第1話:変身!
何を隠そう僕は物心ついた時からブルーだった。
気分の話ではない。僕の身体の事だ。
かと言って、体色がブルーとかそういう話でもない。
宇宙全体を眺めればそんな体色の人間もいるのかもしれないが少なくとも僕はれっきとした純日本人だ。
――話を戻そう。
僕がこの体質に気付いたのは保育園の年少組にいた頃だ。
当時、テレビで放送されていた戦隊物が子供達の間で流行っていた。
「俺がレッドな! お前がブルー、お前がイエロー、ブラックに、お前はピンクな!」
ガキ大将が声を張り上げて役を割り振る。
僕はあまり自己主張をしなかったせいかいつもピンクを拝命していた。
ピンクは大抵女性が演じる役どころだ。こんなことを言うのは何だがハズレ役と言ってもいい。
最近では女性差別だということでピンクという色を司る女性が存在しなかったり、居ても全体における女性の割合が高かったりと地位も改善されているようだが、少なくとも僕が子供の頃はそんな様相を呈していた。
「変身!」
テレビのヒーローがやるように腕を振り、はたまた交差させ、手首に付けていると想定した変身ブレスレットのスイッチを押す。
それは毎回恒例のごっこ遊びの始まりの合図だった。
しかし、その日は違ったのだ。
「すげーー! お前、どこで買ったんだよそれ!」
気付いたら皆が僕の周りを取り囲んで熱っぽく叫んでいる。
正直、何を言われているのかまったくわからなかった。
「え? 何?」
とまどう僕を気にも留めずにガキ大将がさらに言い募る。
「おい、俺にも貸してくれよ」
さっぱり意味がわからない。
いったい何の話をしてるんだろうか?
そのうちに別の子供が割り入って来た。
「僕がブルーなんだぞ! お前はピンクだろ! ブルーを取るなよ!」
周りからうるさいほどに詰め寄られ、苛立った僕はその子を軽く突き飛ばした。
ほんの少し手のひらで押しただけ、ただそれだけで男の子は宙を舞い、数メートルほど向こうの地面に叩き付けられた。
何が起きたか分からない。
その子も起き上がりきょとんとした顔をしていたがやがて頭から流れ出した血にびっくりしたのか大泣きし始めた。
そして、皆が騒ぎ始めるのに弾かれるようにして僕もその場から逃げだした。
必死に走る。
気付いた時には家にいて、母が僕を抱きしめていた。
「もう大丈夫だから。安心していいのよ」
「母さん……」
抱きしめられた肩越しに鏡があった。
そこに写っていたのは青いフルフェイスのヘルメットを被り身体にぴったりと密着した青い全身タイツのような服を着た子供、つまりはそれが僕の姿だった。
「そうちゃん、そうちゃん……」
身体を揺さぶられる。
「そうちゃんってば」
母さんが僕を呼ぶ声。優しい声。
「ほら、早く起きないと遅刻するわよ」
遅刻……?
「いいかげんに起きなさーーい!」
「はいっ!?」
どこか間延びするような声で精一杯に大きな声を張り上げた母さんに思わず返事をする。
「はい……あれ?」
「やっと起きた。もう高校生なんだから少しは自分で起きなさい」
あれ? 何だろう? 夢を見てたような?
だが、そんな夢心地も傍らの目覚まし時計を見るまでだった。
7時50分。
「7時50分?! 母さん、もっと早く起こしてよ!」
「だから起こしてあげたじゃない。何、起こさない方が良かった?」
少し拗ねたような物言いをする母に頭を下げる。
「ごめんなさい。起こしてくれてありがとうございます」
「はい、よろしい」
そうこうしてるうちに7時55分。
着替え終わって洗面台に行って顔を洗う。
しつこい寝癖を直し終えて時計を見ると8時5分。
始業時刻は8時30分。もう遅刻を免れるためには他に手段がない。
左手を前に突き出し握りこぶしをつくり、胸の前で水平に構える。
すると空中から滲み出るようにして左手首に腕時計のようなブレスレットが現われ装着される。
「変身!」
そう叫びながら右手を水平に構えた左手と垂直に交差させる。
次の瞬間、鏡には青い全身タイツのようなスーツを着てこれまた青いヘルメットを被った姿が映し出される。
ふと時計に目をやるとさっきと同じ8時5分。
「じゃあ、行って来ます!」
カバンを持ち、そのまま玄関を飛び出そうとすると母さんの声が追って来る。
「こら、そうちゃん! そんな事くらいで変身しちゃダメだって言ってるでしょ!」
「ごめん、母さん! 明日からはもっと早く起きるようにするから!」
呆れた顔の母さんを玄関の向こうに置き去りにしてドアを閉める。
もちろん、外に人の姿がない事は確認済みだ。
この姿をしている時はなぜか周囲の様子が完全に把握できる。
その場で地面を蹴り、一足飛びに屋根の上に登る。
「8時10分と。空を飛んで行けばぎりぎり間に合うな」
そう呟くと僕は屋根を思い切り蹴って真っ青な大空へと飛び立つ。
僕の名前は蒼井宗太郎。
またの名を大空の戦士エアリアルブルー。
たった一人の戦隊ヒーローの戦いの相手はまだ入学して1カ月ほどしか経ってない高校の始業時間だった。
そう……今日までは。
平和な時間が打ち破られる日が刻一刻と迫っていることに僕はまったく気が付いていなかったのだった。