4-4. そういう意味じゃない
意外にも学校のコピー機を使うのが初めてだった和恵さんのサポートをしつつも、何とかノルマとなっている部数の印刷が終わった。
丁度良いタイミングで購買前に来ている生徒の数も減ってきていた。
基本的に購買を使うことが多いという早希の付き添いで、3人そろって購買に向かう。
「あ、よかった! 入ってた!」
嬉しそうな声を出す早希。
彼女の視線を追えば、そこには無地のルーズリーフ。
「あー、昨日来てた娘だねー。良かった、さっき丁度来たとこだったの」
「うわぁお、ナイスタイミング!」
いえーい、なんて言いながら購買のおばちゃんとハイタッチなんて交わして、早希はルーズリーフを2セット購入。
そのまま昼ご飯も選び始めた。
この時間帯だと人気のある商品は無くなっているんじゃないかと心配になったが、早希はそれほど気にした様子はない。
惣菜パンをいくつかとカスタードプリンをふたつ買った。
「はい、みずきくんにコレ」
「ん?」
商品をおばちゃんから受け取ると、そのうちのひとつ――カスタードプリンの片割れをボクに差し出してきた。
「ほら。さっきのお礼だってば」
「あ? え、マジで?」
プリンだなんて、さすがに金額的に釣り合ってないような気しかしないけれど、いいのだろうか。
そんなことを考えているのが早希にも伝わったらしくて、彼女はからからと笑う。
「ガム1枚とかで良かったとか?」
「いやいや」
――ま、たしかにそれは味気ないっちゃあ味気ないけれどもさ。
「むしろ、状態が良くなかったヤツだから、そこまでしてもらわなくても、って思ってたくらいだけどね」
「いやいやいや。それは、私の気が済まない、ってヤツですヨ」
ま、いいからいいから、なんて言いながら、親戚のおばちゃん風にボクの手の中へとプリンをねじ込んでくる。
さすがにそこまで行ってくるのであれば、拒否する方が逆に失礼だ。
あと、このプリン、美味しいし。
いわゆるクリーミー系のガツンと甘いやつ。糖分補給にはうってつけの代物だ。
「……いいなぁ」
若干話の蚊帳の外になっていた和恵さんが、わりと羨ましそうにボクたちを見ていた。
「ちょっと待ってて、私も買うー」
「おっけー。……ってことで、今日のお昼は私たちとね」
購買へと駆け寄る和恵さんに声をかけて、くるりと振り向きながら早希が言う。
「りょーかい」
何も問題は無い。
時計を見ればそこそこイイ時間。
もう昼休みも半分くらいだろうか、というあたり。
さっき教室に残してきたアイツらがわざわざボクを待っているとも思えなかった。
教室に戻ると、既に祐樹たちの姿は無かった。
とっくに昼ご飯は食べ終わっている頃だろうとは思っていたが、居ないのは予想していなかった。
「あ、おかえりー」
早希の机で食べるということになっていたので、自分のカバンからパンを取り出してそちらへと向かう。
その近く、亜紀子の席のところでランチタイムをしていたすみれが、ボクに向かって手を振ってきた。
「さんきゅー。……あ、そうだ。大輔とか何か言ってなかった?」
「んーん、別にー」
スマホをいじりつつ、パンを頬張りつつ、すみれはボクに返事をする。
なかなかにマルチタスクなヤツだった。
教室を出るボクにあいつが何を言おうとしたか、一応は確認をしてやろうと思っていたが残念だ。
どのみち今日の最後は移動教室での授業だし、そこへ向かうときにでも訊けばいいだろう。
「それなにー?」
すみれがこっちの方に身を乗り出しながら、早希が持っていたプリントの塊を指差す。
部活で使う資料みたいなものだと早希が答えると、「うげっ」なんて言いながら顔をしかめた。
分厚い資料にはアレルギー反応を示す体質らしい。
よくいるよね、そういうタイプの子。
「……と言っても、ボクらが使うっていうわけでもないんだよね」
「うん?」
「新入部員がメインで使う感じ」
「……ご愁傷様です」
「いやいや、勝手に絶命させないで」
なむなむー、などと言いながら資料に向かって手を合わせるすみれには、一応ツッコミのような指摘をしておく。
「中身は何?」
今度は亜紀子から質問が飛んできた。
「楽譜なんだよ。今までに吹奏楽部がいろんなところで演奏してきた曲の、いろいろなポイントが詰まってる部分を抜き出してきた感じ」
「へー……?」
それはどうして? という疑問が視線から伝わってきたので、だいたいのことを説明する。
たとえば『これが演奏できないと今のままでは厳しいぞかもしれない』とか、『これを演奏できるのであれば次のステップに行っていい』とか、そういうコンポーネントが隠されている。
どの部分がどういう扱いなのかは先輩たちは知っていて、今後の練習中にはそれができているかどうかの見極めをしなくてはならない。
そんなことをふわっと説明すれば、亜紀子は納得したようだった。
「つまり、吹奏楽部に入った新入生は、今行ってる宿泊研修から帰ってきたら地獄のような光景が広がっている、と」
「地獄とは失礼だなぁ」
「そうだよ、すみれ」
あながち間違っていないかも知れないが、そう言われるのは心外だ――というポーズだけをとっておく。
早希もすみれを窘めてくれた。
「そっかぁ……」
「地獄だなんて生ぬるい」
「……あれ? 早希さん?」
違った。
「年に何人かは、残念だけどドロップアウトしちゃうからね……」
和恵さんがやんわりと現実をテニス部のふたりに告げた。
実際この学年にも3人ほど、ゴールデンウイークを境に帰宅部員へと転身した子がいる。
それは仕方ない。
ある意味それも、例のプリントの塊によって裁かれた結果だ。
「でも、そういうテニス部だって結構大変なんじゃないの?」
「まーねえ……。でもそっちみたいながっちりカリキュラムがあるってわけじゃないし、全然違う方向性で大変かも」
「体力作り的なハナシだと、吹奏楽部も大変って聞くよ?」
「そうそう」
3人が互いに訊き合い始めて、もはやランチのテーブルは完全に合体していた。
こちらとしてはとくに何も問題が無いので、話を薄らと聞きながら買ってきていたパンにかじりつく。
今日は、メンチカツカレーパンという、なかなかヘビーなものをチョイスしている。
和恵さんもいつの間にか自分の弁当箱を開け、丁寧に「いただきます」をしていたところだった。
ちなみに彼女のお弁当は自分で作っているそうだ。
頭が下がる。
「ところで、有望そうな新人さん入った?」
すみれは興味深そうに、こちらに向かって質問の矛先を向けてきた。
「んー……」
「やっぱ、あの子たちじゃない?」
どの子も期待できそう、とかありきたりなことを答えようとする前に、早希が口を開いた。
「ほら、みずきくんの後輩だったっていう」
「……ほう。そいつぁ聞き捨てならないねえ」
突然のべらんめえ口調。どこかで聞き覚えがあると思えば、吹奏楽部にも似たようなヤツがいた。何だ、この界隈で流行っているのか?
「どんな子? 男子? 男子? それとも男子?」
どんな訊き方だ。
っていうか、すみれ、何だその食いつき方は。
「女の子だよ。しかもね、3人ともカワイイの」
「……ほほう?」
すみれの瞳の奥で、何かがギラついた。
――和恵さん、それ以上はもう、イイんじゃないかな。
ほとんど確信めいたものだけど、そういうネタを花村すみれに無償提供するのはかなり危険だと思う。
「なんかさー、しかもさー。その3人とも、みずきくんを追っかけて月雁高校に来たらしいのー」
今度は早希から、じっとりとした湿度の高い視線が投げつけられる。
「ははぁ……」
すみれは呆れた様な顔をして、一瞬だけボクから視線を外したと思えばため息をつく。
気付けば、亜紀子が自分の席を立ったところだった。
手にはスマホがある。
誰かに呼ばれたのだろうか。
「モテ男くんは大変ですねえ。目立つモンねえ」
「……そういうんじゃないし、好きで目立ってるわけじゃねえよ」
彼女の言葉尻をひったくるようにして、さらに吐き捨ててしまう。
――吐き捨ててしまった。
「あー……」
マズい。
そういう傲慢な意味で言ったわけじゃない。
こっちが意図して目立とうとしたモノではなくて、何となく担ぎ出されてしまったとか、そういう意味なんだ。
言葉が足りないとかいう次元じゃない。
「あれは、なんていうかさ。……ほら、災害みたいなヤツだから」
「えー、ひっどー。カワイイ後輩を災害扱いするのー?」
「違うってば。それは言葉の綾っていうかさ」
こっちの意図を知ってか知らずか、幸運なことにすみれがボクの不始末をキレイに拾ってくれた。
だけど、しばらくの間、何となく心のどこかに痼りができたような感じは消えてくれなかった。
ここまでお読みいただきましてありがとうございます。
覆水盆に返らず、とは言いますけども。
ちょっと珍しいリアクションの真相は、そこまで勿体振らずに出てくるのでご安心を。
次のお話の通し番号は「4-V.」ですので。




