ハグロ
……
「ふん。ガキども話はついたのか? ならどいてろ。そのガキどもがいくら出すと言ったか知れんが、その狼、俺が、金貨10枚ずつ出そう。その狼を俺に売れ。ガキの魔獣使いには勿体ねぇ」
今度は年の頃、20代中。ミイラのように腕やら足に包帯を巻いたような、おかしな風体の男がカンイチの征く道を塞ぐように前に出て来た。
彼も魔獣使いなのだろうか。一頭の白い毛の狼を連れている。
「あ……。ハ、ハグロさん?」
「チッ――! お前たちが絡むからだ。くそ。もうチームは解散で良いな。お前らには付き合いきれん!」
「な?! どうしてそうなるんだよ! イザーク!」
「お前達にはもう、うんざりだ。他人に絡むなと何度も言っただろうが! こんな事で騒ぎに……」
「お、おい! 待てって!」
「お、おい!」
「ふん、騒がしいな。ガキどもは。で、どうだぁ? ああぁん? 素直に言う事、聞いておいた方が良いぜ? 怪我したくなきゃな」
――ほう。脅しかのぉ。
とりあえず、無視するカンイチ
「ハグロさん、引いてください。俺たちが……」
イザークと呼ばれた青年が、中に入りハグロに訴えるも
「はん? 関係ねぇよ。最初から目ぇ付けてたんだ。入って来た時からなぁ。ああん! 引っ込んでろ。ガキ。で、返答は?」
ハグロの顔をチラリ一瞥。
「まったくもって理解に苦しむのぉ……。何故に貴様に譲らねばいかんのだ? 譲る気はこれっぽちも無いわ。それに、犬だ。いいからワシらのことは放っておいて欲しいの。……邪魔だ」
”ひゅ~~!”
周りの見物人から冷やかしの口笛が。
「ほう? 言うねぇ! ルーキーが! こんなガキにコケにされちゃぁなぁ!」
カンイチの肩を掴もうと伸ばされた手をサッと躱す。
「うん?」
再び伸ばされた手をまた躱す。
「くくく。ハグロの奴、まったく相手にされてねぇ」
「あれも”銅”に上がって息巻いてるからなぁ」
「だが、立派な狼だな。魔獣の域に達してるんじゃないか、あれ?」
「ああ。魔獣使いとしてみりゃ、あの狼、箔がつくな」
「どうすんだ? あの小僧」
「ザマァ、ねえな。ハグロの奴」
ガキの小競り合いが、魔獣使い同士の戦いに発展しようとしている。これ以上のツマミはない。ギルドにいた冒険者、依頼しに来たの町民もカンイチ達を囲み、観戦に。
「お、おい! ガキ! 返事はどうなんだぁ! ええ? おい!」
手を躱されて、周りの声も耳に入る。耳まで真っ赤にした冒険者が唾を飛ばしながら叫ぶ!
「唾を飛ばすな。貴様に譲る気はない。そう言ったじゃろが。耳が聞こえぬのか? それとも、言葉が理解ができないのか。その頭は?」
淡々とこたえるカンイチ。
「そんな事聞いてんじゃねぇ! その、狼を寄こせって言ってるんだ! 理解できたか、ガキ!」
――なんだ、こ奴は。まるっきり強盗ではないか。ここでは日常茶飯事なのかの? 周りの連中も止める気は無しか
ぐるりと、囲んでる人々の顔を見る。どの顔もこの後、どのようになるのか観劇でも見ているような表情だ。ふぅ、とため息ひとつ吐く。
「断るといった。貴様の方こそ、いい加減理解せよ。誰か衛兵を呼んでもらえぬか? ギルドの中に盗賊が居ると。ギルドの職員さん?」
冒険者連中はニタニタ笑ってばかり。職員に関しては急にカウンターの奥に。我関せずを決め込むようだ。
「うん? ……どうなってるんじゃ? ここは。皆、盗賊のグルかの?」
「は! どうした。今になってビビったか! 今なら命は助けてやるぞ?」
さらに、ぐるりとギルド内を見まわすカンイチ。買取カウンターの所にいた一人の男に声をかける。
全身に金属鎧を装備した、2mはあろう、大男だ。
「貴方様が、ここのトップかの? この仕舞、どうすればいいんじゃ? うん?」
よく見ると、耳が頭の上に。横ではなく。
「……知らん。俺には興味がない。アレを追い払えという依頼であれば、小金貨一枚で受けるが?」
「お、おいおい! ガ、ガハルトさん、アンタにゃ関係ないだろ! ひ、引っ込んでろよ!」
上ずった声で抗議の声を上げるハグロ。カンイチの予想通り、このガハルトという男かなりの実力者のようだ。
「ふん。ハグロ。貴様こそどう始末をつける気だ? 最近調子に乗り過ぎだぞ……」
――ふぅむ。人じゃないのかの? 太い腕だが、柔らかそうないい筋肉じゃな。猫のような……うん? 神様が言ってた獣人というやつか? なるほどのぉ
カンイチの興味の全てはもはや、ガハルトに向けられている。ハグロなど、道端の石のような物だ。
「ガハルトさんじゃったか。一つ、聞いていいかの?」
「うん? なんだ? 本当に依頼か?」
つまらなそうに応じる大男。
「いや、失礼じゃったら先に謝っておくが、ガハルトさんは獣人族というものかの?」
ギロリとカンイチを睨むガハルト。が、一切怯まぬカンイチ。
「で、あればなんだという? そうだ。俺は虎人族だが」
「いや、すまん。初めて出会ったでの、なるほど、”虎”か! 得心がいったわい。しかし、しなやかで見事な筋肉じゃな。惚れ惚れするわい」
「は?」
呆ける大男。と、肝心なことを思い出すカンイチ。
「あ、もう一つ。依頼はいいが……。ここの始末はどうすればいいんじゃ?」
「ふっ。まぁ、良いだろう。こいつ等は、ギルド員同士のいざこざは身内の問題と都合よく勘違いしている。ギルド内だろうが、外だろうが犯罪には違わん。しかも、そのギルドの職員も我関せずだ。お前が登録した場所は余程平和だったのだろうな。
力を示せ!
そうすれば余計なちょっかいは受けぬだろうさ。今回は魔獣使い。己の手足を寄こせといってきてるのだ。よって、そいつをぶち殺しても構わん! 手足を捥いでな。どのみち、叩きのめしてから決めればいい。殺すなり、賊として門衛に引き渡すなりな。お前の好きにするといい」
「なるほどの。流石に殺すのはな。まだ武器を抜いてはおらんじゃろ?」
――これが、リストさんが言っておったことか……面倒な。さて……
「お、おい! ガ、ガハルト!」
それを聞いて叫ぶハグロ。
「ふん。黙れ。ハグロよ。貴様に我が名を呼び捨てられる謂われはないわ! グルルルルぅ……。それとも何か? 名誉をかけて、この俺と一戦やるのか? 貴様!」
「ひ! ひぃ! す、すまない……ガハルトさん……」
「ふん、腰抜けめ……。お前たちの問題だ。俺は知らん。おい! さっさと査定しろ。お前たちも考え方変えた方が良いぞ」
我関せず。そして、大声をもってギルド職員に警告をするガハルト。
「は、はい」
……
「ふむ。ハグロさんだったか。ワシはカンイチという。お前さんにクマたちを譲る気は毛頭ない。ここでの用事も無くなった。……約束さえなければ、こんな組織、とっとと脱退したいわい。おっと、愚痴が出てしもうた。悪い。で、どうするんじゃ? この後、うん?」
「おいていく気がねぇなら、頂くまでだ! 勝負しろ! ガキ!」
「ふん。ワシに何の利益も無いが?」
「なら、そいつの口座の金全部、勝負に掛けさせればいいだろう」
と、大声のガハルト
「な! ガ、ガハルト! ……さん。よ、余計なことを!」
「はぁ? お前こそ何を言っている。対価も無しに勝負もあるまい? それで奪えば盗賊だな。お前だって狼使いだ。従魔の奪取の罪の重さは知っていよう? 俺が討伐してやろう。良い小遣いだな。ハグロよ」
「く、くっ――!」
「ふむ。見合うかわからんが、それなら乗ってやる。どうするのじゃ。嫌ならとっとと道を開けろ。邪魔じゃ!」
「い、良いだろう! このガキがぁ! ズタボロのゴミにしてやる! 訓練場で勝負だ!」
……




