4-8. 雨の日は買い物日和?
新人たちの練習とそのサポートが本格化してきたことで、どの生徒も一気に余裕がなくなってきた。
いろいろな意味でキツくなってきてはいるけれど、先日のネタ話を蒸し返されることもなかった。
思った以上に話の賞味期限が短くて助かる。
そのおかげで、たしかに練習とかは厳しいけれど、個人的には少しだけ精神的な余裕が生まれていた。
そんな中、今日は幸いにして部活が休みの日。
だけど不幸なことに雨模様。
この時期はまだそこまで春らしくない、ストーブをつけたくなるような日も多い。
そんなタイミングでの雨に身体を濡らしてしまえば、あっさりと風邪なんかひいてしまいそうだった。
「さて、と……」
こうして窓越しに雨粒を眺めていても仕方がない。
とくに学校内で油を売ることもないし、そろそろ帰ろうか。
帰りに何か買っていかないといけないモノはあっただろうか。
そういえば買い物メモはスマホに取ってあったはずだったな。
そんなことを思った時だった。
「お?」
メッセージ、着信。
グループチャットではなく、ダイレクトメッセージの方で、しかもその相手は――。
「ん? 亜紀子?」
ちょっと意外な人だった。
連絡先交換をしたのはかなり前だけれど、実際にやりとりをした回数はかなり少ない。
日頃学校内で話をするので用足りているような印象は、ボクにも彼女にもあるのだろうか。
そのあたりのさじ加減はよくわからなかった。
そういえば、教室に彼女の姿は無い。
そもそもいつの間にかほとんどの生徒の姿が無かった。
たしかにいつもならすみれといっしょに部活へ向かっているくらいの時間だろう。
だけど、とにかく今はそんな亜紀子からのコンタクトがあったわけで。
何かあったのだろうか。
廊下の壁に背を預けながら、メッセージを確認する。
――『今日って部活休み?』
何かと思えば。
――「休みだけど。どしたの?」
雨であれば、恐らくテニス部は、休みになるか屋内での活動になるかのどちらか。
学校施設の都合上、基本的に雨天中止になりがちな月雁高校運動部だ。
良くて玄関前のホールで筋トレをさせてもらえるくらいで、廊下ランニングや階段走は基本的に禁止されている。
旧校舎時代は許可されていたらしいが、まだ新しい校舎になってから禁止になったという話だった。
返信は早かった。
――『マスターのお店行くのかなーって思って』
なるほど、それか。
――「行くよ。よかったらいっしょに行く?」
――『ご一緒させてほしいなーって』
そういうことならば一向に構わなかった。
今どこにいるのかと聞けば、ここからすぐそばにあるスーパーだと返事が来た。
少し意外。
てっきり生徒玄関か、いいとこ最寄りのコンビニかと思っていた。
――「全然構わないよ。ところでお目当てはいつものラテ? それとも別のもの?」
――『たぶんどっちもかな』
今日は自分の楽器を持ってきているわけではないので、ちょっと申し訳なくなる。
しかしそれでもこれは、ボクにとっては好都合。
このまま直行しても別にいいけれど、マスターのお店はまだ通常営業の時間帯の真っ只中。
いつもの雰囲気を味わいたいのならば、どこかで時間を潰さないといけなかった。
スマホメモを見れば、基本的にそのスーパー内で済ませられそうなモノばかりだった。
亜紀子にはちょっと申し訳ないけれど時間を取ってもらおう。
そんなことを思いながら、教室内のハンガーラックから自分の傘を取った。
○
「お待たせー」
「ううん、全然」
亜紀子はお店の外からでもわかりやすいところに立っていると言ったが、それは止めてもらっていた。
案の定、この判断は正しかった。
見れば彼女の手には折りたたみ傘。
それひとつでこの氷雨にも似た春の雨を受け止めさせ続けたら、見てるコチラが熱を出してしまいそうだった。
「こっちこそ、ごめんね。何か催促したみたいな感じになっちゃったし」
「いやいやそんな」
「やっと……」
「あ、そうだ。ちょっとここで買い物してい……うん?」
何か言っている途中だったのに、その流れをぶった切ってしまった。
「ううん。なんでもない。それで? お買い物って?」
「うん、ちょっとココで済ませられそうだなぁ、って思ったんだけど……。いいかな?」
「だいじょーぶ。っていうか、むしろそんなこと気にしないで」
何でもない事も無さそうな雰囲気は一瞬だけ。
気にしない方が良いだろうし、余計に触れない方がいいのだろう。
「そこまで時間はかからないと思うけど、ごめんね」
「気にしない気にしない」
笑顔で応えてくれた亜紀子に笑みを返して、入り口のところにあったカゴを取る。
たぶん不要だとは思うけれど、何となくいつものクセでカートも使うことにする。
「何買うの?」
「……ちょっと待ってね」
と言いつつも、ボクの目線はレジのそばに貼られた折り込み広告に向いている。
ウチの近所にあるスーパーと同じ系列なので、特売品の書き方などは見慣れているモノだった。
併設されているドラッグストアも、ボクがポイントカードを持っているお店なのでこちらも安心して買い物ができる。
ひとり納得して、スマホのメモを出した。
「これなんだけど、とりあえず全部見ていくね」
「うん」
頷いた亜紀子が自然にボクの横に並ぶ。
そして、画面を覗き込んでくる。
「重たくなるようなモノは家の近くで買うことにして、軽そうなモノだけ選んでいくよ」
「ん、それがイイと思う」
乗り換え込みの地下鉄で帰るのに、重たいモノなんて持って帰りたくはない。
極力そういうモノは持ち運ぶ距離を短くしたいと思うのが人情だ。
「まぁ、エコバッグはあるから大丈夫なんだけどね」
「え」
というか、あらかじめ出しておいた方がいいかもしれない。
通学用のカバンに仕込んでおいたエコバッグを、武器でも取り出すみたいな感じで出してみる。
「しかも結構丈夫な……って、どしたの?」
ちょっと驚いたような顔を見せた亜紀子だったが、すぐにくすくすと小さく笑い始めた。
「ううん。なんか、慣れてるなぁ、って思って」
「そりゃー、まぁ、慣れるよね」
こういう生活になって長い。イヤでも慣れてくるモノだった。
新聞の折り込みはチェックするし、ウェブ広告も見る。
もちろん、これは逃せないというモノがあれば、スクショや写真を撮るし、スマホのリマインダにも登録しておく。
効率良く買い物をするにはどのルートを採ればいいのかなんてことも、どんなモノを買うのかによって使い分ける。
「そういえば、このメモって、お店の棚の並び順になってる?」
「ん?」
そうだろうか。自分のメモだけど、もう一度よく見てみる。
上から順に、お茶とか飲み物から、魚、肉、冷凍食品類。
ドレッシングとか、調味料とか。
で、最後に野菜。
次に店内の様子を見てみる。
たしかに、店内を反時計回りに進んで最後に内側を通過すれば、このメモ通りになっていた。
「……気が付かなかった」
「無意識に書いてたとか?」
「たぶんそう、かも。ここ、ウチの近所のスーパーと同じ系列だし」
脳内でお店の中を見て回っていたのだろう。
まさか、適当に思いつくままに書いていたと思っていたメモが、そんな法則の下に成り立っていたとは思わなかった。
「いつもお店から帰る時のお買い物って、こんな感じでしてるんだなー、って思って」
「……あ」
しまった。
何となく所帯染みたような雰囲気のところは、同級生含めて他の人には見せないようにしていたのに。
どうした、海江田瑞希。
なぜ、今こうして、他の人といっしょに買い物なんてしているんだ。
しかも、自分から誘っているじゃないか。
さすがにこれは油断しすぎじゃないだろうか。
「……何か、無性に恥ずかしくなってきた」
「あはは……」
苦笑いを浮かべている亜紀子の頬には、何故か朱がさしていた。
ここまでお読みいただきましてありがとうございます。
この作品にはちょっと珍しいデートっぽい回でした。
もうちょっと続きます。




