4-7. またひとつ、過去の切り売り
「それで? 何でそっちの学年でもその話題が出てきたの?」
早朝散歩に関しては別段悪事と言うことでもないはずだし、何かを蒸し返される謂れも無いと思っているのだけど。
そんな疑問はあっさりと榊原さんが解決してくれた。
「3日間の過ごし方ガイダンスみたいな中で、『あまり遅くまで部屋での交流をしすぎるな』っていう話の流れになったときに『朝活としてこういう抜け道は推奨する』という話で紹介されてました」
「ああ、そう……」
まさかの、教職員のお墨付きだった。
「朝活とはなぁ。モノは言い様って感じもするけど」
「でも今年、実際にやった生徒居ましたよ?」
「マジかぁ」
「真夜中まで騒がれるのは困るが、普段学校に来るときくらいの起床時間でやられる分には一向に構わん、ってウチの担任も言ってましたし」
何だかおかしな流れを作ってしまって、若干後輩たちに申し訳なくなる。
別にボクらはそういう理由でやったわけでもないし。
そもそも、あの日だって3時くらいまでこっそり両隣の部屋のヤツらといっしょにポーカーをやっていて、眠気もそこそこあったわけだし。
ある意味では謎のハイテンションの賜物だったのかもしれない。
――その辺を含めて、修学旅行とかそういうイベントの醍醐味みたいなところがあると思う。
実際、月雁高校は進学校として有名だが、校則などの拘束がかなり緩い。
いわゆる『生徒の自主性に任せる』タイプの学校だが、その辺も理解した上でしっかりとした行動を取れる生徒が多いというのも特色のひとつかもしれない。
周辺の高校の中には、スマホの類いは学校内では必ずオフにしろとか、そもそも持ってくるなとか、そういう校則になっているところを知っている。
月雁高校におけるスマホ関連での禁止事項と言えば、校内にあるコンセントを使ってスマホの充電をするな、という程度だ。
ポータブルバッテリーの持ち込みは当然許可されているので、それを使うようにと言われている。
そのあたりでも充分自主性が重んじられていると思う。
「でも、やっぱりミズキが引っ張ってきた感じかぁ」
神流がへらへらしながら脇腹あたりを小突いてきた。
「何がさ」
「自然と周りがついていく感じあるよね、みずきくんの場合」
「和恵さんまで何を言いますやら」
そういう意図なんて無いというのに。
この学校では、周りのヤツらがイイ感じにノってくれるから然程嫌な気分にはならないけれど。
「悪目立ちさせられるのだけは本当に勘弁なんだってば」
「あー……、去年の今頃とか?」
何か悪さを考えているような顔で、ボクの肩に腕を回してくる神流。
その実、視線は明後日の方向を向いている。
怪しいなと思えば案の定、その視線の先には春紅先輩の姿があった。
「なぁんのはーなしぃー?」
絶対この人、途中からガッツリ聞いてたぞ、これ。
地獄耳でここにやってきたパターンじゃないぞ、これ。
「ミズキってば、去年早々に悪目立ちさせられたこと恨んでるんですってー」
「言い方悪すぎる」
恨んではいない。
恨んではいないけれど――その、ほんのちょっとくらいは、『アンタ何をしてくれたんだ』とは思っていたけれど。
クラスに馴染む機会になった、と考えれば少しだけ溜飲は下がったけれど。
「えー? 私がぁー?」
そういう態度でそういう顔をして言われると、明らかにあれは狙ってやったんだなぁってことをイヤでも理解してしまうワケなんですよ、春紅先輩。
あんなこと、狙ってたんじゃなければ何なんだ、と言う話でもあるけれど。
「春紅先輩、高島先輩。何があったんですか?」
ああ、ほらやっぱり。ものすごく興味津々な顔をする後輩3人衆。
中でもイチバンの食いつきを見せたのは中園さんだった。そりゃそうだろう。
神村春紅というニンゲンが絡んできて、彼女たちにとって外れ展開になったことなんてほとんどない。
信頼と実績の神村春紅先輩だ。
実はねぇ、ととても楽しそうに、神流と春紅先輩がボクを生殺しにし始めた。
新入生歓迎会直後の昼休みは、部活動勧誘の最初の舞台。
そこでウチのクラスにやってきた吹奏楽部員。
その中にいた春紅先輩はボクを見つけると、思いっきり叫んで名指しにした。
あることないこと情報を付け加えて、本当に嵐のように去って行ったあの顛末。
思い出しただけで何となく疲れが溜まってくる感じがした。
「あっはは!」
「ねー、傑作でしょ?」
「もー、見てみたかったなぁ、その時の海江田先輩」
「見世物じゃないやい」
爆笑する笹川さん。
そこまでではないものの、どうにも腹筋を痙攣させていそうな榊原さんと中園さん。
何故か和恵さんたちまで笑っている。
「早希とかが笑うのは何か違わない?」
「あーいや、ごめんね。思い出し笑い的なアレ」
思い出しているのは恐らく仮入部期間が終わった直後の日、全員の前で自己紹介していく流れで件の話を春紅先輩からされたときの光景だろう。
ああいうのは決まって、当事者ではないラクな立場から見ているのがいちばん楽しいものだ。
いいよなぁ、対岸の火事だもんなぁ。
「そう考えると、先輩たちは別にそういうことしてこなかったですよね」
「いやいや、それが普通でしょ。……たぶん」
あの時は、何故か顧問であり春紅先輩の父親でもある神村篤紀先生が、ボクの月雁高校入学を自分の娘にバラしたことが原因だ。
「そもそも誰が入学してきててその中で誰が吹奏楽経験者かなんて、ふつうの生徒は知らないでしょ」
「あの時はウチのお父さんが私たちにリークしてくれたの」
ふつうはそれをしちゃいけないと思うんだけど、そのあたりは一体どうなっているのやら。
それに先輩たちも、それを知ってたとしても、後からこっそり声をかけるとか、もう少し穏便に済ませられる方法はあったはずだ。
完全に面白がった結果、ああいうことになったんだろうけど。
「あれでボクがもし、『吹奏楽はもうやらない』って腹を決めて入学してきてたらどうなってたんですかね?」
「……辞める気あったの?」
「いいえ、これっぽっちも。いいとこ、どの楽器をやるか考えてたくらいですけど」
進学を機に楽器の転向なんて良くある話だ。
実際にボクはサックスからオーボエになったわけだけど。
「じゃあ、イイじゃん。そんなたらればの話は必要ないっしょ?」
ばっしばしとボクの肩を叩きつつ、春紅先輩が笑う。
たしかにそれを言われてしまえば、後の反論は着いてこないのだけれど、やっぱりどこか釈然としないところはあった。
「そういえば、入部直後はミズキってサックスだったもんねえ」
「中学から引き続きでな」
どの楽器をするかと言う話から、神流が訊いてきた。
「有希ちゃんたちは知ってることだけど、瑞希くんって基本何でも吹ける子だからね」
「何でもは言い過ぎですけど」
「木管は行けるでしょ?」
「……まぁ」
あまり自信満々に言うところではないような気がして、春紅先輩の言葉には曖昧に返しておく。
ただ単純に、いろんな楽器に触れる機会が他の人よりも多かったから、という話だ。
それにあまり触らなくなった楽器はやはりヘタになるもので、この前の新入生歓迎会で吹いた曲のフルートパートをマスターのお店でやってみたが、見るも無惨・聴くも無惨な内容だった。
あれを吹ききった我が校のフルート部隊はやはりスゴかった。
「でも、ホント、先輩ってばスゴかったんですよ。ね!」
「そうそう。あれって、私たちが1年のときだよね?」
「学校祭でしょー? 間違いなくアレは……」
「ストーップ! 笹川さん、ストップ!」
先ほどとは比べものにならないくらいに、雲行きが怪しくなってきた。
容赦なく話を流れを止めることにした。
「あ! コイツ、絶対良いところで止めたよ!」
「おい、ふざけんなよ海江田ぁ」
「なんでー!!」
神流をはじめとした連中の大ブーイングが音楽室に響き渡る。
「知らん。今日はさっきの宿泊研修早朝散歩事件だけで充分だわ」
「事件て」
これ以上自分のネタを切り売りさせられるのは勘弁だった。
ここまでお読みいただきまして、ありがとうございます。
中学時代の瑞希に纏わるエピソードはまたいずれ。
……たぶん、次の月雁祭のタイミングで語られそうな気がします。
さて、次は「デート回」です。




