花咲じいさんの、小さなウソ
『花咲か爺さん』
縁側で、うたた寝していた正直爺さんはポチが吠える声で目を覚ましました。
「わんわん」
「おや?
…
おや
ポチや。
まっておくれ。
裏の畑で無ければ、いくら吠えてもかまわんが。
どうしたんじゃ、ポチや?」
「とうさんが起きてくれませんと、ポチは散歩にも行けませんよ」
「おや…?
かあさんかい?
…おこしてくれても、よかったんだよ」
「そんなことしたら、とうさんの膝枕で寝ているユキも目が覚めてしまいますよ」
「そうだね、ポチ。
ユキが目を覚ますまでは、まっててくれな」
「くーん」
「すまんなポチ。
ユキよりお前を可愛がると、あいつがやたらに怒るからな」
「わんわん」
「おや、ポチや。
裏の畑でユキとはしゃぐなや。
いくら吠えてもかまわんが、あいつに怒られんようにな」
「とうさんが来てくれませんと、この畑の収穫できませんよ」
「おや?
…かあさんかい。
なら、がんばらないとな。
ユキもポチも手伝っておくれ」
…
「とうさん、とうさん。
この畑いっぱいとれるね。
お芋いっぱいとれるね」
「黄金色のサツマイモも、子イモもいっぱいだな。
大判、小判が、ざ〜くざく、だ」
「おーばん、こばんが、ざーく、ざーく、ざっくざっく♪
だね、とうさん」
「わんわん」
「おや、ポチや。
ちょっと待ってろやな。
正月なんでモチつきせんとな。
かあさんもユキも手伝ってくれよな」
「はいはい」
「はーい」
…
「はい、父さん、おモチ、これでいい?」
「ユキ、そんなに平べったくまとめると小判だよ」
「そうよ、もっと大判みたくしなとね、ユキ」
「ま、これも美味いぞ、ユキ」
「おーばん、こばんが、ざーく、ざーく、ざっくざっく♪
だよね、とうさん」
「わんわん」
「おや、ポチや。
すこし待ってくれ。
もう、ほんの少し待っておくれ。
この桜の花を見ていたいんだ。
満開の桜並木を見ていたいんだ」
「とうさん。
ユキの準備できましたよ」
「…。
ああ、かあさん。
…。
わかった」
…
「ユキ」
「父さま母さま、わたし、花嫁になって行きます」
「幸せになってくれよな」
「父さまのお陰で、ずっと幸せでした。
大判小判みたく、ずっと幸せにしてくてました。
だから、ポチといっしょに、この幸せを、いつか返しにいきますね」
「そんなことなんて、しなくていいよ。
そんなことをしたら、あいつが怒るからな」
「ははは、そうだね。
じゃあ。
父さま」
「ああ」
…
「じゃあ。
行ってきますね。
ポチも、母さんも、行こう。
では♪
うちの畑でポチが鳴く♪
父さんと一緒に掘ったなら♪
おーばん、こばんが、ざーく、ざーく、ざっくざっく♪
あっ、
こらぁポチ!
どこ行くのー?」
「ははは。
こんな、
桜の花が咲くなかで、
ユキが花嫁になる姿を、
かあさんとポチとで見送る夢を、
ずっとずっと、そんな夢を見ていたんだ。
…
だから、かあさん。
これは『うそ』じゃな?
儂が見た、夢みたいに幸せな『ウソ』じゃな?」
「はい
とうさん」
「…
ユキも、
あの流行り病で
逝ってしまったからな…。
かあさんもポチも儂を置いて、
ずいぶん前に逝ってしまっていて…。
…。
ユキは大人にもなれず。
かあさんもポチも眠る様に…」
「はい、
正直なお爺さま、
これは『ウソ』ですよ」
「はは、
…
『ウソ』も、
いいもんだな…」
「わんわん」
「ああ、ポチ
畑から大判小判が出ることも、
ついた餅から大判小判が出ることも、
灰で枯れ木に花が咲くことも、
ホントかウソか、
どうでもよかったが…。
けど、楽しかったよ、ポチ」
「とうさんも、行こう」
「ああ、ユキ。
かあさんも、ポチもそこにいるんだね。
なら、行かないとな。
…。
あとの心のこりは…。
…。
ユキや、かあさんや、ポチを忘れて、
大判小判、花咲く枯れた木にうつつを抜かしてた儂は…、
儂の目を覚ませようとした、あいつの目には、さぞかし…、
ウソつきな爺さん、だったんだろうな…」
…
……
………
あるお墓の前で、手を合わしていた嘘つき爺さんは、後ろから呼びかける声に振り返りました。
「くっそじじいさま〜♪ お墓を拝んでも、小判も何にも出てこんぞー」
その墓石には、花咲か爺さんの名前とその家族とポチの名前があしました。
「わかっとるわい。
まーったく、近頃のガキは爺を労わらねぇ」
「くっそじじいさまの悪名、村中みんなに知れわたってるしねー。
そのお墓の、正直爺さま以外に嘘つかない、意地悪なウソつき爺さんだ〜て。
で、その嘘が全部ほんとになっちゃって右往左往してる爺さま、見てて、ほんとに面白かった〜。
けど、あれ、どうやったの? 大判小判とか、枯れ木に花咲かせるとか?」
「知らんわー!
んなもん!
その、からくり知らべるため孫のお前にあの家、買って与えたんじゃろがー!」
「大判小判も何にもなかったぞー♪
正直爺さん、お殿さまに献上したりし、村のみんなのために使ってたからねー。
灰くらい残ってるかな?
まあ、新婚で新居なかったからアリガとね爺さま〜。
じゃあ、旦那と裏の畑見てくるから、またねー。
近いうちに、ひ孫の顔、見せてやるぞー」
「うっさい!
早よどっか行けー!」
「はーい、
っと、
裏の畑で芋作る♪
だんなと一緒に掘ったれば♪
おーばん、こばんが、ざーく、ざーく、ざっくざっく♪」
…それは、誰が歌った歌だろうか…。
墓前への話を続けるウソつきと呼ばれたお爺さん。
「…
隣どうし兄弟同然に育ったお前とワシじゃ。
フユさんにはお前のことを託されからの、
いろいろと面倒見てやっただけじゃい。
家も裏の畑も最後まで見てやるわい。
…
ユキ坊やフユさんとポチが逝ってから不抜けてたお前じゃったが…、
…
ポチのお化けが現われてから、まだマシにはなったかの…。
あの出来事が何だったのかは結局わからんじゃったが…、
お前が咲かせた枯れ木の花は本当に綺麗じゃったの…。
…
あの、ポチの、バカ犬の、化け犬め。
埋めて燃やして灰にしてやったのに、
結局は、お前をつれていきおって…。
…
ふん、
ワシより先に死におって…、
ふん、
ワシをこんなに泣かせおって…、
…
お前のほうが、よっぼど意地悪な爺さんじゃ」
(おしまい)