1-5. いつもと違う帰り道
今日も今日とて、楽器たちの友達を演じさせてもらう。
彼ら、彼女らは、そんなことまったく思っていないだろうけど。
もしかすると、『君たちは私の下僕でしょ?』くらいのことを感じて音を出してくれているのかもしれないけれど。
だけど、それくらい思わせてほしい。
これくらい思ったっていいでしょう。
長い付き合いなんだから。
そりゃあもちろん、パートナーだって胸を張って言えるときが来てほしいと思っているけれど。
「おっつー」
「おぉ、おつかれー」
「……なんかけっこうガチで疲れててビビるんだけど」
「そう見えるか」
いつも通りの返事をしたつもりだったが、神流には何か感じるところがあったらしい。
薄々気がついてはいたが、ウチの部員たちはああ見えて予想以上に人を観ることができるヤツが多い。
「なんかあった? そっちの方全然気にしてなかったけど。っていうか、そんな余裕ないけど」
「いや、それで一向に構わないんだけどさ」
そりゃそうだろう。
自分の練習中に他のパートを気にしている余裕なんて、そんなにあるわけがない。
怒鳴り声とかが響くような気が散ってしまう状況ならわからなくはないが、ウチの部活ではそういうことにはほぼならない。
目に余りすぎるようなレベルの悪ふざけがあれば話は別かもしれないが、そのあたりの分別も付いている。
至って平和なものだ。
「それで? パート練? 自主練?」
またしても察しのいい、むしろ良すぎるくらいの質問が飛んで来た。
「どっちかと言えば、自主練かなぁ……」
「へえ。ま、予想通りっていうかなんていうか」
「そうか?」
そう思われる要因を見せていた記憶はないのだが。
「だってミズキ、そもそもパート練に対して文句は言わないタイプでしょ」
「……あー、なるほど」
思い返してみれば、練習中に口に出してマイナスになるようなことを言ったことは無いと思う。
そんなことを言っても意味は無いと思っているのもあるが、それ以前に意見のようなものを言ったりすることも珍しいと思う。
「実際問題、文句自体は無いからなぁ」
「自分の敵は自分、っと」
「そうじゃねえよ」
面倒なことばかり言う。
「とりあえず、ミズキの場合はなんか甘いモノでも食べるか飲むかすれば平気っしょ? フラペチーノあたりでイイんじゃん?」
「……随分簡単に片付けてくれるなぁ」
「アンタの今の悩みって、たぶん気分転換が必要なタイプよ。ぐちゃぐちゃ考えてたら余計に深みにハマるから」
「……んー」
あまり否定ができなかった。
考えすぎは、身体にも脳にもあまりよくない。
それはわかっている。
わかっているけどなかなかままならないのが現実。
そういうときこそ、背中を押す――というか、いっそのこと蹴り飛ばしてくれるくらいの勢いでやってくる仲間がいてくれるとありがたいのだ。
「なるほどな」
「参考になった?」
「割と。参考になったっていうか、ラクになったっていうか。そんな感じかな」
「それならそれで良いわ」
ニシシっ、といたずらっ子のような笑みを浮かべた神流は、そのまま。
「このお礼はフラペチーノで許してあげる」
「えっ」
途端にありがたみが薄れた気がした。
疲労感10%増量な雰囲気で神流とともに階段を下り終えたところで、見知った陰を生徒玄関に見る。
それは神流も同じようだった。
「アレ!? アッコちゃん?」
「あ、カンナちゃんと海江田くんだー」
「……お前、今すごい声出たな」
「うん、自分でもびっくりしてる」
神流にしては珍しいほどに高い声が生徒玄関に反響する。
空間がすべて神流の声で満たされていくような流れを見てしまった。
その驚きの原因といえば、神流が言ったとおり、玄関に仲條さんの姿があったからだ。
「こんな時間に珍しいね。どしたの?」
「うん、ちょっとこっちに用事あったの思い出したのと、忘れ物もあったからそれを取りに戻って来たの」
運動部系の部室が集まっているエリアはここから少し距離がある上に、校舎の構造上外周を大きく回ってこないといけない。
ほんのりと疲れているように見えるのはそのせいもあるかもしれない。
「なんだか珍しい状況が続くね」
「なんかね」
「今から帰るとこ?」
神流が言う。
「うん」
「だったら私たちといっしょに帰ろー!」
――私『たち』?
「イイの?」
「あったりまえだぁ、べらぼうめぃ」
「江戸っ子か」
突然のべらんめえ口調だった。
いきなりこういう風に意味のわからないテンションに切り替えるのは、周囲からすれば疲労感マシマシだからちょっと勘弁してほしい。
ところで。
「私たちってのは、ボクも含まれてるってことでイイの?」
「むしろ他に誰がいるのよ」
「……背後霊とか?」
「見えないからノーカン」
それでいいのか、神流。
「っていうか、ミズキは見えてるの?」
「まさか」
「だったらアホなこと言わないで、いっしょに帰るの!」
そこまで言われて、とくに拒否する理由はなかった。
「ふたりって、帰るときはいっしょなの?」
悪ふざけのような言い合いを聞いて、仲條さんが微笑みながら訊いてきた。
「……うーん。いや、そうでも」
「ないなぁ」
少し考えた神流の後に繋げるように言ってみる。
とくに神流が否定してくることもなかったところを見ると、恐らく神流も同じ感想だったのだろう。
「あ、そうだったんだ」
「でもこの前は、先輩もいっしょに帰ったよね」
「そうな」
この前というのは、春紅先輩といっしょだったときのことだろう。
帰りの地下鉄の車内で浴びまくった生暖かい視線を思い出して、また疲労感が少しだけ蓄積した。
「ミズキ、部活終わったらフラーっといなくなるから」
これは先輩たちにも同級生たちにもよく言われる。
自分では、付き合いが悪いとは思っていない。
だけれど、何だかんだと帰り際に用事――主にスーパーに寄ることだが――があったりすると、極力急いで帰ったり、逆に敢えて音楽室でこっそりと時間を潰したりすることがある。
そのことを指して言っているのだろう。
わりと死活問題ではあるけれど、コレを口に出すのはちょっと気恥ずかしいところがあった。
「……いろいろあるんだよ」
「いつもそれ言ってるけどさぁ。何よ、いろいろって」
「いろいろは、いろいろだよ」
とくにコイツにバレるのだけは、勘弁願いたいところだった。
「……あー、そっか」
ボクにだけギリギリ聞こえるくらいの大きさで、隣から声が聞こえた。
そちらを見れば、今朝も見た仲條さんのいたずらっぽい笑顔があった。
何かに納得したような声だったが、その何かを口に出して言わないあたり、仲條さんの優しさが見える。
なにせ彼女は、ボクがなぜ付き合いが悪い風の行動をとっているかを知っていた。
「そういうこと、だもんね」
「そうそう」
「ちょっとぉ、なになに?」
仲條さんと同じように小さく頷きながら返したが、それにはさすがに神流も気づいてしまった。
まさに迂闊。
ボクの右に神流が、左に仲條さんがいるというこの配置。
仲條さんの反応が神流からは見えなかったとしても、ボクの反応は神流には丸わかりだった。
「なんか、そっちふたりだけで通じ合ってる感がちょっとムカつくんですけどー?」
「なんでだよ。っていうか、別に通じ合ってはいないと思うぞ」
「そこで断言しないあたりが怪しい、って話よねぇ?」
なぜそこで仲條さんに同意を求める。
「言葉の綾だろ?」
「ほんとーにぃー?」
「ホントだっての」
「私はむしろ、カンナちゃんの方が海江田くんと通じ合ってるような気がしてるけどなー」
ナイス、仲條さんの助け船。これでちょっとは神流の反応もマシになる――。
「……えー」
「何でそこで嫌がるんだよっ」
そこまで食いついておいてその反応って、どういうことだよ。
「他意は無い」
疲労感がさらに上乗せされた気がした。
ここまでお読みいただきまして、ありがとうございます。
仲條さんのターン、もうちょっと続くのぢゃ。