4-X. 不自然な自然さ
ひとつ前、「4-9.」の翌日のお話です。
連日の雨。天気予報によれば明日の午前中までは続くとのこと。
あともうしばらく続くのかと思えば気は重くなるけれど、あと1日程度晴れると考えれば少しだけ気は軽くなる。
けれど、髪に纏わり付くような湿度は、早く何とかなってほしかった。
「あとはゴミ投げして終わりかなー?」
ちりとりで最後のほこりを回収し終わった松下早希ちゃんが、ぐぐっと背中を反らせながら言う。
途中で「うっ」と呻いたあたり、どこかの関節が鳴ったのかもしれない。
じゃんけんをして負け残りをした子にゴミ箱のゴミ処理を任せると、掃除はほぼ終了。
あとはもう、残された子たちでぼんやりと窓からの景色を見つめるくらいだ。
「雨、好きなの?」
「え?」
「何かちょっとイイ雰囲気で眺めてるからさ。訊いてみたくなっちゃって」
にっこり笑った早希ちゃんが訊いてきた。
「うーん……、どっちかというと、好きじゃないかな」
「どっちかというと、って言う割には答え方曖昧だね」
「あ、たしかにそーかも」
言われてから気付く、自分の優柔不断な感じ。
自覚していてもなかなか治らないものだから、やっぱり難しい。
「今日って、合唱部お休みだもんね」
「うん。吹部は昨日だっけ」
「そ。あー、たまにはガッツリ休みがほしー……」
「それわかるよー」
「だよねー。だいたいウチと同じような時間でやってるもんねー……」
音楽系の部活動は、どこの学校もそんな感じなのだろうか。
どちらかだけが全国レベルとか全国を目指せるレベルになっていると、片方だけが忙しくてもう片方がゆるゆるな雰囲気、みたいなことにはなるのかもしれないけれど、月雁高校は合唱部も吹奏楽部もゴールド金賞を目指して全国を勝ち抜くためにがんばっている。
休みが少ない、あるいは無いというのも仕方がないことだった。
「私としては、もっとウチと合唱部で交流したいんだよね」
「……うん」
「だから、この前の勉強会とかさ、アレはホントにベストだと思うわけよ」
勉強会。
テスト期間の部活休みになっている間の放課後、使われない音楽室を利用した吹奏楽部と合唱部の合同テスト勉強会。
最初にやったのは後期の中間考査の時期。
学年末――後期期末考査のときもにも2週間前からバッチリ発起人はみずきくんとか、その周辺の人たちだと聞く。
最初、彼を久しぶりに近くで見たときはどうしようかと思ったけれど、やっぱり――。
「聖歌ー?」
「ひゃあ!?」
突然真後ろから声がかけられて、思ってもみなかった声が自分の口から飛び出した。
「び、びっくりしたぁ」
「いやいや、聖歌ちゃん。私と水戸くんの方がびっくりしたってば」
「え? ……あ」
心臓の鳴りの早さを抑えようと深呼吸をしながら早希ちゃんが指す方向を見れば、目をこれでもかと言うくらいに大きく見開いた彼がホールドアップして立っていた。
「意外にデカい声出るのな……」
「あ、その……ごめんなさい」
「いやまぁ、別にイイんだけどさ」
自分でもびっくりしてしまったくらいだ。
他の人がびっくりしない理由はない。
「まーねー。普段から聖歌ちゃんって声張ってしゃべるタイプじゃないけどさ」
早希ちゃんがフォローしてくれる。いつも思うけれど、吹奏楽部の子たちはキャラクターが濃い人たちも含めてみんな優しい。
「水戸くん、合唱部を舐めたらダメだよ?」
「うん、改めて実感したわ」
「あとついでに、吹奏楽部の声量も舐めたらダメよ?」
「それも、まぁ、だいたい解ってた」
おなかから声が出せている人を探すと、大抵合唱部か吹奏楽部だったりする。
案外そういうものだった。
苦笑いを浮かべているとタイミング良く、ゴミを捨てに行っていた子が帰ってくる。
「ただいまー」
「おかえりー、ってことで掃除終了?」と早希ちゃん。
「おっけー」
「おつかれー。さて、今日もがんばりますかー」
「部活がんばってね」
「ん! ありがと!」
ぐっと親指を立てつつウインクする、何だかカッコイイ早希ちゃんだった。
そんな彼女の後に続いて待ってましたというように、全員自分の荷物を持って教室を去って行く。
早くも残っているのはあたしと彼だけになる。
「じゃあ、帰る? 久々だけど」
「うん」
雨の日とこちらの部活休みが一緒にならない限り、あまりこういうシチュエーションにはならない。
彼の言うとおり、何だか久々だった。
「……今日は部活無いんだね。基礎練習とか」
「ん? んー、まぁ、そうだな」
玄関を出てからしばらくは無言。
ちょうど良いのか悪いのか、信号が赤になったタイミングで話しかけてみる。
「ホントは廊下でやるかーって話になってたんだけど、もうどこもやれそうな場所が使われててさ。仕方ねえな、ってことで今日は休み」
「ラッキー?」
「ってわけじゃないなぁ……。その分明日はガッツリ基礎練からやることになってるから」
「そっかぁ」
基礎練嫌いを公言する彼にとっては、今日の反動で明日はアンラッキーなのかもしれなかった。
「それに、今日の部活自体は休みだけど、基礎トレはしっかりやらないといけなくてさ」
「そうなの?」
「うん。でさぁ、各自でやった練習内容っていうのをしっかりメモして、それを銀ちゃんに提出しなくちゃいけないんだよね」
銀ちゃんというのは、歴史担当であり野球部の顧問である、小林銀二郎先生のことだ。
あたしたちが入学してきた年に赴任してきた先生で、彼の話によると元々は社会人野球の選手として活躍していたという経歴の持ち主だとか。
「野球部もそういうことしてたの?」
「いや、今年から。意識改革的なモノだ、って銀ちゃんは言ってたけどね」
「練習ノートみたいなことは、ウチの部活でもやってるよ」
自分のやったこととかを文字に書いて残しておくというのは大事なことだ、というのは別に部活動だけに限った話じゃない。
ダイエットのときに、自分の食べたものとそのカロリーを書き出すことで意識付けになる、と言う話はどこかで聞いたことがあった。
「なるほどね……」
少し考え込む。
「サンキュ。ちょっとやる気になった」
「……ならよかった」
――ということは、今まで全くやる気が無かったということなのだろうか。
彼の顔をちょっとだけ窺ってみるけれど、少なくともそこまで投げやりな雰囲気には見えなかった。
彼の意識改革の手助けになったのならよかったと思える。
「……聖歌?」
「うん?」
先ほどとは違う声色で呼ばれて、思わず彼の方を見る。
想定したよりもずっと真剣な顔をしていて、少したじろいでしまう。
「大丈夫か?」
「……何のこと?」
何も心配されるようなことは、無いはずだ。――たぶん。
「いや、気のせいだったみたいだ。何でもない」
軽く微笑んでふたたび前を向いた彼は、そのまま何も言わなかった。
元々無言が苦痛になるタイプではない。
どちらかと言えば、その方がラクだなんて思ってしまう方だ。
もちろん、話しかけられるのがイヤだというわけではないけれど、無理をして沈黙を作らないようにしてくれなくても大丈夫だ、という話。
思えば、去年の暮れあたりからだろうか。
何となく、隣を歩く彼の雰囲気が変わってきたような気がするのだ。
距離感は適度になった気がするし、話すテンポもほんの少しスローになった気がする。
そしていちばんの違いは、無言になることに対して極度の拒否感を持たなくなったことだろうか。
無言が30秒も続けば、以前ならば少々強引にでも話のタネを見つけようとしていたり『これなんて放送事故?』とか言いながらおちゃらけようとしていたけれど、今はただこうして歩いているだけで、肩肘をムダに張るようなことをしなくなった。
がんばりすぎなくなったという意味では、きっと良いことなんだと思う。
――そう、きっとこれが自然で、きっとあたしだけが不自然。
だからあたしは、こんなにも他の人の視線が、誰に向けられているか気にしてしまっている。
ここまでお読みいただきましてありがとうございます。
誰が誰を見ているのか、ご想像いただけると幸いです。




