4-1. 新しい昼の風景
少しずつ5月も近付いてきて、ようやくしっかりと春らしい気温になってきた。
今年は思い出したように冬将軍がやってくるようなこともなく、穏やかな春だ。
春というモノはこうあるべきだ。
来年からもしっかりとそういう気候で居てほしい、なんてことを思ったりする。
今日もボクは上着無し。
2つ開けた学ランのボタンの隙間、朝風が心地よかった。
ひとりで歩く通学路は気が楽だ。
誰かといっしょに居るのがイヤだということではない。
けれど、ひとりだけで歩く時間を大事にしたいときだって、たまにはある。
イヤホンからの音楽は少しだけボリュームを絞って、通りを過ぎていく車の音などの喧噪もちょっとしたアクセントに添えるようにして、ちょっとだけ気持ちを音楽に染めて歩く。
これだけで、少しだけ気分良く学校生活の始まりを迎えられるような気がしていた。
「……ふぅ」
教室に着き、自分の机にカバンを置いて、一呼吸。
机に突っ伏して少しだけ背筋を伸ばす。
何となく背筋の辺りに疲労感。
姿勢が悪かったのだろうか。ちょっと気を付けておこう。
「あれ、早いねー! おはよー!」
「おぅ。おはよ」
声をかけられて身体を起こすと、花村すみれの姿があった。
「みずきくん、朝早そうなイメージあったけど、マジで早いんだねえ」
そういうすみれはマジでいつでも元気だな。
そんなことを思ってしまう。
校則ギリギリ――っていうか、たぶん詳しく調べたらイエローカードくらいだろうけど――の長さにしたプリーツスカートは、すみれの性格をそのまま映し出したみたいで楽しそうに跳ねている。
何となくだが、あまり見ているとからかわれそうなので、控えめにしておく。
脳内のどこかで、すみれに攻め立てられている小野塚大輔の姿が見つかった。
「まあ、そうだね。だいたいいつもこれくらいの時間かなぁ」
「すっごぉ……。私なんて、今日みたいに何かない限り、こんな時間には来ないなぁ」
苦笑い気味にすみれが言う。
「何かあったの?」
「部活関係で、ちょっとねー」
「お呼び出し的な?」
「まー、そんなとこかなっ。ほら、私ってさ、案外頼られるタイプだから」
案外、だろうか。
自発的に学級委員長を務めてくれるような子が、頼られないタイプとは思えない。
率先して集団を引っ張って、しかもきっちりと実績を残す人が、頼られないタイプなはずがない。
「うん、それは知ってる」
「……おっとぉ。それじゃあ、行ってくるー」
「行ってらっしゃい」
ずびしっ、と敬礼をひとつして、すみれは元気に駆け出していった。
――教室を出る直前、ドアに思い切り足をぶつけたあたり、とても締まらなかったが。
「食べるべー」
「おー」
「……お前ら、ホント、流れるようにココに来るのな」
呆れたように言ってやるが、恐らくコイツは聞く耳なんて持ってない。
明日も明後日も大輔と水戸祐樹は、ルーティーンのようにボクの机に昼ご飯を広げるのだろう。
さすがに1週間以上も続けば誰だって察するだろう。
「いーじゃん、いーじゃん」
「文句は無いよ、そんなに」
「……って、ちょっとはあるんかーい」
大輔の軽いツッコミはテキトーに受け流すことにする。
内心不思議に思っていたのは、祐樹はなぜボクのところに来るのか、という話。
こういうときふつうなら――と言っても、その『普通』がどれくらい一般的なのかは知らないけれど――カノジョ持ちだったら当然そのカノジョといっしょに食べるモンじゃないのか。
現に今し方、バスケ部の彼が隣のクラスから来た彼女といっしょに教室から出て行ったところだ。
他のクラスから来るくらいだ。
祐樹の場合は同じクラス。
いっしょにならない理由があまりないと思うのだが、どうなんだろう。
――もちろん、そうして欲しいなんて言うわけじゃないけれど。
ただ、喉の奥の小骨みたいにひっかかっている、というだけのことだった。
「野郎だけでメシ食ったってしょーがないんじゃないの?」
「……そうだよ、とくにお前」
からかいがてら言ってみると、案の定大輔がノってくれる。
ひとくちハンバーグを文字通りひとくちで食べ、その返し刀の箸を祐樹に向けた。
「ちびT、箸で人を指さない」
「オカンか。っていうか、ちびTはやめれ」
口ではそういうが、悪いとは思ったらしい。
大輔は一旦おとなしく箸を弁当箱の上に置いた。
「付き合い始めくらいはそうだった気もするけどな」
「大概、お前らが乗り込んできたりしてたしな」
「照れんな、照れんな。むしろお前が助け船求めてきてただろ」
ちょっと予想外な状況だった。
「あ、何か瑞希、意外そう」
「そりゃあなぁ。……ウチのクラスに来てまでカミングアウトして行きやがったくらいだぞ、コイツは」
逆撫でにすれば刺さるような棘を言葉に仕込んでおく。
自己満足のリベンジだ。
「うーわ、うーわっ」
片方の口をゆがめながらイヤなモノでも見るようにして、大輔がこちら側に身体を寄せてきた。
そのまま近所のオバちゃんの井戸端会議くらいのトーンで、
「それはないわー。ケンカ売ってるわー。独り身男子にケンカ売ってるわー」
「だろぉ?」
真似してやることにする。
祐樹は曖昧な表情を浮かべている。
とりあえず溜飲は下がった。
「そーいや、聖歌ちゃんは?」
「部活のなんかがある、って話」
「ふーん」
大輔の質問に、ややドライ気味に答える祐樹。
周囲をチラッと確認する。
聖歌はさっき何処かへ行ったし、亜紀子とすみれのテニス部コンビも同じだ。
この時期はどこの部活も新入部員関連の調整とか、だいぶ近くなってきた各種大会・コンクールの準備とかで忙しくなりつつある。
「っていうか、大輔は行かなくて良いのか? お前も合唱部だろ」
「俺はそういうのには呼ばれない」
「……それ絶対、自信満々に言うことじゃないだろ」
「照れるぜ」
ダメだ、こいつ。
早いとこ何とかしないと。
「いやー、それにしてもさー。俺、瑞希に初めて会ったときから思ってたんだけど、絶対俺と瑞希は仲良くなれる気がしてたんだよなぁ」
「……ちょっと何言ってるかわかんねえッス」
「何で何言ってるかわかんねえんだよ」
同類ではない――と思いたかった。
「そういえば、何かいきなり仲良かったよな、お前ら」
「……あ」
祐樹がそういうのも無理はない。
ボクはああいう理由で、大輔や祐樹が居た去年の1年2組の教室には足を踏み入れないようにしていた。
祐樹とは去年までのクラスメイトである高畠玲音を通じて面識があったものの、大輔と知り合ったのは――。
「先月だったかなぁ……。パフェ食いに行ったんだよ」
その通り。
すみれを主催とした硬式テニス部女子、そこに聖歌と大輔に、さらに何故かボクを混ぜたメンバーで、三番街の巨大パフェを食べたのが、大輔と知り合ったきっかけだ。
だからこそ、あの時の話を詳しくするのはいろいろとマズい部分が多いわけで。
「……」
強引に話題を変えてしまおうかと思ったが、その声が出てこない。
祐樹が、やたらと神妙な表情をして、ボクと大輔の顔を見比べていた。
「ん? どした?」
「パフェって……、男、ふたりでか?」
――ピシッ。
何か、凍った何かが、大輔の顔面に直撃したような。
そんな気がして大輔を見ると、――ああ。
満面の笑み。
目が笑っていないけど。
「俺がそこまで相手に苦労しているとお思いか?」
「違うのか?」
「ハイ、言った! コイツ言ったよー! 独り身野郎に言っちゃならねえこと言ったよ!」
――こいつら、去年からこうだったんだろうか。
いろいろと勝手にひとりで頭でっかちになって考えていたのが、綺麗に霧散していく。
セオリーなんてない。
そんなことを痛感した。
「……みずきくん?」
「ミズキくん?」
「ん?」
「どしたの? あのふたり」
後ろから声がかかった。
すみれが呆れ気味に、亜紀子が困惑気味に、訊いてきた。
これ幸いとばかりにこっそりその場から離脱して、ふたりに苦笑いを返すことにした。
そりゃそうだろうな。
昼飯の存在を完全に忘れた高校生男子ふたりが、コントのような言い合いを繰り返しているところに帰ってきたのだから。
「まぁ、……あんまり気にする必要は無いと思うよ」
「……そっか」
亜紀子は複雑そうな顔をした。
「そーだ! みずきくん、いっしょに食べる?」
「え?」
「……ほら、あそこじゃもう食べれないっしょ?」
喧噪を指差すすみれ。
確かにあそこにもう一度入ってパンにかじりつく気にはならなかった。
顔だけで返事をしてさっさとパンを回収して、すみれの席へと移動することにした。
ここまでお読みいただきましてありがとうございます。
第4部は4月から5月にかけてのお話。
新学年になり、物語の舞台である星宮でも桜が咲く頃合いです。
いろいろと「付き合い方」を模索しながら、変わっていく様をご覧ください。
※2020.04.28.
予約投稿忘れてました、すみません……




