4-3. ルーズリーフと昼休み
教室の自分の席から薄曇りの空を廊下の窓越しに眺めている朝。
1時間目の古文は担当の教師が柔らかい雰囲気なお陰か、ホームルームの時点で教室の空気がゆるやかな気がする。
早々にロッカーから資料や古語辞典の類いは準備し終わっていたので、気が楽だった。
「みずきくーん」
「ん?」
ゆるやかな雰囲気を壊すことがない程度に呼ばれた。
教室側を振り向けばそこに居たのは松下早希。
クラスメイト兼吹奏楽部の仲間でもある彼女は、ボクと目が合うなり勢いよく合掌した。
「へ?」
「お願いがあります」
口調はやたらと真剣だが、その表情は正反対。
ウインクなんて決めちゃって、まぁ。
何のアピールなのだろうか。
「たしか、みずきくんって無地のルーズリーフ持ってたよね……?」
「え? ああ、持ってるよ」
「もし良かったらそれ、ちょっと分けて欲しい……!」
話を聞けば、昨夜カバンの中身を整理したときにうっかりルーズリーフの中身を入れ忘れてしまったとのこと。
朝に購買に寄ればいいやと思っていたのだが、運悪く無地のモノが品切れで、入荷するのが早くても今日のお昼以降らしい。
なるほど、たしかに死活問題だった。
「別にいいよ、何枚くらい?」
自分のカバンの中を探る。
早希は、うーん、と唸りながら枚数を吟味していたが、それよりも先に良い案が浮かんだ。
「あー……、っていうか、袋ごと持って行ってもいいや」
「え? いいの?」
「全然。……だって」
無地ルーズリーフが入っている袋を彼女の前に差し出す。
「コレしか入ってなかったからさ。あと、何かボロボロだし」
100枚入りのモノだが、残り枚数は恐らく5枚程度。
薄っぺらい袋はカバンの内容物の中でもカースト制の下位に位置していたらしく、紙の端っこの方にはハッキリとした折り目が付けられてしまっていた。
「全然! むしろめっちゃ助かるよー」
「なら良かった」
当たり障りのない感じで笑ってやると、早希は何やら思案顔になる。
「助かっちゃったし、お礼はちょっと期待しててね」
「え?」
思ってもいないことを言われて、声帯が少しバグっておかしな声が出てきた。
「いやいや、別にそんな。たかがノートの何枚かで」
「いえいえ。されどノートの何枚か、ですよ」
むふふん、と得意げに笑う早希。
彼女としては、ちょっと巧いことを言ってやった感のある発言だったらしい。
割と普通レベルのような気はするが、まぁいい。
細かいことには突っ込まない方が良い。
そろそろ授業も始まりそうだし。
「あと、『みずきくんにはしっかり見返りを与えないと怒る』って言われたし」
えらくにんまりと笑いながら早希は言う。これは間違いなくウラに何かが居るパターンのヤツだ。
「……誰に?」
「神流に」
「あんにゃろう……」
またアイツは余計なことを言う。
――というか、むしろ、ボクに関しては余計なことを言い過ぎだ。
あること無いこと、絶妙な塩梅の虚飾を混ぜてしゃべるから困る。
「そうだ、神流で思い出したけど……」
「うん?」
まだアイツ絡みであるのか、と少し頭痛がしてきたような気がする。
「今日の部活のこと聞いてるでしょ?」
「ああ、それか」
何だ。
よかった。
心配は杞憂に終わってくれた。
一応聞いている、と軽く返しておいた。
吹奏楽部の2年生部員の一部に通達が来たのはついさっき。
昼休み以降で、多分職員室に居るであろう顧問の神村先生から資料を受け取ってくれ、という話だった。
――たぶんという但し書きに猛烈な不安を覚えたりはするのだが、それはちょっと別の話。
職員室に居なければ音楽室を探せばいいか、なんて少し軽く見積もっていたりする。
さらにそれに対する追加情報として、資料を受け取った生徒は部活終了後に少し音楽室に残って先生から話を聞く、というものもあった。
「あれでしょ? 新入生対策というか、何というか」
「そうそう……たぶんだけど」
詳しくは聞かされていないけれど、去年の今頃の自分たちのことを思い出せば、きっと指導とかその手の話をすることになるのだろう。
もうそろそろで新人勧誘の時期も終わるわけで、そうなってくるといよいよ各部活の新体制が本格的に動き出すことになる。
「それにしても、懐かしいよねえ」
「何が?」
「今、1年生って宿泊研修でしょ?」
「あぁ、それか」
「……なんか、みずきくん、今日そればっかりだね?」
「そう?」
言われてみれば、同じ返しをしてしまっていた。
反省。
「はーい、おはようございまーす」
そんなタイミングでガラリと教室前側の扉が開けられる。
我がクラスの国語担当、白石はるか先生のご登場だった。
すみれなどを筆頭に「おはよー、はるかちゃーん!」なんて言ってるが、それに対してさらさらロングヘアーをふわりと踊らせて応えるあたりはさすがだった。
需要と供給のバランスに狂いが無い。
月雁高校の教職員の中ではトップクラスの人気を誇るのは、ともすれば女子大学生風のキュート系なルックスだけが要因ではない。
「じゃあ、まぁ、また昼休みにってことで」
「うん、ルーズリーフありがとね!」
気にしないでね、の言葉の代わりに軽く手を振って早希を自席へと見送った。
○
世界史の授業が終わり、ようやく昼休みになる。
眠気は無かったが、そのせいか少し首と手首が痛い。
あまり良い姿勢で書いていなかったのだろう。
上半身周りを軽く動かしているところに声がかかる。
「みずきくーん」
「職員室行こー」
「あ、そうだった」
危うくそのまままったりとお弁当タイムとしゃれこむところだった。
声をかけてきたのは早希と和恵さん。
慌てて立ち上がった拍子に椅子が倒れかけたが、何とかもちこたえてくれた。
「そんなに慌てなくても」
「いや、ほとんどアタマから吹き飛んでて」
いつも通りにボクの席に来ようとしていた祐樹と大輔には詫びを入れつつ、早希たちにくっついて教室を出る。
祐樹は何やら言ってきていたが、内容なんてどうせ世界史の板書ノートのことだろう。
とりあえず手をひらひらをさせて応えつつ、3人で職員室へと向かうことにした。
階段に差し掛かったところで、特別教室がある方向から神村先生がやってくるのが見えた。
運が良い。
もう少し早いタイミングで職員室へと入っていたら、入れ違いになっていたかもしれない。
そうなると面倒だったので、非常に助かった。
そのまま先生について行くカタチで職員室へと入る。神村先生の机は、島の端っこ。
その傍らにプリント類が山積みにされていた。
一応ホチキスで留められているのでマシかもしれないが、それにしても分厚い。
どうしてこんなに分厚いのかと思えば、何のことはない。
大半が楽譜だった。
いわゆる新入部員に与えられる課題曲というヤツだが、その中身は今まで吹奏楽部が積み重ねてきた歴史そのもの。
歴代の演奏曲の中でも比較的演奏難易度が低めの部分を抜粋しているものだ。
そういえばこんなのをこれくらいの時期に渡されたなぁ、なんてことを薄らと思い出す。
もっとも、間もなくして一部の生徒は、ここに収録されている楽曲を通しで練習させられたのだが。
ただ、少し厄介なのは「この資料の増刷は君らでやってくれ」という話。
教職員専用のキーを入力すれば用紙が続く限り印刷ができるようになるという代物を先生から借りることで、資金的な部分は全く気にしなくてよくなるのだが――。
「これって、絶対全部印刷するの時間かかるから分担してほしい、ってだけの話よね」
「……たぶん、そうなんだろうなぁ」
早希のため息がちな声には同意するしかない。
去年の今頃、春紅先輩を初めとした現3年生たちも同じ苦労をしたんだなぁ、なんて、ちょっとだけ思いをはせてみた。
さっそく鍵を借りてきたボクらは、せっかくだからという早希の言葉に乗っかって、その足で購買に向かいつつ割り当てられた必要数をコピーすることにした。
ここまでお読みいただきましてありがとうございます。
珍しく、クラス内での、神流ではない吹奏楽部員との絡みだったかもしれない。
ということで、この話は次以降のための序章。




