第3話:新たな仲間
「宗太郎、部活決めた?」
仲の良いクラスメイトの後藤君が話しかけてきた。
高校に入学してまだひと月も経ってない。そろそろ部活動も決めなければならない頃だ。
この学校では部活動は強制的だ。帰宅部であっても名目上は園芸部という部に所属する事になる。
「バイトがあるから部活動は出来ないことにしてもらおうと思う」
「そういえば、お前んとこは母子家庭なんだっけ? よくやるよな」
そういう彼も父子家庭だったりする。その縁で仲良くなったようなものだ。
ちなみに家計の足しにするためにバイトをしているわけではない。
あのクモ男のせいでまたもや遅刻してしまった僕はついに小遣い四分の一を言い渡されてしまったのだ。
携帯電話の毎月の支払いは僕の小遣いから払う。
潤いある高校生活のためには週二回三時間のバイトで何とか工面するしかない。
おのれ許すまじ、悪の秘密結社ブラックデモン。
「この間の部活動紹介には無かったけど、この学校には報道写真部ってのがあるらしいぜ?」
報道写真部?
聞き慣れない言葉に聞き返す。
「何でも事件の現場に駆けつけて写真を撮っては新聞部に提供して報酬をもらうんだと。おとといのバスジャック未遂の時もたまたま居合わせて写真撮ったらしい」
おとといの未遂事件。間違いなく僕とクモ男の二度目の遭遇の事だろう。
遅刻しそうな時に限ってどうして目の前で事件を起こすのか不思議でならない。
しかし、そんな部まで存在するのか。この学校も案外妙な所だな。
「報酬ってどんな?」
「気になるのはそこかよ。新聞部の連中に聞いたけど極秘中の極秘。気になるなら部長に聞け、だと」
部長、ね。窓の外に目を遣るとカメラを片手に中庭を歩く女子生徒の姿。
ここから見えるのは黒い髪とその手に光るカメラ。
「お、あれだよあれ。報道写真部部長の天雲先輩。結構美人なんだよなあ」
その言葉を聞いて眼に力を込める。
変身していなくてもそれなりに力は使えたりする。途端にズームされるその姿。
肩まで伸ばした黒い髪。ヘアピンで前髪を留めて眼鏡を掛けている。
制服はそれほどきっちり着込んでいるわけでもなく野暮ったいその様子を差し引いても確かに美人の枠内に入るだろう。
ふと、目のあった彼女が笑い掛けてくる。一瞬、心臓が跳ね上がりそして気付く。
彼女の方から僕の姿が見えているわけがない、と。
そして振り向くとそのまま向こうの特設校舎の中へと消えていった。
「宗太郎?」
「うん? ああ、そうだね」
後藤君の声に適当に相槌を打っていた僕の脳裏には彼女の笑顔が焼き付いて離れなかった。
翌朝、再び例のクモ男が現れた。
今日はいつもよりも早く家を出た自分に拍手を送りたい。
ビルの陰に隠れると左手を前に突き出して拳を握る。
そして胸の前に水平に引き付けるとブレスレットが現れる。そして右手を交差させながら叫ぶ。
「変身!」
カバンは屋上にでも置いとけば大丈夫だろう。
そのまま空中に飛び出し急降下、混雑する道路の真ん中で高笑いするクモ男を蹴り飛ばす。
「みぎゃっ」
尻尾を踏まれた猫のような悲鳴を上げてクモ男が真向かいの公園まで吹き飛ぶ。
「誰かと思えばまたお前か!」
起き上ったそいつは僕を指差して叫ぶ。
でも、その言葉は僕の方こそ言いたい。
「それはこっちの台詞。毎回毎回朝っぱらから元気よく。たまには昼間に出ようとは思わないのか?」
昼間ならまだ会ったことのない僕の仲間が解決してくれるだろうに。
こいつの話によるとどうやら僕と同じ姿をしたヒーローが他にもいるらしい。
が、探して見つかる訳でもなく。仕方なく普通に日常生活を送っているといつもこいつが割り込んでくるのである。
「貴様は昼間に幼稚園バスが走ってると思うのか?」
思わないけど、いいかげん幼稚園バスから離れろよ。
「で、幼稚園バスを狙ってるお前が何で道路の真ん中に立ってんだよ?」
「ふっ知れた事。幼稚園バスを待っているのだよ。いつもなら五分前には通っているのだがな」
それはただ単にルートを変えられただけだと思う。
何しろこの間の二度目の遭遇の際にも懲りもせず幼稚園バスに乗り込もうとしていたのだ。
幼稚園もいいかげん学ぶだろう。アホは避けろ、と。
「今回でお前との戦いは終わりだ、クモ男!」
「ブラックスパイダー様と呼べ! でないと青男と呼ぶぞ」
青男は確かに嫌だ。かといって、名乗りを挙げたわけでもないわけだが。
「勝負だ、ブラックスパイダー! 喰らえ、ブルーショット!」
不意打ち気味の青い光線を鞭のように振り回した糸で受け止める。
糸は蒸発したが光線もまたクモ男に届く事は無い。
「ふふふ。前回までのブラックスパイダー様と一緒にするなよ」
再び産み出された糸が辺りの物を吸着して投げ始める。
ゴミ箱や空き缶、植木鉢やベンチまでもが宙を飛ぶ。
空き缶はともかく、公共物をブルーショットで破壊するわけにも行かない。
仕方なく受け止めることになってしまう。
「くっ、卑怯な」
右手だけだった攻撃に左手が加わる。
ベンチを受け止めた隙に飛んでくる空き缶が頭に当たって軽い音を立てる。
全く痛くはないが……ちょっとムカついた。
再び飛んできた空き缶を受け止めて投げ返す。
両手で糸を振り回すクモ男の頭にクリーンヒット。
軽い金属音が木霊する。
こんな物でダメージを与えられるわけではないが少しスッとした。
だが、今度は奴もまたむきになったようで投げ返してくる。
それを避けると再びクモ男の頭にストライク。
繰り返すうちに最終的にはゴミの投げ合いになっていた。
「この、いいかげんにしろよ、クモ男!」
「お前こそ邪魔をするな、青おと…ぶほっ?!」
終止符を打ったのは横合いから飛んできた大きな石。
人の頭ほどもあるそれはクモ男の頭を直撃して砕ける。
その場に昏倒した怪人のそばに彼女は颯爽と降り立った。
「ちょっと手際が悪すぎるわよ、ブルー」
真っ赤なボディスーツに身を包んだその姿は色とその体型を除けば僕と全く同じ。
その膨らんだ胸とほっそりとした腰は明らかに女性であることを示していた。
「えっ、あ……。ご、ゴメンなさい!」
初めて見る僕以外の変身ヒーロー。ついつい凝視してしまうのも仕方ないだろう。
そんな僕に掛けられた一言はこんな物だった。
「何ジロジロ見てんのよ、変態」
身体にピッタリと張り付いたボディスーツは当然ながら体型までも見事に露わにする。
女性にしてみればセクハラ以外の何物でもないだろう。
「すみません! 僕以外の人を見たのは初めてなので、その、すみません!」
必死に謝ったのが効を奏したのか、彼女の視線が幾分柔らかくなる。
この際だから色々聞いておこう。
「あの、そのクモ男なんですけど、どうすればいいんでしょうか?」
差し当たっての敵である怪人の処遇をたずねてみる。
攻撃しても良い物だったのかがずっと気になっていたのだ。
「ああこれ? 黒魔術だかなんだかで造られた合成怪人だから普通に撃てば大丈夫よ」
そう言って僕に倒れている怪人を撃つようにうながす。
良いのだろうか、本当に。
でも、早く撃たないと僕の命が危ない気もするのでこの際だから引き金を引く。
青い光線を浴びた怪人は軽い爆発を起こし、辺りは煙に包まれる。
後に残ったのは傷一つなく倒れるスーツを着た中年の男性。そして、手のひらほどの大きさのクモが一匹。
「えい」
軽い掛け声と共にレッドさんがクモを踏みつぶす。
するとその足の下から黒い煙が上がって跡形もなく消えていく。
「どういうことなんですか?」
質問する僕に教えてくれた事を要約すると、黒魔術で造られた動物を普通の人間にとりつかせることでさっきまでのクモ男のような怪人にするらしい。
人間自体は触媒のような物でダメージを与えれば分離する。あとは分離した動物を倒せば終わり。人間には記憶も怪我も残らない。
何の事も無い。普通に撃てば良かったのだ。そうすれば遅刻魔の烙印を押されることも無かったのに。
「さあ、これでいいわね。じゃあ変身を解きなさい」
いきなりの言葉に呆然としているとさらに言い募る。
「ほら早く五秒以内。5、4、3、2」
急かすようにカウントダウンを始める彼女の言葉に思わず意識を緩ませる。
一瞬で変身を解くと、彼女は顎に手を遣って僕の顔からつま先まで舐めるように見る。
「ふーん。君、高校生?」
「は、はい!」
登校中だった僕の姿は当然制服姿。近隣に住んでいる人間なら近所の高校の物であることもわかるだろう。
「あの、あなたの正体も見せてほしいんですけど」
勇気を出してそう言ってみると意外にも快く応じてくれる。
「そうね。じゃあ、後ろを向いて」
「何故ですか?」
「女の子の着替えを見たいの?」
その言葉に思わず後ろに振り向く。
「す、すみません!」
背後で含み笑いが聞こえる。
「その、まだですか?」
「ええ、まだよ。女の子は身だしなみに時間がかかるの」
衣擦れの音が嫌でも耳に入ってくる。
一体、どんな女性なのだろうか? 期待が膨らむ。
「心の準備があるから十数えてから振り向いてね」
いち、にーさんし、ごーろく、ななはち、きゅう、じゅう!
勢いよく後ろに振り向くと彼女の姿は無かった。
「逃げられたっ!」
気付いた僕の耳に始業開始のチャイムが飛び込んでくる。
それは遅刻魔王に即位することが決定した瞬間だった。
「まーあれだ。元気出せよ宗太郎」
後藤君の慰めも僕の沈んだ心には届かない。
小遣い八分の一に加えて、今度遅刻したら保護者を呼ぶとまで言われたのだ。
しばらく立ち直れそうにない。
「あれ? あの人?」
後藤君の足音が遠ざかる。
誰かと話をしているようだ。
「おい、宗太郎! お前に用だってよ!」
のろのろと顔を上げた僕の眼に飛び込んできたのは先日見掛けた天雲先輩の姿。
机に突っ伏したままの僕に彼女は声を掛けてくる。
「ねえ、明日の土曜日。空いてる?」
「空いてますけど、何ですか?」
「じゃあデートしようよ!」
それを聞いたクラスの連中が盛り上がる。
デート? いやいやいや、馬鹿をお言いでないよ。生まれて16年、女の子との接点なんて一つもありゃあしませんぜ。
何か裏があるに違いない。イジメか? イジメなのか? そこらにビデオカメラでも仕掛けてあるんじゃないのか?
辺りを見回しながらいぶかしむ僕に先輩が囁きかける。
「実はね、君の秘密知っちゃったんだ」
デジカメの液晶には青いスーツの人物。ゆっくりとコマ送りすると一瞬のうちに僕の姿へと変わる。
正体がバレた。僕は全身の血の気が引くのを感じた。