4-13. かけひき
「やっほぃ! 元気してるー?」
「お前らが来るまでの方が元気してた様な気がするわ」
「えー、なにそれ。ミズキってばツレナイなー」
むしろ、この状況下でもいつものノリを忘れない君らが他とは違う――っていうかオカシイということを、ちょっとでも自覚して欲しかった。
「そっちはどーお?」
「何だ、敵情視察か?」
「まー、そんなもん?」
「どーかなぁー?」
「ヘタな芝居してんじゃねーよ」
やってきたのは神流とエリー。2年8組の吹奏楽部コンビだった。
あまりのテンションのせいで背景が霞んで見えるような感じがしたが、よく見ればふたりの後ろにも何人か8組の生徒の姿があった。
暇つぶし兼様子見という雰囲気で間違いなさそうだった。
ふたりの声に気が付いたすみれや亜紀子、和恵さんたちもこちらにやってきて、ちょっとした同窓会風の雰囲気になる。
こうした空気を作り出すのが早いヤツらだった。
「ところでそっちは? 勝ってんの?」
調子が良いからこその敵情視察なのか、ちょっと確認してみたくなった。
「ううん、さっき負けた」
「あらら」
不完全燃焼故のハイテンション、かつ冷やかしということなのだろう。
どこと対戦したのか気になり、持っていた組み合わせ表を見てみる。
1年生と当たった初戦は問題にしなかったのだろうけど、その次に当たる可能性があるクラスは――。
「あー……、もしかして3年9組か?」
「そーゆーこと」
「そりゃ、仕方ないかもなぁ……」
そういえば、ちょっと前にやたらと野太い雄叫びが聞こえてきていたが、あれはそのときのものだったのかもしれない。
優勝候補と名高いクラスは例年4クラス程度。
3年9組はその内のひとつだった。
ゴリッゴリの運動部男子で固められているせいで、全員参加の縛りがほとんど意味ない、なんて言われたりしていた。
体重差は技術でいくらでも埋められるとはいろんなところで言われている大綱引きではあるが、さすがに技術も持ち合わせられてはどうしようもないかもしれない。
「2戦目なんて、そのまま一気に引き摺られたわ」
「マジか……」
戦慄。
「まぁ、災難だったな」
「ほーんとね。こればっかはしゃーないんだけど」
トーナメントの配置は事前のくじ引きで決まっている。
何を隠そう、学級委員長・副委員長における全校行事最初の仕事がこのくじ引きをすることだし。
「ってわけだから、私たちちょっと出てくるから」
「どこ?」
「そりゃーもう、『その辺』よ」
親指で自分の背後を指す神流。
そっちは渡り廊下しかないぞ、と思ったが冷静に考えてみると。
「……なるほどね」
「理解が早くて助かるわ」
「そりゃーもう」
同じ様な言い方で返す。
縛りが緩いことで有名な月雁高校。
さすがに綱引き大会の閉会前の帰宅こそ許されてはいないが、コンビニやスーパーなどこの界隈への外出であれば玄関前を見張っている生徒指導の先生に生徒手帳を預ければそれで許可が下りることになっている。
「何か適当に買ってきて花見でもしてるから、ミズキたちも負けたら遊びに来なよー」
「おー、できるだけ行かないようにするけどな」
「言ったわね?」
「そりゃあやっぱり、負けたくないからな」
にんまりと笑ってやれば、神流は呆れたように鼻で笑い、そしてボクに親指を立てた。
○
ベスト8を賭けた勝負の相手は3年3組――つまり、ウチと同じ文系クラス。
正直、ここまで勝ち上がってきたクラスにそこまで大きな戦力差も技術差も無い――と思いたい。
いや、たしかに3年9組みたいな歴然とした差を豪快に見せつけてくれるクラスも中には紛れ込んだりしているから、油断なんてこれっぽっちもできるわけがないのだけれど。
2試合目からやり始めたクラス全員での円陣を組む。
とうとう担任の中本先生と副担任の岡崎先生もこの中に組み込まれた。
もちろん、すみれの強行突破による功績でもある。
「はーい、じゃあみんなスタンバイよろしくー!」
1試合目は応援に回ったすみれの号令に従って、出場メンバーがそれぞれの持ち場につく。
神流たちと別れた後、一旦教室に戻ったボクらは作戦会議をした。
身長と体重のバランスと綱を引くときのバランスを再考し、その結果としてフォーメーションが少し変わった。
背の順の谷になる部分を、より綱の後ろ側にずらした格好だ。
再考の結果、もちろんとくに何も変わらなかった人もいる。
残念なことに、ボクのポジションは変わらなかった。
変わったのは前側の配置で――。
「それじゃあ、行きますか」
「おーっ」
ほんのり元気な挨拶を返してくれたのは、亜紀子。
「うんっ」
声はいつも通りだがその頷きには力がこもっている、聖歌。
1試合目は亜紀子、2試合目は聖歌が、ボクのひとつ前のポジションに変わっていた。
ちなみに1勝1敗で3試合目となれば1試合目のメンバーが再出場する決まりだった。
「がんばろうな」
「うん」
こちらに向かって頷いてくれた亜紀子に頷き返す。
「っしゃあ!! 行くぜぇー!!」
妙にイキッた声で志気を上げているのは大輔だろう。
おなかからしっかりと声が出ているところだけは後で褒めてやろうと思った。
――と、おふざけはこの辺りまでだ。
審判の鳴らすホイッスルが響く。
それと同時に、一気に綱に身体を預けつつ、後ろに倒れる。
足と綱で全体重を支えるようにして、引っ張るのではなく持って行くようなスタイルだ。
対戦相手の顔を見たくもなるが、そこをぐっと堪えて、視界には比較的新しい体育館の屋根だけを捉えるようにするのが鉄則だ。
もちろん、鉄則だけで勝てるほど甘くはないのだけど。
しかし、これは――?
気配のようなモノを敏感に察したらしいすみれが、すっとこちらに駆け寄ってきた。
傍には第2試合目に出る聖歌や早希の姿もあった。
「どう!?」
「たぶんイケる……!」
「引けるぞ!」
すみれが訊くが早いか、ボクと本山くんを含めて後ろ側の男子がほぼ一斉に叫ぶ。
去年もそこそこ綱を引き、今年もこのメンバーで2試合5戦を戦ってわかるような肌感覚。
それに突き動かされるような叫びだった。
「大丈夫?」
「うんっ」
斜め前の亜紀子はそこまでキツそうには見えなかったが、念のため声をかけてみる。
頬に汗を光らせながら、答えてくれた。
「おっけー! 行くよー、2の3! せーのっ!!」
すみれの容赦ない号令が体育館中に響く。
そこからは一瞬。
じりじりと持久戦で押し切るようなモノじゃなく、短期決戦として一気に片付ける明確な意思を持った引き。
後ろに向かって思いっきりジャンプをしていくようなダイナミズムがここに在った。
全員でリズムを合わせて、声を揃えて、相手を引き摺る。
このクラスが結成されて1ヶ月も経っていないけれど、カッコイイデザインで揃えられたクラスTシャツで結ばれた絆がここに在った。
間もなくして鳴ったホイッスル。
同時に轟く歓声。
第1戦目は我らが2年3組の勝利だった。
休憩も挟まずに綱の左右を入れ替える。
チラリと見えた対戦相手の、絶望感すら見えるような雰囲気である種の確信を得た。
「イケそうだな」
「……まぁな」
少し息は上がっているがまだまだ全然元気そうな大輔が、持ち場につきながら声をかけてきた。
「ん? そうでもない?」
「いや、そうじゃないけどさ」
「お、何だ。作戦か?」
「無い事もない」
「聞くよー?」
ぽろっと言ってしまったことがきっかけで、またしても円陣を組むよう状況になってしまった。
「まずはディフェンシブに入った方が良いかな、って」
「え。なんで?」
すみれが怪訝な顔を向けてきた。
ある意味予想通りの反応だった。
「念のためだよ。あちらさんが『2年に負けたくない』ってんでいきなりオフェンシブに来るかもしれないな、って思っただけ」
「あぁ、それはあり得るな」
ボクの意見に賛同してくれたのは、意外にも中本先生だった。
「昔、それで逆襲喰らってたクラスを見たことがある」
「……ってことなので、1戦目と同じで行きますっ」
「っしゃー!」
あっさりと作戦が決まってしまった。
だけれど、どんな作戦だろうと全力でやったるぜ、的な雰囲気を出しまくっている前方の男子陣が、ものすごく心強かった。
そんなわけで第2戦目。
今回の号令役は大輔だった。
今度は目の前に聖歌がいる。
どうにも緊張している雰囲気がありありと伝わってきてしまい、少し苦笑いしてしまった。
「え?」
それに気付いた聖歌がこちらを向く。
聞かれてしまったらしい。
「いや、何でもない。……けど、まぁ、がんばろうな」
「……うんっ」
気が楽になってくれたのなら、それだけで充分だった。
間もなくして鳴らされた審判の笛とほぼ同時。
予想通りに、相手方は出会い頭に思いっきり引いてきた。
予想以上に強い力で少しだけ前方に身体が動いたものの、それも一瞬。
しっかりと体勢が作れていたおかげか、被害はほとんど無かった。
「……っ」
「大丈夫?」
「うん……っ、何とか……」
聖歌の苦しそうな声に思わず訊いてしまったが、そう答える余裕があるならまだ大丈夫だろう。
むしろここで「大丈夫」と返される方が不安になるくらいだ。
これ以上引けないと判断した相手方の攻撃の波が消える。
「行くぞぉ!」
さすがアンカーマン。
最後尾から本山くんの声。
「っしゃあ! せーのっ!!」
それを引き継いだ大輔の声が高らかに鳴り響く。
あとは、1戦目の焼き直し。
もはや貫禄すら漂わせるような、一方的な幕切れだった。
ここまでお読みいただきましてありがとうございます。
綱引きだけじゃなく、いろんな意味の「かけひき」です。




