従魔登録
……
「おはよう! カンイチ! ……ちと、早かったか?」
ガチャガチャと金属鎧を鳴らしながら、ガハルトが起こしに来た。尻尾は見えないが、犬ならば、ブンブン振られていることだろう。
カンイチもまた、若返ったとはいえ、生活のリズムはそう変わらない。日の出前には目覚めてしまう。
「いや、大丈夫じゃ。もう……か。日が出ていないが」
「うむ。朝市で朝飯と食料を少し仕入れようとな。その足でイザーク拾って出発だ」
「了解じゃ。一服してから出ようかのぉ」
食料品を購入しつつ、南門方面に。
ガハルトは隠そうともせずにマジックバッグに入れていく。”護れる”という自信の表れだろう。それに、日常茶飯事なのだろう。周知の事実。だれも驚いた様子がない。
「うん? 経費……金、半分出そうか」
「構わん。奢ってやるさ。新人だろ。懐だって寂しいだろう。! うん? そういや、潤沢だな……カンイチ」
魔猪を狩ってるのだ。新人とはいえかなりの金持ちだ
その事実に気づき思わず、くくくと笑みが漏れるガハルト。
「うむ」
「ま、いいさ。俺の我がままだしな。二言はない!」
「ふふふ。じゃぁ、よばれるわ」
その後も買い物を続ける二人。
「……おい。カンイチ。そんなに菜っ葉を買ってどうするんだ? 俺は食わんぞ。そんなの」
「少しは食った方が良いぞ。腹の調子が良くなる」
「本当か?」
「うむ。仕舞ってくれ」
「わかった……。菜っ葉がなぁ」
……
「おはようございます……」
「なんじゃ……その荷物は」
「……おい。仕方ねぇな。一回、家に戻って整理するか……」
両手に大きなバッグを下げ、背中にテーブルまで背負ってイザーク君登場。引っ越しか! というほどの体裁だ。
「すいません……。服やら、寝袋。これ、要らんといったのですが……チーム解散したので、均等に。お金もそうないし」
そういって背に背負ったちゃぶ台に目を向けるイザーク。
「うん? 本当に解散したのか? お前ら」
「ええ。最近、調子に乗っていたんです。少しは稼げるようになったから……」
「まぁ、ハグロの奴もそうだったからなぁ。そういう奴はいずれ失敗する。上には上がいるからな。いい勉強になっただろうよ」
「はい……」
一回、ガハルトの家に戻り、イザークの荷物の整理。カンイチの収納に入れていくことにした。テーブルは要らん、売るという事なのでお茶の時に使うとカンイチが譲り受けた。彼らの思い出も詰まっているだろうちゃぶ台。売るには忍びない。それに、アールカエフと茶を飲むのに丁度よかろうと。
……
再び、南門に。そこでこんどはカンイチに問題が
「う~~ん。従魔標がな……」
シロ――ガルムは公式には未だにハグロの”従魔”になっている。門衛としては看過することはできない。
「何とかならんか? ベル、サイクス。ここで書き換え、再発行とか?」
と、早く狩に行きたいガハルトが馴染みの門衛に詰めるも、
「どうにもならんて。何処の町でも一緒だぞ。ガハルト。ここら辺の話は役所かギルドだなぁ。しっかし、ハグロの奴……ぷぷぷ」
「くくく。街中にいるうちに変更した方が良いぞ。出ちまったら、入れんかもしれん。それに、ちゃんと話付けとけよ。従魔の奪取になっちまうぞ」
「う、うぅむ」
「仕方なかろう、ガハルトさん」
「ちっ、面倒な……。今の時間ならレンガーのクソ野郎(ギルド長)もいないか。面倒だが、ギルド行くぞ」
再び町なかに。冒険者ギルドを目指して。
……
「こ、困りますよぉ」
「は、はい、い、いくらガハルト様でも……」
またもや受付嬢に背を押され、管理職の連中がカンイチとガハルトの面前に押し出される。
「なにも困る事はあるまい。昨日の件は知ってるだろうよ! それに、ちゃんとハグロの野郎に代価は払ってるんだ」
「し、しかし……」
”譲渡”やら、”売渡”は本来であれば双方のサイン、契約書が必要だ。
「なら、新規の登録でお願いする。この狼はガルムじゃない。シロじゃ。ワシの従魔じゃ」
{はぁ?}
そんなこと言っても、首輪の従魔標にガルムとある。
もちろん、カンイチにだってわかっている。屁理屈と。
「シロに鑑定を使ってもらっても構わん。今はわしの従魔じゃ。ハグロさんから文句も上がってなかろうよ?」
「は、はい……その点は……」
「なら、いいだろうが!」
歯を剥く、ガハルト。本来なら今頃は山へと向かっているところを。そんな想いが恐ろしい表情に変える。只でさえおっかないのだ。それがさらに。
処理していなかった先輩ガハルトの怠慢なのだが。ケインに『面倒見ろよ』と念を押されていたのに。
が、そんな事はもう忘れている。それにこの処理が終わらねば、時間だけが過ぎていく。無駄にだ。
段々と怒りで目が大きく見開き、顔も赤く変わっていく。
ガハルトの怒りの表情に対し、逆に職員たちの顔はずんずんと青く染まっていく。
睨み合うこと暫し……
「お、おい。面倒だし”鑑定”でそうだったら通しちまおう」
「そ、そうするか。ガ、ガハルトさんだしな。おい! 鑑定士呼んでくれ」
コソコソと話し出す職員。カンイチの言葉にとりあえずの打開策を見出したようだ。
――良いのか? それで? まぁ、正式な手続きが行われるのなら、ワシに文句はないがの。しかし、ほとほととんでもない組織じゃわい
益々呆れるカンイチであった。
「お、お待たせしました。これが、あ、新しい、従魔標と書類です」
確かに、シロ、カンイチの名で新たな書類が。これでフィヤマでも問題なかろう。問題解決だ。
「うむ。無理を言ってすまんの」
と代価を支払い、にこやかに礼を言うカンイチ。
腹の中ではこの組織への不信は振り切っているのだが。
「い、いえ……」
「ふん、当然の仕事をしたまでだろう。行くぞ! カンイチ!」
「うむ。では、これは返しておくの」
カウンターにはガルム、主、ハグロの標章が。ハグロにとってはあまりにも大きな代償だった。
 




