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幼なじみの恋人は僕の友達 友達の幼なじみは僕のXXX 〜Crossroad Cantata (2) / Soir Sonnet〜  作者: 御子柴 流歌
4. スミレ

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4-9. アドリブが効かない


 かさばりやすい大きなペットボトルや冷蔵が必要な肉類は家の近くで買うことにしたが、それ以外のモノはすべて無事に揃えられた。

 棚に並べられている野菜の中からいちばん鮮度の良さそうなモノを見つけるのはどうやらボクの方が上手だったらしく、亜紀子(あきこ)がちょっと感心していたのはちょっとだけ嬉しかった。


「ポイントカードって結構持ってるの?」


「だいたいのスーパーのモノはあると思う」


「さすが」


「褒め言葉?」


「もちろんです」


 セミセルフレジで、レジ打ちをしていた方の視線の生暖かさは少し気になったが、それ以外は何事も無かった――気がする。


 いや――もちろん、ちょっと、いろいろと気になったことはあったけれど。

 他のお客の視線とか、時々触れた手とか。


「お付き合いいただきまして、誠にありがとうございます」


「いえいえ、こちらこそ」


 謎にお辞儀をし合った頃にはちょうど良い時間だった。


「じゃあ、そろそろ行きますか」


「うん」


「荷物重くない?」


「……それは、ボクが言うことじゃないかな」


「あ、そっか」


 あまりにも自然に言ってくるのでどうしようかと思った。

 そもそも重くならないようなモノを選んだので、その辺は気を遣ってもらう必要は無かった。


「ごめんね、普段のクセで……」


「お母さんの買い物とか?」


「そんな感じ」


 そう言って亜紀子が笑う。


「何となく、仲條(なかじょう)家のお買い物の光景がわかった気がする」


「そーお?」


「お母さん、結構まとめ買いするタイプなのかなー、とか」


「大正解。……まとめ買いっていうか、つい余計なモノを買っちゃうタイプ」


 なるほど、そっち系か。

 一応メモを書いてから買い物に行くけれど、結局帰ってくるころには謀らずも大荷物を形成してしまうタイプ。


「いるいる、そういうタイプ。……ウチもそれだし」


「なぁるほど」


 スーパーのエントランスへと出る。

 買い物をしている間に先ほどまで降っていた雨はかなり弱くなってきていた。

 これなら亜紀子が持っていた折りたたみ傘でも然程濡れてしまうことはないはずだ。


 一旦買い物袋を床に置いて傘を広げる。

 ちょっとやそっとじゃ壊れそうにもない、大柄な楽器を背負っていてもしっかりと守り切れるほどの傘だ。

 荷物を持ち直して前を向くと、亜紀子が小さな声で唸っていた。


「どしたの?」


「なんかミズキくん、やっぱり荷物大変そうだなって思って」


「そんなこと無いって」


「でも……」


 手持ち無沙汰そうに、傘を持っていない方手をもじもじとさせている。


 そもそもこの買い物に付き合わせてしまったのはボクなんだし、気にすることもない。

 その気持ちだけでもおなかいっぱいになりそうだ。


「あ。そーだ」


 とりあえず歩きだそうと思ったところで名案を思いついたらしい彼女は、ボクの真横にぴったりと立った。


「あ、ちょ……」


 傘を持っていた左手を握られ、そのままやんわりと傘を掴む手を解かれる。

 薄情にもボクの傘は、そのまま大きくない亜紀子の手に握られた。


「こうすれば、いいかな、って」


 傘の花が、ふたりの上に開いた。


「いつかのお返しだよ。……傘は、ミズキくんのだけど」


 笑顔の花が、ボクの目の前で咲いた。




         ○




「どもです」


「おお、来たか」


 ドアベルといっしょに、カウンターテーブルを拭いていたマスターのちょっと渋い声が迎えてくれた。

 今日はまだお客さんの姿がある。

 奥の方に座っているのは何度か見かけたことがあるお姉さまという感じの雰囲気の人で、こちらに向かって手を振ってくれた。

 会釈を返しておくことにする。


「こんにちはー」


「やぁ、亜紀子ちゃん」


 案の定、声の柔らかさが違う。

 その気持ちはわからなくもないけれど、あまりにもボクとの差が大きすぎる気がして、少しだけジェラシー。


「マスター? カワイ子ちゃんなのはわかるけど、明らかに態度変えるのはよろしくないわよ?」


「おっと、こりゃ失敬」


 ナイスです、お客さん。

 亜紀子は亜紀子で可愛い子と言われて、けっこう照れていた。

 言われ慣れていそうな気もしたが、そうでもないのだろうか。


「カウンターでいいか?」


 マスターに頷いて返しつつ、空いているところへ適当に座る。

 亜紀子も隣の席についてくれた。


「ボクはレギュラーで、亜紀子はラテ?」


「うん」


「……ってことで」


「……はいよ」


 ――ん?


「マスター、今、鼻で笑った?」


「気のせいだろ」


 素気なく返される。

 本当に小さく聞こえた様な気がしただけだったので、マスターにそう言われてしまえばそれまでだ。

 無駄な追求はしないことにして、コーヒーが出てくるのを見る。


 マスターに直接言ったことは無いけれど、このときのマスターの真剣な顔は、いつもの雰囲気とは全く違ってなかなか絵になるのだ。

 ランチタイムくらいだとカウンター席がキレイに埋まっていく傾向にあるのだけれど、それは間違いなくマスターの『顔』による集客だ。

 普段のおちゃらけたムードをしっかりとしまい込んで仕事をする姿は、わりとカッコイイのだ。

 ――でもそんなことを言うと絶対に調子に乗るので、今までに直接言ったことは無いし、恐らく今後も言わないでおくけれど。


「やっぱりおいしー」


「ありがとうね」


 満足そうな亜紀子の顔を見て、さらに満足そうに笑うマスター。

 この店の宣材写真にでも使えそうな雰囲気だった。


 そんなことをしている間にお客さんはぱらぱらと帰っていき、残っているのはボクらふたりだけになる。

 さてと、とわざとらしくマスターが呟いた。


「さあ、亜紀子ちゃん。コイツに何かリクエストはないか?」


「んー……」


 言いながらボクを指差す。

 亜紀子も悩み始めた。


「ところで、この前のオーボエはどうだ?」


「まだ慣らし運転。今日は持ってきてないよ」


「なんだ、ちょっと期待したのに」


 正直、持ってこようか迷ってはいた。

 でも雨降りでもあったし、もう少し特性を見てから披露したかった。


「私も聴きたかったなー」


「ほら、亜紀子ちゃんもこう言ってるのに。まったく、お前ってヤツぁ本当に甲斐性が無いな」


「うっさい」


 そういう揶揄(からか)いはめんどくさいから勘弁だ。


「だったらお前、たまにはピアノ弾けよ」


「ピアノ?」


「あ、それイイですねっ」


 たしかに、ピアノはかなり前に弾いたきり、亜紀子には聴いてもらっていない。

 当の本人も、久々に聴きたいかもー、なんて言って、ちょっとテンションが上がっていた。

 ならリクエストにはしっかり応えないといけないが――。


「そうそう。亜紀子ちゃん知ってたか? コイツ、最近ジャズピアノの弾き方練習始めたんだぞ」


「あ、ちょっとマスター」


 何でそれを勝手に言っちゃうかな。


「え? そうなの?」


「まだまだ全然。まともになんて弾けないから」


 昔から聴くのは好きだったけれど、基礎がしっかりしていないと手を出しちゃいけないと思って脳内トレーニングだけで済ませていた。

 それを知ってか知らずかマスターが教本の類いをくれたので、折角だから始めてみたと言う話。


「そうそう、本当に全然だから。お世辞でも大袈裟でもなく」


「……お世辞ならもうちょっとオブラートに包んでよ」


「なーまいきなこと言いよって」


 というか、お世辞は褒め言葉であって、今のはこれっぽっちも褒めの要素が無い。

 湿度の高い視線をマスターに送ってみるが、意に介したような素振りも無く言い返される。


「だってコイツ、全然アドリブ効かねえんだもの。アタマがカタいっつーかさぁ」


「そりゃマスターみたいにくねくねしてる人には敵いませんて」


「こンの野郎」


 ピアノを弾くというのは全然悪くない。

 練習も、たまにはいつもと違う人に聴いてもらうのだって、きっと効果があるはずだ。

 マスターの言い方にはちょっと納得がいかないものの、逆襲の一手は撃てたはずだ。

 そう思いながらピアノへと向かうことにした。


「なぁ、瑞希(みずき)よ」


「うん?」


 楽譜の準備をしていると、マスターが耳打ちをしてきた。


 ――とっても、とっても、イヤらしい顔をしながら。


「マスター、そのスケベ顔は他の人には見せない方が良いですよ?」


「他の人ってーと、誰だい?」


「誰って、……それは、亜紀子とか」


「……ふーん」


 にやり、とするマスター。


 その真意に気が付くのが、あまりにも遅すぎた。

 完全に油断していた。


「……あ」


「いい、いい。皆まで言うな、皆まで言うな」


 マスターは全知全能を装ったように目を細めて、ボクの肩を数回叩く。


「そもそも前回お前たちふたりで来たときに、亜紀子ちゃんが『ミズキくん』って言ったあたりで薄々気付いちゃあいたからな」


 笑いながらカウンターの奥へと下がっていくマスターに亜紀子は何やら訊いていたが、マスターはその笑顔を崩さずにあしらう。

 たしかに先ほどのスケベ顔を晒していないのは良いことなのだが、これからこの店に来るときにどんな顔をして入ればいいのかわからなくなってしまった。


 なるほど――これこそ『アドリブが効かない』ということなのか。


 そんなことを冷静に考えている自分の脳細胞が滑稽に思えてきた。



 ここまでお読みいただきましてありがとうございます。


 前回わざと泳がせておいたマスター、なかなかのワルです。

 ミズキを突く方が楽しいですからね。


 次回は、もうひとつのデート……のようなもの。

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