4-6. またひとつ、思い出話
巷ではゴールデンウイークの予定がどうちゃらと語られ始める時期。
出がけに見たローカル局が流す情報番組でも、頻りにこの界隈のお出かけスポットなんかを紹介していた。
正直、そういう行事モノからは何年も前からご無沙汰だ。
それ以前に遡っても、だいたいが母さんの出先に着いていくのが関の山。
それなりに良いところには連れて行ってもらってはいるが、結局観光らしい観光はその土地の美味しいお店数軒を巡る程度。
今テレビの画面に映し出されている桜の名所のようなところとは、残念ながら縁遠かった。
「あれを旅行と言えるかどうか、って話だわな」
たぶん、旅行ではない。
母さんにとっては、少なくとも半分は仕事だ。
いや、たしかに、あの人はどんなことでもとにかく楽しめる要素を見つけて、それを思いっきり満喫するのが得意な人だけれど。
VTRに出ていたレポーターである地元のモデル事務所に所属している女の子が、収録の様子を熱っぽく語っている。
ああいう感じの連休を過ごしてみたい気もしているが――。
「ま、無理だろうな」
ため息をつきつつ、テレビを消した。
月の終わりが近付いてくるこの時期はいつものパン屋さんが新メニューを繰り出してくるのだが、今月は思った以上にボクの好みにどストライクで困った。
そのせいで昼のパン選びに思った以上に迷ってしまい、気が付けばいつもより5分遅れ。
今日選び切れなかった分は明日以降の昼のために選ぶことにしよう。
ごめんね、とくにクリーム入りメロンパン。
君のことは明日必ず選ぶよ。
「あれ? 瑞希じゃん」
「ん?」
信号待ち、真横から声がかけられた。
振り向けばやや低いところに、朝から元気な笑顔があった。
「おお、おはよう大輔」
「はよっス。朝いっしょになるのって初めてか?」
「……あー、たぶんそうだな」
こっちとしては、大輔に対して割と朝に弱そうな印象を持っていたので、いっしょになるわけが無いと思っていたくらいだ。
「いっつもこんな時間なのか?」
「いや、いつもより……ちょっとだけ遅いな」
言いながら、パンの袋を見せる。
「迷ってたんだよ、何にするか」
「……ぶふっ」
「なんで笑うんだよ」
噴き出された。
ちょっと心外。
肩あたりをぱしっと叩いてやる。
「いやいや、すまん。何となく意外な感じがしてさぁ」
「そうか?」
ははは、となおも笑っている大輔を横目に見ながら訊いてみる。
「物事をすぱっと決めそうな印象があったんだよ、お前に」
「……んなこたぁ、無いと思うけどな」
「ん。だから、ちょっとお前の情報をアップデートしとくわ」
「『思ったより優柔不断』ってか?」
「卑屈だなぁ」
そう言いながら楽しそうな大輔に、何となく気持ちが上向くような感じがした。
○
上向いたような気持ちは、やっぱり勘違いでは無かったらしい。
気の持ち方は体調にも影響するようで、今日は眠気に苛まれることもなく無事にすべての授業を乗り切ることができた。
週に1回くらいは大輔を投与するのも悪くないかな、とかいう気の迷いを覚えてしまうくらいだった。
――が、当の本人は昼休み明けの数学の授業で思いっきり居眠りをしていた。
数学担当の萩野宏之先生にやんわりとたたき起こされた挙げ句、演習問題を解くように言われるという定番のネタをぶつけられ、面白いくらいにてんやわんやになっていた。
「みずきくん、いこーぜ!」
放課後。
机と椅子を教室の後ろ側に下げ終わったところで、早希が声をかけてきた。
キラッと歯を光らせてサムズアップ。
――何の真似だろう、今までされたことのない声のかけられ方だった。
「テンション高いなあ」
「まぁまぁ、とりあえず行こうよ」
傍らの和恵さんはとくに気にした様子も無い。
何かのネタのような気もしたが結局はただのノリだったらしく、音楽室に着く頃には通常営業に戻っていた。
「こんちはー」
「あ、海江田先輩!」
扉が開いた音を敏感に察知した女子生徒が3人、揃ってこちらに向き直った。
そういえば今日は宿泊研修後の休み明けということで、1年生が登校再開になる日だった。
「ああ、だからさっきの謎テンションってこと?」
「そうかもねー」
「なんだそりゃ」
よくわからない感じで早希にはぐらかされたが、それに対して突っ込んでいる余裕は無かった。
「お土産あるんで、持ってってくださいねー」
「マジか」
「おー!」
「わ、おいしそー」
見れば、結構立派な箱に入った和菓子っぽいモノが見える。
ボクの両脇から顔を出すようにして早希と和恵さんもテンションアップ。
去年の日程と同じであれば最後の最後に一応観光めいたことをしていた気はするが、そこまでしっかりとしたモノは買えていない。しっかりしてるなあ、なんて思ったりはするものの。
「あと、一応、他の先輩も来てるからね」
ボクだけに圧し強く挨拶するのも、ちょっと――ね。
「待ってみずきくん、『一応』って何?」
「わりと、みずきくんの言い方の方が失礼感あるよねえ」
――あれ? 味方じゃない?
じっとりとした視線を向けられてはさすがに謝るしかない。
とりあえずふたりにはお土産の選択権を優先して差し上げることにした。
練習後の空腹を満たす目的でいただくとして、カバンの一番上に置いておく。
そのまま今日の準備をしようと思ったところで、真後ろから陰がさした。
誰かと思えば後輩トリオの一角、笹川さんだった。
「海江田先輩って、今はオーボエなんですよね」
「ん? うん、そうね」
「もうサックスは吹かれないんですか?」
少し寂しそうな声色に聞こえたのは気のせいだろうか。
笹川さんもそうだけど、この後輩たち3人はともに中学校時代はサックス担当だった。
こういう感じで話しかけてくるのは、恐らく入部当時の指導役のようなことをしていたのもあるとは思っている。
「いや、吹いてはいるよ。サックス自体を辞めたわけじゃないから」
「そうなんですねー……」
「もしかして、……楽器で悩んでる?」
「……まぁ、ハイ」
そんなもんだろう。
最終的にパート割り振りの関係とか、技術的なモノとかで、希望の楽器にならないこともある。
「今は特に気にしないで、やりたいのがあるならハッキリ言った方がいいよ」
「です……かね?」
「そりゃそうだよ。あっさり希望外にさせられるよりはよっぽどイイでしょ」
ヘンに自己主張をしないでいるより、きっと有意義だ。
「……ありがとうございます。んー、やっぱり海江田先輩だぁ」
「何がやっぱりなのかわからないけど」
苦笑いをしつつ、お土産エリアに戻ることにする。
「そうそう。そういえば、先輩。もうひとつ」
「うん?」
笹川さんにはまだ疑問があるらしかった。
「宿泊研修で、ちょっと面白い話聞いたんですけど」
「……うん?」
どうもタイプの違う質問のようだが、あまりイイ予感がしない。
そういう前振りで話される内容にまともなモノなどあったためしがない。
この子たちにもその理論が当てはまるのかどうかはまだわからないが、警戒しておいて損はないような気がした。
「去年の宿泊研修の時に、早朝散歩をしていた生徒たちが居た、って聞いたんですけど」
「……うん」
「あ、ウワサ的に聞いたことある」
「私は初耳ぃ」
食いついてきたのは、いつの間にか来ていた神流とエリー――小松瑛里華だった。
「その中に、たぶんですけど、海江田先輩いませんでした?」
「……よくわかってるなぁ」
「やっぱりー!」
いえーい、当たったねえ、なんて言いながら3人がハイタッチを交わしていた。
「早朝散歩とか、アンタそんな爺さんクサイことしてたの?」
「いや、あれは……、まぁ、結果的にはそうなったけどもさ」
そう、最終的に早朝散歩になっただけだ。
この学校の宿泊研修は、パウダースノーで有名なゲレンデの近くにあるリゾートホテルで行われる。
ウワサではこの学校のOBのツテで宿泊先が毎年ここになっているとか、そういう話を聞いたりするが、それはともかく。
さすがにこの季節になれば山頂付近程度にしか雪は残っていない。
ただ、その景色がまた綺麗なわけで、写真に撮りたくなってしまった。
「で、こっそり抜け出そうと思ったら、同室のヤツにバレてさ。『寝起きドッキリにでも行くのか』とか言われるし」
「それで?」
「ちょっとそこら辺の写真撮ろうと思って、って正直に言ったら、タイミング良く朝陽がばしーん、と」
あの景色は今でもハッキリと覚えていた。
「これはいい、映える、ってことになって、『みんなで行こうぜ』って話になった結果、気が付けば7組男子勢揃いの大所帯に」
「女子も呼べば良かったのにー」
去年のクラスメイトである神流は、ものすごく不満げだった。
「それはほら、男子会みたいなもんでさ」
「うーわ、なまいきー」
うげー、なんて言いながら神流は舌を出す。
そうは言うけど、のっけからゲスい話を始めたヤツらが居たせいで、全員女子を呼べるテンションじゃ無くなってしまった。
――そんな話、さすがにこんな場で出来るわけがなかったので、ここでは伏せておくことにした。
ここまでお読みいただきましてありがとうございます。
息抜きのような回です。




