のチームってことでいいか?」
「ほう? お前さんがチームとはねぇ。恐れ入ったわ。ああ。構わん。ギルド証は控えさせてもらうぞ」
「で、そっちの若いのは?」
「自前で入れる。チームのカンイチだ」
「カンイチです。よろしく」
ギルド証を提示する。
「おお? 凄いな。その年で”銀”とは」
「なるほど、ガハルトがチームを組むのも納得だ。育てるのか?」
「まさか。カンイチがウチのリーダだぞ」
「「はぁ?」」
「話がややこしくなるから……。ええ、ガハルトに色々と教えてもらってるんです」
「だろうな……」
「良し、通っていいぞ。狼は放つなよ」
「はい」
……
「すんなり通れたの。流石、ガハルトさんの人徳という事か」
「素直な感想として受けておこう……」
貴族街。貴族街と言ってもお貴族様自体は少ない。その住人の多くはお貴族様のように特別な区画に住み、優越感を味わいたい貴族モドキの小金持ちがほとんどだ。
それに肉屋や、服屋。給仕が”貴族”な訳がない。この区画に住まう者のほとんどが商人や平民だ。
「なんだ。特に変わったものはないの」
「そりゃ、下と大して変わらんさ。ちょっとは質の良いものが集まる程度だ」
「へぇ。そうなんだ……う? うぁ高い」
店先に並ぶ商品の値札を見て声を上げるイザーク。
「だろ、そのちょっとした差に大金をはたく。貴族とは良くわからん生物さ」
「それを、己で稼いだ金でやればいいがのぉ。民の税金で、その民の生活に必要な物を削ってやってる。まったくもってどうしようもない連中じゃな!」
「まぁな。ダニみたいなもんだ」
「しっ! ……不敬罪で捕まっちまいますよ?」
「そいつは困るの」
「ま、そういった連中が、競売でずんどこ高値を付けてくださるのさ」
「そうな。ありがたや。ありがたや」
ブツブツと手を合わせるカンイチ。
「……全然思ってないでしょ、カンイチさん」
的確なイザーク君のツッコミが飛ぶ。
『う~~む。貴族街とやら。特別な町と聞いて期待はしたが余り旨そうな匂いはせぬの』
「ええ。フジ様、ここらの料理は妙に脂臭くて美味くないですよ。肉なんかも赤身やら脂身やら分からないくらいで」
『であろうな……それと街中に妙な臭いが充満している。悪臭といってもいい。鼻がムズムズしよる』
くすし! くしゃみをするフジ。
「香水の類でしょうか? ここらの連中は男女問わずに使っていますから。様々な臭いが混ざると恐ろしい悪臭に」
『なるほどな。これだけ臭けりゃ、野生の魔物も近寄らんだろう』
「ふむ。森に入る時に使うか。なぁ、ガハルト」
「……先に俺の鼻が死んじまうわ」
『うむ。まったく食欲が湧かぬな。戻ろうか?』
「そうしたいところじゃが、未だ用事が残ってるで……もう少し付き合ってくれんかフジよ」
『む……美味い飯屋があればと思ったが。期待外れだな』
「すまんの。ワシもビックリじゃわい」
「フジ様、なるべく早く話付けますから。おっと、ここだ。ここ」
……




