4-2. 手のかからないクラス
すみれの席に移動して、3人で昼ご飯を食べることにする。
亜紀子はお弁当で、すみれはボクと同じでパンだった。
昼休みに入って早々出ていったその帰りに購買で買ってきたのだろう。
「あ、そうだ。みずきくん」
「うん?」
チョココロネにかじりつきながらすみれに返事をする。
そういうすみれも同時にサンドイッチを飲み込んだところだった。
「今日のホームルーム、アレ決めるってさ」
「アレ、っていうと、……アレか」
「そう、アレ」
解っているのか解っていないのか、よく解らないトークになる。
「クラT?」
「ナイス、さすが亜紀子」
指示語だけで会話をしてしまった流れを、亜紀子が綺麗に断ち切ってくれた。
部活関連で職員室に行ったとき、ついでとばかりにやってきた担任の中本先生にそう言われたらしい。
クラスの結束を高める――のかどうかはよくわからないが、何となく定番になっているクラスのユニフォーム的Tシャツ。
それが「クラT」だ。
そろそろ発注をかけておけば、余裕を持って連休の狭間にある行事にクラス全員で着ることができるわけだ。
「去年も思ったんだけど、ポロシャツにしたクラスもクラTっていうのは何なんだろうね」
「……たしかに」
「言いづらいからじゃないの?」
あっさりとしたすみれの回答。
――ま、たしかにそうだろうけど。
「ちなみに、去年の7組ってどんなのだった?」
「……なかなか決まんなくて、オモテ側は全員で適当に描いたんじゃなかったかな?」
「そうそう。で、何かそのせいで逆にグラフィティ感出ちゃって、背中側に入れた筆文字の『一年七組』に合わないっていう問題が起きた」
「ぐふっ」
紺色をベースにして、模様はすべて白で統一。
そのデザインが全然決まらず、やけっぱちになった神流が『だったら全員でここに好きなモノを描こう! 重なってもおっけー!』と叫び、そこからは早かった。
どう考えてもバラバラになるような気しかしなかったのに、今となっては誰が入れたかわからない飾り線1本のおかげで物の見事にまとまった。
ある意味、去年の1年7組を象徴するようなデザインだった。
個性が割と強い連中だらけだったのに、何かの拍子にまとまってしまうあの感じ。
実は4月のうちからそんな空気ができていたのだ。
「……さすがに今年はもう少し統一感のあるデザインにしたいなぁ、とは思う」
「お? ということは、みずきくんが描いてくれるの?」
「まさか」
そんな芸当はできない。昔から美術は得意じゃない。
「語弊があったね。『したいなぁ』じゃなくて『なったらいいなぁ』だ。あいにく、絵のセンスはからっきしだから。そこら辺は他人任せで」
「そーなんだ」
亜紀子は少しだけ意外そうな顔をした。
「何か、出来そうな気がするよね」
「うん」
「買い被りすぎだってば」
そういうイメージなんて、一体どこで付けられるんだろう。
――なんてことを思ってみたけれど、そもそも芸術系の科目は音楽専攻。
高校入学前のボクを知っている人ならばいざ知らず、そうでもなければ完全に勝手なイメージだけの話だった。
「音楽はバッチリだし、字もキレイだし」
「……褒めても何も出ないよ?」
「ざーんねん」
「……何を期待してたのさ」
適当なことを言うモンだ。
ボクは呆れながら、チョココロネの最後のひとかけらを口に放り込んだ。
○
「ふはー」
ちょっと悩ましげな吐息。
教壇に身体を投げ出して、すみれは一息ついた。
残り時間はまだ結構あるが、とくにもう決めることはない。
今日の最後の1コマであったホームルームは、ただの雑談時間に変わってくれた。
「無事に決まって良かったぁ」
「おつかれさま」
「みずきくんこそ」
我らが学級委員長を労う。
示し合わせたわけではないけれど、そのままグータッチ。
「みんな話に積極的に参加してくれる人たちで助かるー」
「……まぁ、そうね」
それはたしかにすみれの言うとおりだろうけど。
でも、実際は少し違う。
みんなが積極的に議題に入って行けたのは、極力議論が活発になるように、でもあまり押しつけがましくないように、そんな中間点のような立場でバランスよく話を進めた委員長のお陰だと思う。
「みずきくんのおかげだね」
「へ?」
こちらが言うかどうか迷っていたような内容を言われる。
思わず変な声が出てきた。
妙に教室に響いたせいで、いくつかの視線がこちらに向けられてしまう。
「根回ししてくれてたでしょー」
「あー……」
根回しっていうほど大層なことじゃない。
いきなり案を出せなんて言われても困るだろうから、昼休みのうちからちょっとだけアタマの片隅に入れておいてほしい、と言っていただけ。
「やっぱり副委員長やってもらってよかったわー」
「……何のことだか」
「とぼけんなー」
わざとらしく視線を逸らしてみたが、それが良くなかったらしい。
すみれは急に覚醒したように身体を起こすと、こちらに向かって腕を伸ばしてきた。
「うりうりっ」
「んむ」
そして、そのまま、ほっぺたに指を刺される。
「えっ。ちょっ、うっわ、意外とやわらか」
は?
「なにこれ、ズルくない?」
何がッスか。
思わず彼女の手を払いのけてしまう。
だけど、花村すみれはそんなことでへこたれるような女の子ではない。
ターゲットを完全にボクの頬に絞り込んだ彼女の手は、もう一度払おうとしたボクの腕を華麗にかわして――。
「なにこれ、この感触。目覚めそう」
思いっきり頬を揉んできた。
さっきの休み時間のうちに洗顔シートで顔を拭いておいてよかった、とか考えるあたり、自分のどこかはまだ冷静らしい。
だけどその冷静さがかえって徒になっているような気もしてしまう。
いや、あの。
すみません、すみれさん。
ここ、教壇です。
それと、先生。
その「青春だねえ」的な生ぬるい視線は、今すぐ仕舞ってください。
「いい加減止めなさい」
ぎゅっと彼女の手を握って下ろさせる。
「えー」
「『えー』じゃありません」
声も顔も、手つきまでもが不満げだった。
「教壇でイチャつくなー」
誰かが寄ってきたと思えば、大輔だった。
これを好機と見ているのか、すみれに対してやたらと冷静沈着を装った口調だ。
「やっぱ、何かオカンみてえだな、瑞希って」
「……うるせえよ」
どこがだよ。
自分の母親である海江田美波の様子を思い出してみたが、自分のどこにそんな成分があるのか全く解らない。
ああいう風に育った覚えは無い。
「おつかれさまー」
ちょっとだけ安心のため息を吐いたところで、亜紀子が自分の席を立ってこちらに近付いてきた。
「あ、亜紀子ー。ありがとー。……ねー聞いてー、みずきくんがいぢめるの」
「……あはは」
すみれの言葉には愛想笑いを返した亜紀子。
ありがとう、亜紀子。
そうだよね。
むしろイジくられてたのはボクの方だよね。
そのことを理解してくれているだけで安心できる。
――日頃からこんな感じなんだろうなぁ、と思えば、逆に亜紀子の日常が心配にもなってくるけれど。
「まぁまぁ、ミズキくんのおかげで今日もうまく話が進んだんだから」
「そうだけどねー」
「だから、そんなんじゃないっての」
ウソでも謙遜でもなくそう思っているのに、どうにもそれがこの子たちには伝わっていないらしい。
亜紀子とすみれはふたりそろって「またまたぁ」みたいな顔をしてくる。
「もちろん、すみれもだけどね」
「……好きっ」
――ぎゅっ! っていうか、がばっ! かもしれない。
すみれはそれくらい勢いよく亜紀子に抱きついた。
教壇付近の男子勢の視線が、本当に一瞬だけこちらに向いた。
何人かはボクと視線がぶつかって、変顔をしながら視線を元に戻していった。
別に怒りゃしないのに――ボクは。
「ミズキくんは、縁の下の力持ちみたいな感じのところがあると思うんだ」
「そうそう、そんな感じなの」
うんうん、と満足そうに頷くすみれ。
反論するのもだんだん面倒になってきたので、ここは一旦流されておくことにしよう。
その方がきっと精神衛生上でも健康的だ。
またあんなことをされるのは勘弁だった。
「相変わらず、ヤってんなぁ」
「何がだよ、うっさいな」
ふらっと祐樹が現れる。
「悪い悪い。いやさ、ひとつ、ミズキにお願いがあるんだけどさ」
「ん?」
「また板書メモ見せてくれな」
「お前な……」
このタイミングで言うことかよ。
「今度は同じクラスだから借りに行くのラクで助かるわぁ」
――コイツは。
危うく口から「こっちは全然ラクができなくて困るわぁ」なんて言葉が出てきそうになるのを、ぐっと堪える。
「違ぇだろ、甘えんな」
「オカンかよ、ミズキ」
「……絶対お前には貸さねえ」
せめてもの悪態は吐かせてくれたってイイだろう。
聖歌の机の方へと向かっていった祐樹の背を見ながらそう思った。
ここまでお読みいただきましてありがとうございます。
手がかからない(当社比)。
っていうか、これはたぶん2年3組担任の中本先生視線ですね。
副委員長の胃に穴が開きませんように。




