面倒なのは嫌だけれど、美少年なご主人様のためなら!
逃げ出したい。
枷のように嵌められた面倒事の全てから逃げたい。
複雑な家庭や日本社会から逃げ出したい。
逃げ出す場所は、単純明解な異世界がいい。
逃げたい。逃げたい。逃げたい。
息しづらいほど、複雑な人生に嫌気がさしていた。
共感すらしてもらえないほど、他人とは違う。普通じゃない。
普通が欲しかった。普通の人生でありたかった。
ううん。
自由が欲しかった。がんじがらめのような拘束をほどいて、呼吸をしたかったのだ。
もっと自由でありたかった。
清々しい気持ちになるほどの呼吸をして。
自由に生きたかった。
自由を謳歌してみたいと望んだのだ。
それが私の生前、いや前世の願いだった。
神様には会っていないが、その願いは叶えてもらえたらしく、割と単純な異世界へ転生をした。
初めは自由だった。親もなく、天涯孤独がかえって自由に思えて、伸び伸びと森暮らしを楽しんでいた。
なのに、何故だろうか。
私は今……ーーーーとある少年に仕える身となっている。
支給されたメイド服を着て、扉の前に立つ。
「おはようございます、ご主人様」
コンコン、とノックをして、返事を聞いてから、中に入った部屋にいる少年に挨拶をする。
「おはよう、ルシカ。なんでそう呼ぶの?」
にこりと柔和に微笑む美少年。歳は十三歳。
金髪がキラキラと煌めきそうな色を放ち、とてもサラサラしていそうなストレート。
金色の睫毛に縁取られた瞳は、青空のように澄んだ青。
欠点が見当たらない顔は、美しいと称するほど整っている。
……今日もご主人様は、美少年だ。麗しい。
「我が主」
小首を傾げながら、言い方を変えてみた。
「そうじゃなくて、名前で呼んで。ルシカ」
やんわりと促すご主人様。
「ベルロイド様」
「んー……まぁいいか」
ちょっと残念そうに笑うベルロイド様。それでも、よしとしたように頷く。
座っていた椅子から立ち上がると、私と向き合うように立つ。
私の方が背が高いので、ベルロイド様は自然と見上げる形になる。
「僕の背……全然伸びないな」
しょんぼりとした声を出す。これは日課みたいなものだ。
私と背を比べて、自分の成長を確かめている。
これからたった数年で、私の身長なんてすぐに超えるだろう、ってなんか言えば納得してくれるのだろうか。
「それにしても、ルシカの髪は今日も美しいね。純白……と、言うんだろうね。降り積もったばかりの雪のように気持ちがいいよ」
ベルロイド様の興味は、私の髪に移る。
生まれつきの純白の髪。前髪は作らないで、サイドに分けて顎の長さで整えていた。あとは腰まで届く長い後ろ髪を束ねて、肩から下ろしている。
その髪を手に取り、ベルロイド様は頬に当てた。
「……近いです、ベルロイド様」
「ふふ、そうだね」
にこっとだけ笑うベルロイド様。
ああーっ。今日も我が主は、美少年だ。麗しいーっ。
コンコン、とノック音が響く。
「どうぞ」
ベルロイド様はその距離のまま、ノックした相手に入室許可を出す。
私も特に離れることなく、開く扉を振り返って見る。
「おや、お邪魔でしたかな?」
顔を綻ばせたような微笑みを浮かべた白髪の執事さん。
「おはよう。どうしたんだい?」
「おはようございます、ベルロイド様。例の盗賊が、昨夜、領地内で事件を起こしました」
丁寧に腰を折って、執事さんはそう報告をした。
ベルロイド様の美しい顔が曇る。
「被害の方?」
「軽傷者が二人、重傷者が一人いますが、命に関わる怪我ではないそうです。被害総額は……」
「見舞いに行こう」
痛々しそうに歪んだ顔のまま、ベルロイド様はすぐに出掛ける準備を始める。
私はジャケットを持って、ベルロイド様が着やすいように広げた。
「それと……謝罪だ」
「ベルロイド様……警戒はしていたではないですか」
「でも領地内で事件が起きた。僕は謝罪をしなくてはいけない」
領地の治安を守るべきだった。だから、謝罪をする。
……。
「……面倒」
私は、思ったことを口にしてしまった。
至極、面倒。
なんて面倒な人生なのだろう。
領地に盗賊が入り込んで、事件を起こしたら、責任を持って謝罪をする。
面倒極まりない。
「ルシカは、本当面倒に思えることが嫌いだね」
振り返って、ベルロイド様は私の頭の上に手を伸ばして、ぽんぽんと軽くはねさせた。
「無理して来なくていいよ。お留守番していて」
謝罪の付き添いをしなくてもいいと、ベルロイド様が言う。
果たして、それでいいのだろうか。
迷っているうちに、ベルロイド様は執事さんを連れて、部屋をあとにした。
確かに私は面倒が嫌いだ。でも……。
ベルロイド様は、好きだ。
それに仕えているのだから、多少面倒でも……。
「……そうだ。力になれることがあるじゃないか」
閃いた私は、満面の笑みになる。
「盗賊を討伐してしまおう」
これぞ、単純明快!
我が主を煩わせる害虫の排除!
私なら簡単に済ませられる!
「スキル〈駆ける〉」
スキルを発動させて、私は屋敷を飛び出した。
ゲームみたいに、スキルという名の能力を発動出来る。
わかりやすくていいと気に入っていたり。
「んーやっぱり人の姿だとイマイチな速さね」
風のようにビュンビュンと駆けていたけれど、物足りない。
「スキル〈変身〉」
街外れまで来たところで、一度足を止めてスキルを発動する。
白い煙を纏うが、それもすぐに消え失せた。
代わりに人の耳は消え、頭の上に獣耳が現れる。そして、お尻の方も、地面についてしまいそうなほどの長くもふもふの尻尾がつく。
狼バージョンの半獣人って、ところだろう。
別に、これが私の正体ってわけでもない。
人間の姿の方が、ベルロイド様のそばにいやすかった。ただそれだけの理由で、人間に変身していたのだ。
聴覚もそうだが、嗅覚も強化されて、私は僅かに残る血と焦げた匂いを辿ってみた。
襲撃された形跡を発見。まだ焼けた馬車の残骸が残されていた。
馬車で移動中のところを襲ったのね。
そこから、匂いを嗅ぎわけて、私は盗賊の棲み処を探し当てた。
領地から外れた森の中に野営をしているらしい。
テントを張っていて、焚き火もあった。今はほとんどが休んでいるようだが、見張りらしき男が私に気付いた。
「おい、女のガキが来たぞ! メイド服の、半獣人か?」
半獣人のメイドって、この辺では珍しいらしい。だから、私は人間の姿をとっていたのだけれど。
見張りの男の声で目を覚ましてテントから出てきた男達は、大半が下劣な笑みを浮かべて私を、吟味するかのように見てくる。
「ご機嫌よう」
私は演技でメイド服のスカートを摘まみ上げて、軽くお辞儀をした。
「それではーーーー死んでくださいませ」
にっこりと満面の笑顔で告げる。
「我が主を煩わせる害虫の盗賊どもめ! スキル〈火炎〉!」
右の掌から出る火の玉を、テントに向かって投げる。あっという間に火柱が上がった。
「何しやがる!!」
「待てよこいつ! まさか、領主のところの従獣じゃないか!?」
「そんなことより火を消せ!」
一人が私の正体に気付き、青ざめる。
私はどんどんスキル〈火炎〉を放って、テントを一つずつ焼いた。
水を運んできて、火を消そうとする盗賊達。
「スキル〈水操作〉」
火を消そうと投げられた水を操り、宙を漂わせた。
「ばっ、バカな! なんで火属性魔法が使うのに、水まで操れるんだよ!?」
一人が驚愕する。反対属性を持つのは、あまりいないらしい。
「だから、アレは領主の従獣なんだよ!! 逃げろ!!」
私の正体に気付いている男が逃げようと走り出した。
仲間を押し退け、足をもつれさせながらも逃げようとする。無様な走り方。
「逃がさない」
私は宙に集めた水を操って、その逃亡者を捕まえた。
逃亡者は水の中。そのうち、息が出来なくなるだろう。
「火炎……って、水を操っている間は使えないか。やっぱり元の姿がいいか」
もう片方の手で、もっと燃やしてやろうと思ったけれど、出てこない。
真の姿なら、反対属性の魔法でも、同時に使える。
私は変身を解くことにした。
「スキル〈変身〉ーーーー解除」
また白い煙が私を包み込んでは消えた。
ちゃんと姿を見せてやろうと、メイド服のスカートをベリッと剥がす。
下半身は、狼の胴体となっている。
純白のもふもふの狼。そして、人間の上半身。
これが私の真の姿。
「なんだ!? あの姿!?」
「半獣人じゃねぇ!! あれはっ! まさか!!」
盗賊達が驚く中、私は笑う。
「ふっふっふっ……! ふはははっ!! そう、私は幻獣! 幻獣のルシカ!!」
生前好きだったファンタジー小説の中の悪役の如く、高らかに笑い声を上げて名乗った。
狼系ケンタウロスの姿の幻獣。これが転生した私。
「我が主の領地を汚した罪、死んで悔いるがいい! あっははは!」
くるくると水を操りながら、火炎を投げて、逃げ場を塞ぐ。
「幻獣に勝てるわけねぇ!!」
「でも逃げられねぇよ!!」
悲鳴を上げて、逃げ惑う盗賊達。愉快だ。
本当は殺すつもりはない。でも死ぬほど後悔してもらう。
私の大事なベルロイド様にあんな顔をさせたんだからーーーー。
「ルシカ?」
「ひゃい!?」
突然、後ろからベルロイド様の声が聞こえた。
ついつい、驚きで震え上がる。
そんな。まさか。幻聴よね?
そう思いながら、ギギギッとぎこちない動きで振り返る。
しかし、そこにいたのは、ちょうど馬から降りたベルロイド様だった!!
「屋敷を出ていくから、ついてきてみれば……何をやっているんだい?」
ベルロイド様は、笑っていない。
「いや、その、えっと……」
怒っている。やばい。怒っているよ。
「とりあえず、水で捕えている男を開放するんだ」
「はい……」
そっと水操作をやめる。それだけで水は重力に従い、地面に落ちて、男を開放した。
「だめだろう? こんなことをして……誰が討伐の許可をしたんだい?」
「……じ、自分の判断です……」
萎縮しつつ、質問に答える。
「ルシカ。単独行動はだめだって、何度言えばわかるんだい? 君は強い幻獣だ。でもね、もしも怪我をしては僕が悲しい」
「怪我なんて……」
「むっ」
こんな盗賊相手に怪我なんてしない。私は言おうとしたが、反論は許さないと言わんばかりにベルロイド様はむすっとしていた。
か、可愛いーっ!
怒られている最中なのに、萌えを感じてしまう。
俯いて、ちゃんと反省した姿勢を見せる。
でも、私の出来ることをやったまでだ。
「……しかし、ベルロイド様、私はこういうことしか能のない幻獣です」
「そんなことないよ。ルシカ、僕の命令もなく、動かないで」
「……面倒」
「ルシカ……」
私は、ふと嫌になった。
面倒だと感じる。
前世は全ての面倒事から逃げ出し、転生して自由を謳歌することを望んだ。
これでは、ベルロイド様に拘束され続ける。命令なしでは動けないような、そんな生き方なんて嫌だ。
ベルロイド様が好き。けれども、面倒事が嫌い。
「やっぱり、従獣なんて向いてない。やめる。だいたい、ベルが名付けなんてしなければ、私達はっ……」
私は親もいない幻獣だった。名前なんてない。
森の中で自由気ままに暮らしていたら、出逢ってしまった。
幼いベルと出逢って、名前を付けられて、それで主従関係が結ばれてしまっただけ。そういう世界なのだ。
互いにその気はなかった。主になる気はなかったし、従えられるつもりもなかったのだ。
それでも、私は……ああ、なんでそばにいたんだろう。
赤の他人でいられたのにーー。
「ルシカ!」
ベルに、抱き締められた。
私の頭を引き寄せて、包み込むように抱き締めてくる。
「赤の他人なんて嫌だよ……! ルシカは……僕の大事なルシカなんだ! 君がいなければ、今の僕はいないんだよ?」
「っ……」
「僕はルシカと名付けたを後悔したことはない。ずっとそばにいてくれて、嬉しかった。なのに、ルシカは今までの時間を、全部面倒だって嫌うの?」
それは嫌だ。全部否定して、嫌うなんて出来ない。
だって好きだもの。とても好きなベルと過ごした時間。
面倒なこともあったけれど、それでも愛すべきひと時だった。
「好きぃ好きぃいいベルが好きぃいい!!」
私は抱き締め返す。
気持ちただ漏れで。
「先に言わないで。僕も好きだよ、ルシカ。ずっとずっと、好きだよ。お願いだ。面倒でも、僕と繋がっていて? そばにいて?」
優しい手つきで頭を撫でつけながら、頭の上の耳に囁くベル。
人との繋がりは面倒だ。これはとても強い繋がり。
面倒は嫌いでも、この繋がりだけは嫌いになりそうにない。
「うん……君のそばにいるよ。ベル」
「昔のように、そう呼び続けて。ルシカ」
やっと放してくれたベルは、私が溢した涙を親指で拭ってくれた。
「あの、盗賊達が皆逃げました」
「「あっ」」
執事さんの声で、盗賊達の存在を思い出す。
執事さんもいたのか。
水操作をといて場所から、逃げていったみたいで、足跡がくっきりと残っていた。
「私が一人残らず捕まえる! 大丈夫、あいつら全然弱いから!! ……ね? ベル」
取り逃がしたとなれば、ベルの顔に泥を塗ることになる。
絶対に捕まえると息巻くが、先ずはベルの許可を待つ。
「……うん。お願いするよ、ルシカ。油断して怪我をしないようにね」
「わかった!」
面倒は嫌だけれど、美少年なご主人様のためなら!
カクヨムの短編コンテスト用に書いてみたものです。
長編バージョンを書いていて、昨日思い立ち書いてみました。
仕事が一段落したら、長編バージョンをあげたいと思います(`^´ゝラジャー
普段は主人側のヒロインを描く方が多いので、新鮮でした!
20200116




