4-12. 緊急回避で細波が立つ
こんな悪条件だらけの邂逅があってたまるか、と神様あたりに文句を言いたくなる。
そんな風に吐き捨てたとしても、きっと誰かは慰めてくれる状況だと思った。
他に助け船を求めることはできない。
今し方、勢いよく顧問のところへ向かったすみれを送り出したところ。
周辺に見知った顔は居なかった。
地獄へ降りてきた蜘蛛の糸のような僅かな光を見つけるとすれば、祐樹と聖歌がセットじゃなかったことくらいだ。
もしこの場にふたりで現れたときに、どういう行動を取るのが最適解であるかなんて、きっとどんなに難しい数学の定理よりも証明困難だ。
――もともとそんなに理系科目は得意じゃないけれど。
だから、結局ボクは。
「ん? どうした、祐樹」
何でもない風を装うことを選んだ。
亜紀子が祐樹に対してどういう感情でいるのか、以前は割と気にかけていたような気はしていたけれど、気の緩みなのか何なのか、最近は訊くことすらしていなかった。
「あー……、いやいや、何でもない」
ハハハ、と笑う祐樹の声は、ボクの気のせいかも知れないけれど、心なしか乾いたような笑いに聞こえた。
視線もどことなく落ち着きが無い。
それは亜紀子にも言えることだったし、恐らくはボクにも言えることだろう。
ここにいる3人が皆一様に、予想していなかった展開だったということなのかもしれない。
「ところで、そのー……ふたりともどうしたんだ? こんなところで」
縦に長い二等辺三角形の尖っている頂点から、途中言い淀みながらも祐樹が訊いてくる。
少し妙な距離感なのは、さっきよりも亜紀子がボクに近いところにいるからだろうか。
『こんなところ』という部分にアクセントが付けられているような気がした。
「ちょっと、コレをね」
持っていた紙袋を祐樹に見せる。
「んん? 何だそれ」
「あ。えーっと、クラスみんなに配んなきゃいけないモノなんだけど……。その、さっきまですみれちゃんが持ってたんだけど、ウチの顧問の先生に呼ばれちゃって」
答えようと思っていたところを遮りつつ説明をしてくれたのは亜紀子だった。
予想していなかったので少し驚く。
別に黙りこくったままボクの後ろに隠れていてくれても何の問題も無かったけれど、視線は少し彷徨いがちだったものの、それでも祐樹と話すことを選んでくれたらしい。
「で、一応教室に戻ってから体育館に行って、クラスのみんなに配るか、って話」
「マジで? 教室だいぶ人減ってきてたけど、それでも何人かは残ってたはずだぞ」
「祐樹、今から教室戻る?」
「ああ、プログラム持ってくの忘れてたからそれを取りに戻るところだったんだけど」
渡りに船。
やっとこさ、という感じだ。
「だったら、ひとつ頼まれてくれないか?」
「ん?」
「これ、ちょっと分けるから、まだ教室にいるヤツらに配って欲しいんだよね」
「お、おお。いいぞ、別に」
コイツも何だかんだで人のイイところがある。
快く引き受けてくれた祐樹に、紙袋の中身の2割くらいを手渡す。
「余ると思うけれど、余ったらそのまま体育館に持ってきてくれ。あとは任せた」
「任されよう」
若干暑苦しくガッツポーズなんてしながら、祐樹は教室へと向かっていく。
その姿が遠くなって、思わず階段そばの壁に身体を預ける。
「くふはぁ~~……」
ため息まで出てきた。
そのままずり落ちてしまいそうな身体は、何とか手すりに掴まって支えるが、これから綱引きだというのにスタミナを大きく持って行かれてしまったような気がする。
精神的な部分で肉体的な疲労感をたたき込まれるとは思っていなかったので、余計に疲れが来ているようだった。
「だ、だいじょうぶ?」
「ん。大丈夫、大丈夫」
屈んでボクの顔を覗き込みながら亜紀子が心配してくれている。
さすがに申し訳ないので、姿勢を正して大丈夫さをアピールする。
一応効果はあったらしく、そっか、と小さく呟いた彼女は、ボクの隣に立って同じように背を壁に預けた。
「何か、ね」
「うん?」
小さな声。自信なさげな雰囲気ではなく、何かを噛みしめるような言い方だった。
「私、案外大丈夫かも」
「そう?」
「うん」
何に対しての話なのか。
それはボクも亜紀子も解っているし、だけどそれが何なのかボクも亜紀子もハッキリと口に出さない。
――出したから何になるわけでもない。
そう感じているからかもしれない。
少なくともボクはそうだった。
沈黙の時間が流れる。
こういう時間は昔から嫌いじゃない。
いっしょのモノをいっしょに見ていなくても、隣に誰がいるという安心感に浸っていられるこういう無言の時間は、どちらかと言えば好きな方だった。
ただ、今は――。
何故か、心の中のもやつきがそれを邪魔をした。
それにしても、どうしてこんなに疲れる必要があるのだろう。
そもそも亜紀子の話を聞いて今みたいな関係性になったのは、何のためだっただろうか。
傷のようなモノを癒やして、自然に話せるようにすること――だっただろうか。
最終的な目的は、もはや何だか解らなくなってしまっていた。
だとすれば、何故こんなにも、思考に細波が立つのだろうか?
「体育館、行こうか」
「……そだね」
ここに居続けても仕方がない。まずはするべきことをしてからだ。考えるのはそれからだ。
○
出会い頭の事故をどうにかやり過ごしたことで精神的に余裕が出来たのか――もっとも、それはボクと、良いところ亜紀子だけの話かもしれないが――、2年3組の綱引き大会は比較的順調だった。
一応、平等性を保つためのレギュレーションは存在している。
最たるところは、試合に出る選手の男女比だろうか。
月雁高校は2年生の時点で文系・理系の選択をしてクラス分けが行われるので、自然と理系クラスは男子が多くなり、文系クラスは女子が多くなる傾向になる。
他校と比べてその辺りの男女比が大きく分かれない傾向にある月雁高校ではあるが、それでも結構な差が出てくるのは仕方の無いところだった。
そこで設けられたのが、『1試合に出られる人数は30名で、男女それぞれ15名ずつ。必ずクラス全員が1試合は出場すること』という指定だった。
そもそも1年生は基本的に男女比が1対1なので問題は無いが、文理で別れた後の学年でもこの状況はキープされている。
長年続けられている行事だからこそ成せる技なのかもしれなかった。
ただ、理系クラスでは女子が、文系クラスでは男子が毎試合出突っ張りになるため、疲労の蓄積が半端じゃ済まないという問題はあった。
「……キッついな、マジで」
ボクは間違いなく、その被害者だった。
「やー、おつかれさまー!」
「……元気だな」
「そりゃもうっ。……っていうか、みずきくんが予想外にへばっててびっくり。やっぱり後ろってキツいんだね」
「日頃の足腰の鍛え方が足りなかったらしい」
声をかけてきたすみれの元気さが、少しうらやましく思えてしまう。
事前に配布されていた教本に従えば、並び順は綱の中央に背の高い人を配置し、綱の末端側に行くに従って低くしていくのが理想。
ただし、綱の最後尾、アンカーマンをとにかくガタイの良い子に任せているので、それを補うように最後尾付近はやや背の高い生徒に無茶をしてもらってかなり低姿勢になって綱を引くように、という指示が出ていた。
残念なことに、低姿勢になって綱を引かされている内のひとりがボクだった。
これがまた、足腰にクるのだ。
それなりに筋トレはしているつもりだけど、メインはやはり吹奏楽部の活動に使う腹筋。
足の方の筋肉の鍛え方は甘かったらしく、前後を守る体育会系と比べれば貧弱なようで、2本先取、最大で3試合を戦うことになる内の第1試合を終えた時点で割とキツくなっていた。
今後はもう少しそっちのトレーニングもした方がいいかもしれない。
「でもホント、ウチのクラスってラッキーかもしんないね」
「それは間違いないね」
アンカーが柔道部の子で良かったと心から思える。
もしこれでボクがアンカーだとしたら、間違いなく初戦敗退だっただろう。
「これで次勝てばベスト8だっけ?」
「そ!」
グッとサムズアップして答えるすみれ。
さくらフェスの綱引き大会は、綱引きに対するノウハウの有無から1年生が上位に食い込むことはあまり無いが、2年生が優勝するという年は過去にもあったらしい。
もちろんその事実が、2年生クラスにとってのニンジンであることは間違いなかった。
「さて、次は……」
「ミズキっ!」「ミズキー!」
「……はぁ」
殊更に疲労感を倍増させてきそうな声が、いきなり背後から轟いた。
ここまでお読みいただきましてありがとうございます。
少しずつ時間が解決するのか。それとも――
――って感じです。ええ、ハイ。




