4-17. マスターの計らい、というか謀
「思った以上にカワイイ音でびっくり」
「あんまり言わないで。割と恥ずいから」
まさにピンポイント。
あんな的確なタイミングでおなかを鳴らすなんて、意図した流れでも難しい気がする。
空気を読んで鳴ったのか、敢えて空気を読まなかった結果鳴ったのか、その理由は誰にもわからない。
とはいえ、横を見れば楽しそうな顔をした聖歌と平松さんがいるわけで、ちょっとくらいの恥の代わりに見られたんだから、ということで強引に自分を納得させる方が良いことに気付く。
ちょっとだけわざとらしく咳払いをして、改めてふたりに訊くことにした。
「……ところで、ふたりともおなかはすいてない?」
「わりと」
「あたしも」
「じゃあ好都合」
「ってことは? …………」
ちょっとだけテンション高く食いついてきた平松さんだったが、そのまま黙ってしまった。
危うくひな壇芸人のように躓いて数歩前に飛び出しそうになった。
「あれ? 何も言わないの?」
「思った以上にアイディアが出なかった」
「さいですか」
ピアノと軽食のようなモノが簡単に結びつくわけがない。
「カラオケとかかなって思ったんだけど、ピアノってないよね」
「こそっと楽器持ち込んで練習はしたことあるけどね」
それなら軽食は出るし、音漏れとかの心配も無いけれど、鍵盤楽器が置かれているようなところはあまりないような気がする――というか、ボクはそんなお店を知らなかった。
今はどうなのか知らないけれど、聖歌はカラオケが好きな子だ。
彼女ならそういうところがあることを知っている可能性はあった。
「……ということで、目的地はココ」
「え?」
「へ? ここなの?」
頷きつつ扉を開ける。
ベルの音が軽やかに鳴り響いて、店主がこちらを向き笑顔を見せた。
「いらっしゃい。……おお、瑞希。ちょっと遅かったか?」
「すみませんね、ちょっと音楽室でいろいろと調べ物みたいなことしてたんで」
「勉強熱心で良いことだ。……んで? そっちのカワイイお客様は?」
「ちょっとマスター、ボクには『お客様』はつけてくれないんですか?」
「お前は今から従業員だろ」
そこまで間違ってないけれど。
ただ、一瞬だけ怪訝に細められたマスターの眼差しに、警戒感を覚えた。
「ホットサンドくらいは食べさせてよ。おなかすいちゃって」
「給料から天引きな?」
「……そもそもピアノでもらってないでしょ」
「バレたか」
「当たり前です」
完全に後ろのふたりを置いてけぼりにしてしまった。
店内を見渡すと時間帯もあって、そこまで混んではいない。
カウンター席もしっかり空いていたので、その辺りにでも座れと指差したマスターに従ってそこを陣取らせてもらうことにした。
「じゃあ、私はこっちー」
平松さんはそう言いながらボクの右側に荷物を置きつつ。
「聖歌はこっちね」
「え」
有無を言わさず、強引に聖歌から荷物を取るとボクの左側の席に荷物を置いた。
「おお。うらやましいことで」
両手に花、と言いたいのだろう。
「でしょ?」
面倒なので、ノっておくことにした。
「それで? そちらのおふたりさんは?」
「合唱部の子たち。さっき音楽室寄ったときにピアノの楽譜コピーさせてもらうのを手伝ってもらったんで、その流れで」
「平松美里でーす」
「御薗聖歌です」
「……で。ここのマスターの、工藤さん」
「よろしくな」
こざっぱりとした自己紹介を終えて、軽く食べられるものをそれぞれが注文する。
ボクはお気に入りのホットサンドで、平松さんと聖歌はそれぞれケーキセットを頼んだ。
高校生にも無理じゃない程度の価格帯なのは本当にありがたかった。
手慣れた動きで準備を終えたマスターが然程ボクらを待たせずに全員分の配膳を終えたところで、休憩用のコーヒーをいれ始めた。
――あれはきっと、『そういうこと』だろう。
「そういえばさ、そっちの打ち上げってどうだったの?」
先制して話題を振ろうと思ったが、わずかに平松さんの方が早かった。
「まぁ……、そこそこみんな満足してたんじゃないかな?」
「そこそこどころじゃないよ。よかったよ、すっごく」
高校1年生最後の行事だった冬季体育祭。
その時の打ち上げに使ったお店、つまり神流の親戚がやっているというお店での打ち上げだった。
その時に言われた『今度は家族とかお友達とかで』という言葉を拡大解釈し、『お友達――っていうか、同じく打ち上げに使いたいんですけど』ということを神流の助け船も借りつつ伝えたのが、さくらフェス終わりのあの電話だった。
人数的にもタイミング的にもギリギリのタイミングだったが、神流の友人だからということで受け付けてもらえたところもあったはずだ。
――しばらくはアイツに頭が上がらなくなるのだろう。
「ってことは、瑞希くん?」
「うん?」
「この娘のお守りもバッチリしてもらえた、ってことね?」
「ちょっと美里、言い方……」
「道案内ね? それは、まぁ」
お守りというほど過保護にしていたことは無いはずだった。
とくにその辺り、誰かを優遇することも冷遇することもしていないと思っている。
「帰り道もしてくれた?」
「……うん、まぁ」
「え。なんでそこでそんな言い方……あ! まさか、瑞希くん!?」
「大丈夫です。駅まで、しっかり、みんなを、先導しました」
「……」
何故か不満げに口をゆがめる平松さん。
ここでボクは彼女に対して何を言うのが正解だったのでしょうか。
全くボクにはわかりません。
もしかしたら正解が含まれていない選択肢しか提示されていないのかもしれなかった。
いたたまれなくなってホットサンドにかじりつく。
トマトソースの味付けが絶妙。
たとえトマトが嫌いな人でもきっと美味しいと言ってしまうと思う。
話題逸らしも兼ねて、主に平松さんに対して、ケーキを薦めることにした。
実際、打ち上げの帰り道は大輔といっしょに集団の先頭側を歩いて、みんなを先導するスタイルを採ることにした。
亜紀子に関してはすみれがしっかりと傍にいたから問題は無いと思ったのはあるし、そもそも聖歌たちの方は見ようとも思わなかった。
その後のグループチャットにもとくにおかしなコトはなかったし、ダイレクトメッセージやショートメースが飛んでくることもなかった。
便りが無いのは無事の証拠という言葉を信じてみたが、果たしてそれが正しかったのかは実際に彼女の顔を見ないと解らないだろう。
ただ、星宮中央駅から地下鉄に乗ってしばらくして、周囲にクラスメイトがいなくなったタイミングで聖歌の方をチラッと見たときにバッチリと視線がぶつかってからは、ボクから彼女のところに向かって行き、そのまま家まで送っていくことにした。
そこまで遅い時間とまでは言わないし、あそこのご両親はそこまで心配性でも無いけれど、ただなんとなく『そうするのが正解なんだ』という直感は働いた。
「おいしぃ……!」
「ホントだぁ……」
話題逸らしには成功したらしい。
ステレオ状態で満足そうな声が聞こえ、嬉しそうな顔が見えた。
「瑞希、そろそろ準備してくれ」
「おっけー」
正面からふたりの顔を見ていたマスターが声をかけてきたので、渡された譜面を持ちつつピアノへ向かう。
マスターも厨房からスッと外に出てくると、譜面を広げたボクの肩にがっしりと体重をかけてきた。
「……何スか」
「いやさ。……あの子たちは?」
やたらと小声だ。
「さっきも言ったじゃないですか、合唱部の子ですよ」
「……へえ?」
「変な勧誘はしないでくださいよ?」
「まぁ、歌声バル的なのをやるときには来て欲しいとは思ったけどな。月雁合唱部っつったら、この界隈で知らないヤツはいないしな」
たしかに、そういう戦力的なモノとして考えるなら間違いないだろうけど。
「俺としては、別の女の子を、しかもふたりも連れてくるとは思ってなかったからな」
「……あー」
言ってくるとは思っていた。
ある意味いちばんの懸念材料がこれだったわけで。
「亜紀子ちゃんの名前出さなくて良かった」
「それは、ありがとうございます。め・ず・ら・し・く、空気読んでくれて」
「ぁん? 良いのか、お前。命の恩人にそんなこと言って」
バシン、と強めにボクの後頭部を叩いて、マスターは満足そうにバックの方へと戻っていった。
ここまでお読みいただきましてありがとうございます。
配慮というか、余計なお世話というか。
そういう世話焼きが多いようです。
※第2章、残り3話。




