降臨
”くぅ~ん” ”くぅ~ん”
”ぺろぺろぺろ……”
頬に暖かさを感じ、ゆっくり目を開ける二。
犬たちが、二を心配し、頬を舐めていたようだ。
二つ並んだ大きなハスキー犬の顔に笑みを向け、ゆっくりとその頭を撫でる。わさわさした、何とも撫で心地の良い頭だ。
「おおぉ? クマ? ハナ? 生きてたか? 怪我も無いようじゃな…… ? ……」
ぐるり見渡すが村ではない。誰もいない……
「うん? ……ところで何でワシは生きておるのじゃ? 確か、肺腑は破れ吐血もしたのじゃが? 呼吸も――。うむ、普通じゃな。全く苦しくないのぉ」
己の胸辺りをまさぐり、肋骨の無事を確認。痛みも無い。内出血さえも。が、着ていた農機具メーカーから貰った作業用のツナギはボロボロだ。
再び、ぐるりと回りを見渡す。その傍らには例の化け物熊。ピクリとも動かない。完全に死んでいるようだ。
今、二のいる部屋は窓さえない、白一色の部屋。が、かなり広い。大きなホテルの大広間の宴会場くらいあるだろう。
本当に何もない。
壁には絵画はおろか壁掛け時計すら。
椅子等の調度品も一切ない。
只、只、だだっ広い白い部屋だ。照明器具も無いのだが、不思議と不自由のない程、明るい。部屋の天井、壁、床全体が発光していると思われた。
「はぁて? ここは一体どこじゃか? もしや噂に聞く ”天国” と言うところ――かの? ワシはそんなとこ行ける御身分じゃないがのぉ。戦争とはいえ多くの命をこの手で……のぉ」
と犬の頭を撫でる。
”く~ん” ”く~ん”
慰めるように鳴く犬達。
「うん? 腹減ったか? よう働いておったしの。そうだ。仕留めた特権じゃ。熊食うか? 熊?」
熊の胸に深々と刺さった銃剣を引き抜く。結んでた針金を外して、山刀を散弾銃から取り外す。
熊の腕の肘に数度、山刀で切りつける。
すでに死んでいるからか、生前の堅牢さは無く、数回で切り落とすことができた。
「ほれ。喰え。ワシか? ワシは大丈夫じゃ。全然腹も減っておらん。ほれ」
ぽんとクマ、ハナの目の前に切断した熊の腕を放る。
”ぅわん””ぅおん”
……! ”ガフガフガフ…”
貪り食う犬達。
「ほっほ。美味そうに食うもんじゃなぁ。そんなに腹減っとったのかぁの」
己の子供の食事風景を眺めるように。暖かい眼差しで犬を見守る二。そう、子犬の頃より大切に育てて来た子供らだ。
「さて……と。入口らしき場所はあすこの一ヶ所……どうしたものかの」
己の体のあちこちを触り、所持品やら、異常がないかを調べる。
着衣のツナギはズタボロ。銃身が歪んだ弾がない散弾銃。猟友会のジャケットと、財布は無く、何故か農薬メーカーの帽子と手ぬぐいは新品のように綺麗だ。
「うぅむ。武器は山刀、一丁かのぉ。ま、無いよかマシじゃな。財布? どこさいったんじゃろか」
目の前にある恐らくは出入り口……。此処に居ても仕方がない、いや、この場で待った方がいいか? と思案していると、
”きしゅーーーー”
その目の前の出入り口が異音を発しながら開き、二人の真っ白な服を着た男? 金髪色白な痩せと小太りの青年が現れた。
『……なにかやったか? *** !』
『……いっしょにいたろうに! !』
入ってきた二人、そして二。暫し、見つめ合う。
「ほっほ? 外人さん? かのぉ? 困ったのぉ………。は、ハロー。ハロー。ワシ……まい、まい、ね~む……いず? 通じるじゃろか?」
不慣れな英語、引きつる笑顔で話しかけ手を振る二。彼の精一杯の挨拶だ。
その二を信じられないモノを見るような眼で立ち尽くす二人の青年……。いや、2柱の神。なぜ、ここにこれが居るのかと
『……【地球人】じゃん。あれ』
『……うむ。……そう見えるな。***よ』
「はろーー? はろぉーー? ぅうん? 今、地球人と聞こえましたが? 言葉を御分かりで? ワシは二と申します」
恭しく頭を下げる二爺さん。
『……俺は***だ』
名前と思われるところ。数十人の人が一斉に喋ったような。モンゴルのホーミーのようにも聞こえる。二の耳では全く聞き取ることが出来なかった。
「はて? うまく聞き取れないようで……もう一回お教え願えませんかのぉ」
『無駄だ。地球人の耳じゃぁ聞き取るのは無理だ。聞き取れたとしても発声は出来まい。我等の”名”自体に大いなる力がある』
ここ、真っ白な部屋。頭に浸み込むような不思議な声、そして純白、シミ一つない白い服……。
二の頭に浮かぶ文字……
「も! もしや、あなた方……いえ! あなた様かたは”神様”でいらっしゃいますか?」
恐る恐る、尋ねる
『まぁ、近しい存在だ。我々は数多の星々の管理を…… 「へへぇーーーーぇ! ”神”様ぁ! やはりここは天国でしょうか! へへぇーーー!」 ……行って……いる……。どうすりゃいいんだ*****さん?』
***の言葉を遮り、土下座し、何度も頭を下げ平伏する二。
『……して、カンイチとやら。ここにはどのように参ったのだ?』
平伏する二に*****が優しく語り掛ける。その声は心の奥底に響くような美しい声であった。
「へ、へぇ神様。そ、それが……とんと……わかりません? 目を覚ましたらここに……。この熊さに、とどめを刺して……その時に一緒に古井戸に……。! そ、そうだ! 井戸に落ちたのに? ワシ、生きてる……いや? ここに居るということは……死んだのか? ……ワシ? ? ?」
大混乱だ。記憶を伝っても、落ちたところでプッツリ。目を覚ました場所が白い部屋……何が何やら……しかも、眼前には”神”を名乗る若者が。
『***よ。確認せずに回収した……な』
『い、いや、確かに、熊は死んでたし。もちろん、周りの生物も居ないことを確認した! いくら高位生命体の一種、【地球人】でも、許可なき天界までのゲートの移動には ”魂” ”肉体” ”精神” 共に耐えられまいよ!』
『そうだな……が、しかし、現に、彼はここにいる』
『だが……。そうね。ま、確かに、生きてるわな。これ。う~~ん。困ったなぁ』
――困ったと言われても、こっちも困るのだが……。
グッと言葉を飲み込む二。何せ相手は神様だ!
「そういえば、ワシも死にかけておったが……いえ、もう死んでおったのかもしれんのぉ。……今はすこぶる調子がええ位じゃが」
いくら溌剌元気印の二爺さんと言え、身体のあちこちの関節にガタが来ている。長年の生命活動で軟骨が大分摩耗したらしい。補修が追い付かないくらいに。そいつが一切感じない。ピョンピョンとその場で跳ねても痛みも全く無い。
『なるほど……仮死状態だったのだろう。そして、天界への昇華。ついでに身体も癒えたか。なんと運のいい【地球人】だ。言葉で言うのは簡単だが……天文学的確率だぞ。生身でここに至るとは』
腕を組み、感心顔の*****。
『その割に、犬もいるぞ? おっと、そんな事より……どうしよう? 俺の星に落すか?』
『それは無かろうよ。ここはちゃんと 《本当に……学習しませんね。***》 ……」
『げ……*********さ……ま?」
現れた*********。
***には一瞥もせず、優しく二に語り掛ける。
《よく来たね。カンイチ……だったか。今後について話をしたいのだが?》
その声も先に現れた二人より、更に深く、魂に直接語り掛けられているような錯覚すら覚える。もはや荘厳、そして神聖。言葉では表現のできない……。まさに”神”の降臨のようだった。
二も自然と膝を突いていた。大粒の涙がボロボロと溢れてくる。体中の罪、科が流れでてるかのように……。
《顔を上げると良い。カンイチよ。普通に》
「は、はい。か、かみ、”神”様……わ、ワシ……私は帰れるのでしょうか? あの村に?」
《その辺りも含めてな……話し合おう》
”ジロリ”
二の真摯な訴えを聞き、***を睨みつける*********。
『ひ、ひぃ!』
……




