アカリノのギルド
その後のアカリノのギルドの様子。
「この腰抜けどもめぇ!」
カウンターの奥で顛末を見ていたギルド長、レンガーその人だ。
今回のちょっかいの元凶。バッサクにご丁寧に”嫌がらせ”の指名依頼を出した張本人だ。子飼いのハグロのチームを潰された腹いせに。
「おいおい。いまごろ出て来たぞ。うちの大将は」
「ああ」
「しっ! 聞こえるぞ」
誰一人帰る事無く事の次第を見守る。職員もまた手を止める。
「おい! バッサク! 何だあのザマはぁ! 小僧一匹に!」
「は? よく言う! ガハルトが付いてるなんて一言も言ってねぇじゃねぇか! それこそ、規約違反だろうが! クソオヤジ!」
「5人もいれば何とかなるだろうが!」
「は? ガハルトだぞ? ガハルト! ”金”以上……。ああ、ここのギルド長がアンタじゃなけりゃ、とっくに”ミスリル”だろうがな!」
「ふん! たかが獣人だろうがぁ!」
「ふん。そのたかが獣人にいいようにやられっぱなしのアンタがよく言うわ。まぁいいさ。チッ――! こうなっちまったら、俺のチームも解散だな。ほんと、ザマねぇや!」
いい大人がする喧嘩ではない。しかも、内容が気に食わない生意気な新人に対する嫌がらせだ。ご丁寧に、ギルドの責任者様のご依頼でだ。
見物していた連中もすでに呆れ顔だ。
クスクスと失笑するものも。
「金は払わんぞ!」
「は! 相変わらずセコイオヤジだな! 好きにしな! もう二度とアンタと会うこともねぇだろうさ! じゃぁな!」
ここに居ても恥の上塗り。急ぎ足でギルドを去るバッサク。
レンガーは気づかないようだが、ギルド長のギルド員に対する”嫌がらせ”の指名依頼の依頼書、覚書を握りしめて
……
「ふん! 何を見ている! 貴様らぁ!」
怒鳴り散らし、カウンターの奥に消えるレンガー。
「ひゅぅ! こわい、こわい」
「八つ当たりばかりだな。あのハゲは」
「しかし、バサックの奴も割に合わねぇな……」
「ま、ギルド長の子飼いのチームだ。今まで好き勝手やってたんだ。良いだろうさ。で、どうする?」
「ん? どうするとは?」
この問題はこれで仕舞だろうと聞き返す。
が、聞かれた方は真剣な表情だ。
「ほら、今、”氾濫”がどうのと噂になってるだろ?」
「あ、ああ、俺も聞いてる!」
「う、噂だろ?」
「ゴブリンだったか?」
「その辺りはどうなんだ?」
「! そうだったな。この町の最大戦力と言ってもいいガハルトさんが抜けるんだ……」
冒険者たちの間で動揺が広がる。
この町の武力の要と言っても良い虎人のガハルトが戦線離脱だ。”ミスリル”クラスと噂されるその腕っぷし、そうそう補填できるものじゃぁない。
「集落はある。”氾濫”まで行くかわからねえが、領兵との共同で大きな討伐隊は出るだろうさ」
「やべぇな。落ち着くまで離れるか……」
「ああ……」
「だな」
「そうだな……騒ぎになると強制依頼発動するかもわからん」
「ああ、あの能無しレンガーだしな」
「領主だって手駒は欲しいわな」
「しかし、新人いびりの依頼なんか出すか? 普通?」
「ガハルトさんと仲悪いから、当てつけだろうさ」
「古い人だからなぁ。昔の事しか頭に入っていねぇんだろ?」
「それと、ほれ。ハグロに期待してたようだしなぁ」
「ああ……。どうにも再起不能だろ? ありゃ」
「その辺りの事も、皆に教えてやろうぜ。判断材料になるだろ?」
「おお!」
「だな!」
「あ、ヴェルー兄弟には内緒な?」
「ああ、奴らは、レンガーの犬だからな」
その日のうちに、稼ぎ頭、守護神的立場のガハルトの移籍話が町中に広がる。冒険者同士のネットワーク。聞きつけた話し好きな者達によって。
併せて、まことしやかにゴブリンの情報も。翌日から町を出る冒険者が増えたのは言うまでもない。また、彼らの語るうわさ話に尾ひれがつき、すでに町が消えたとか。アカリノの街に来る、冒険者、商人も数を減らしていくことになる。 <つづく>
それから暫し……
ここは、サヴァ国、王都の冒険者ギルド。ここには王都サンセルタの冒険者ギルドと、ザヴァ国本部が併設されている。よって、サンセルタのギルドマスターと、サヴァ国全支部のギルドマスターを総括するグランドマスターの二人の長がいる。
「おい! 何だぁこりゃぁ! レッドよぉ! レミュウ!」
書類を握りしめ、大声を上げる、歳の頃は40後半。筋骨隆々、スキンヘッドの大男。
「……知らん。グランドマスターのお主の仕事だろうが! ゼネッカよ! が、未だこんなことしておる奴がいるのかよ」
と、呆れ顔で書類に目を通すのはゼネッカよりも少々年上。同じ、筋骨隆々のスキンヘッド。レッド・サンセルタ・ギルドマスター
「どれ、見せてくださいます? レッド・ギルド長。なになに……」
こちらはレミュウと言われた文官。二人とは対象的に痩せのヒョロだ
その書類。アカリノの役所からのもので、アカリノのギルド長である、レンガーを告発したものだ。内容は、ギルドの私物化、ギルド員を貶める依頼、その依頼料金を踏み倒す等々……。
チームも解散に追い込まれたとして、その損害賠償も請求してきている。ご丁寧に町の裁判所への訴え、依頼の受け証等の証拠も添付してある。
レンガーやギルドに直接訴えるのではなく、町、領経由で。これは握り潰されるのを防ぐというのもあるが、保障金云々より、レンガーの失脚を狙ったものだ。もちろんバサックの仕業だ。
「なるほど。しかも依頼料も踏み倒す? レンガー……ああ、あの脳筋。気風が良く豪放だったと記憶していますが」
「ふん。歳をとった……って事だろうさ。否応なく固執するようになる。はぁ、やだやだ」
「で、ゼネッカ様、どうしましょうか?」
「どうするも何もなぁ。これだけの証拠。町にも報告されてる。何らかの処分が要るだろうなぁ」
「ふん。いつもの如く、ギルド内のいざこざ……でいいではないのか?」
と、嫌見たらしくレッドギルド長。この方、フィヤマのリスト同様そういった不正に厳しい珍しいギルド長だ。
「皮肉を言うな! レッドよ。その辺りの改革もなかなか進まぬのも事実。古い悪しき風習だな!」
「うん? ガハルト? ああ、虎人族の……。ギルド長の推薦があればすぐにでもミスリルと言われている。良く移動しませんねぇ?」
とレミュウ。移動して他所の支部で申請すればと
「うん? 相手はガハルト殿か? ああ、彼は”金”で満足してるからなぁ。ま、申請したところで、支部のギルド長、本部の連中が認めんよ。獣人族だ。俺も功績を見て何回か申請はしたがな」
と、忌々しく吐き捨てるゼネッカ。彼も、まともな方だ。
「しかし……。面倒な。いっそのこと、斬っちまってくれた方が良かったかもしれんな」
「おいおい。お前さんの尻拭いをさせる訳にはいくまいよ。ゼネッカ・グランドマスター様よぉ」
「ふん!」
「まぁまぁ。喧嘩してても仕方ありますまい。一応、内偵出しますね」
「ああ。頼む」
……
その後…
数カ月の内偵により、多くの不正、レンガー本人というよりも、ギルドの不正が確認される。
本格的に調査が入り、特に大きいのがギルドの資金の使い込み。これは、総務の幹部連中がレンガーをいいように利用し、横領を重ねていたようだ。
レンガーも内容を理解せずに適当にサインをしていた結果だ。物品の架空購入等があげられる。
受注業務の方でも受注金額と、発注金額の差異を搾取する手段での着服、買取品の横流し等も多く見られた。
皮肉な事に結果的にはレンガーの命を助けることになるのだが、取り巻き等が好き放題やっていて彼の懐にはほとんど入っていなかったという。
犯罪を主導したもの、加担したものは量刑の多さで極刑を含む罪に落とされる。
レンガーについてはこれまでの功績等でこの件での死罪は見送られた。だが、ギルド長としての品位、管理能力を問われ、失脚することとなる。
そもそもは職員同様、極刑が相応しいのだが、ギルド長が死罪ともなったらギルドの汚点に。任命責任等も問われる。
その為、ギルド長としての功績はないが、古い、現役時代の功績等を無理に並べ回避させた。そして損失の補填として退職金と財産の半分が没収されることになる。
それに納得のできないゼネッカ・サヴァ国グランマスターは告訴し、極刑としたかったが、ギルド本部の意向が大きく働き、国とギルド本部との間で話が着いてしまった。ゼネッカの最後っ屁で、レンガーの追放が決まる。ギルドへの再加盟は叶わないという事だ。
威張り散らすだけの無能なギルド長。最後は無能故、子飼いの部下と、掌握していたと思っていた職員に利用されギルド長の座を追われることとなる。 <おわり>




