3-7. 歓迎されざるモノたち
榊原有希、笹川みずほ、中園咲良。
中学時代、1学年下の後輩に勉学優秀な女子部員トリオがいたのだが、まさかまたこの3人が揃って後輩になるとは思っていなかった。
「久しぶりだね」
「この前の月雁高校の定期演奏会に来てたので、私たち的にはあんまり久しぶりじゃないんですけどね。みなさんのお顔は1回拝見済みです」
「え、この前のって、2月の?」
「そうです!」
「……むぐ」
笹川さんが元気よくショートヘアを揺らしながら、威勢良く頷いた。
なおも春紅先輩の胸の中に居る榊原さんは、まだ苦しそうに呻いている。
たぶん返事をしたのだろうとは思うけれど――春紅先輩、とりあえずそろそろ放してあげた方がイイと思います。
佐々岡くんがうらやましそうな顔をしているので、その意味でも。
ところで。
自分の入試時期を思い出しながら訊いてみる。
「それって、受験勉強の真っ最中じゃない?」
「真っ最中っていうか、私立入試の間のタイミングですねー」
「だよねえ……」
中園さんがロングヘアーをいじりながら、それでもあっけらかんと言い放つ。
思わず脱力してしまった。
「よくそんな余裕あったねぇ」
「ホントだよ。俺だったら、塾に押し込まれたまま出してもらえないような時期だぜ」
神流が感心し、佐々岡くんが苦笑いをする。
たしかにその通りだ。
その時期だったらふつうは学校全体が受験モードに入っている頃だし、何より親御さんが黙っていない――と思ったが、ウチもわりと放任主義だった。
さすがに定期演奏会に行くほどの余裕なんて、ボクには無かったけれど。
「中学のときからアタマ良かったけど、そんなに余裕持てるくらいか……」
「違いますよー。絶対にここの定期演奏会に行った上で、ばっちり合格するくらいの余裕が持てるように、がんばったんですから!」
胸を張る笹川さん。
ものすごい意識の高さ。
尊敬を通り越して畏怖すら覚えてしまいそうだった。
「それにしても、そんなにウチに来たかったんだー」
「もちろんですよ!」
「なになにー? まさか、コレを追っかけてきたとか?」
神流が、ようやく先輩から解放された榊原さんに対して早速のウザ絡みを見せ、さらにはコレと言いながらボクを指差す。
こんなに答えづらいことを訊くこともないだろうに――。
「はいっ!」「はい!」「そうですー」
今日イチ元気な声が、3人から同時に返ってきた。
――って。
「へ?」
「え、マジで?」
「……いや。訊いたお前がビビんないでくれない?」
「だって、そんな真っ直ぐに返されるなんて思ってない……」
珍しく神流が押し負けていた。
「ミズキ、アンタ結構人気あったのね」
「けっこうどころじゃないですよ! ね!」
さらにもう一押しとばかりに、何故か今度はボクに迫る笹川さん。
そこで『ね!』と言われて、ボクは何を言い返せばいいのやら。
肯定するのだけは間違った選択肢だとは思うけれど。
「えー、ちょっとなにそれ。逸品モノのエピソードの匂いがぷんぷんするんですけど?」
「ねえねえ、どゆことどゆこと?」
「瑞希くんって、そういえばあんまりそういう話とか、したがらないよね?」
矛先が新入生じゃなく、なぜかこちらに向き始めた。
助け船なんて絶対出さないだろうけど念のため春紅先輩の方を見る。
案の定、意地の悪い笑みを向けていた。
ボクが3年のときの話以外はほとんど知っている先輩のことだ、どう料理してやろうかと画策しているに決まっている。
「お、早速来てくれたか」
「ナイス、先生!」
「ん?」
「チッ!」
これ以上無いタイミングでの、顧問の到着だった。
ボクは思わずガッツポーズ。
神流は舌打ちを隠そうともしない。
当然ながら先生は状況を全く知らないので、あまり見たことのないキョトン顔を見せてくれた。
今はそんなマヌケな顔も神々しく見えるくらいだった。
○
「おつかれさまでしたー……」
「おー、おつかれー」
いちばん近くに居た先輩にだけ聞こえるくらいの声で挨拶を残して、人垣に身を隠すようにしながら、音楽準備室側から退散。
あらかじめ自分の荷物を全部準備室側に送り込んでおいて大正解だった。
また新しく後輩になるだろうあの子たちには申し訳ないとは思うけど、さすがにここでボクのネタを求めているヤツらに掴まってしまうのは避けたかった。
その分勝手にいろいろとネタばらしをされたり、同級生たちにそれを求められたりする危険性もあったが、その辺は空気を読んでくれることを期待するしかなかった。
念のため彼女たちには釘を刺しておいたものの、敵前逃亡のようなことをする身だ、それくらいは折り込み済みだった。
人影のない玄関で靴を履き替え、さっさと外に出る。
4月になって、今年はやや暖かい日が続いている。
いつもならここらで1回くらいは朝方に雪が降る日もあるのだが、最低気温が5度以下にすらならない。
元々厚着をするタイプではないけれど、今日は正真正銘上着の必要がない日だった。
時折吹く風が心地よい。
「ん?」
大きめのラケットケースを肩からかけて、次の交差点で信号待ちをしている娘がいる。
その後ろ姿には見覚えがあった。
亜紀子だ。
少し早足になって近付く。
あと少しで追いつけるところで信号が変わってしまったが、それでもすぐに声の届くところまで辿り着いた。
「おつかれさま」
「え?」
横に並びつつ声をかけると、彼女は肩を少しだけ跳ねさせる。
けれど、こちらを見て、すぐにふんわりとした笑みを見せてくれた。
「ミズキくん。おつかれさま」
「部活終わったの?」
「うん」
ふたり並んで歩く。
「……すみれとかは?」
少し気になって訊いてみる。
ボクが訊けた内容じゃないかもしれないけど。
「何か、みんな寄るところがあるとかで、みんなバラバラになっちゃった」
なるほど、そういうことか。
何となく、こうしてこの子と帰りがいっしょになるときは、この子がひとりになっているときが多いなぁ、なんて思ったりしてみる。
「そういうミズキくんは? 部活だったんでしょ?」
「ボクは……、まぁちょっといろいろあって、さっさと出てきた感じかな」
「いろいろ?」
「そう、いろいろ」
明らかにその『いろいろ』の正体を知りたがっていたが、あえてちょっとだけジラしてみる。
「そっかぁ。いろいろ、かぁ……」
瞳の奥の好奇心を隠しきれていない。
そもそも、あまり隠そうとする気もなさそうだった。
こういうときは案外、引き気味に押してくるタイプらしい。
だったら、こちらにも策はある。
そもそも彼女は、ボクが今から向かう場所を知っている。
ムリに隠す意味はあまり無いような気がした。
「今から時間ある? ……だいたい30分くらいかな」
「え? あるけど……」
「『あそこ』に行こうと思うんだけど、いっしょに来ない?」
「『あそこ』? ……あ!」
理解が早くて助かる。
「どうかな?」
「行くっ」
「おっけー」
大きく頷く彼女に、サムズアップをしてみせた。
今日は久々にマスターのお店に行くことにしていた。
今回の目的は楽器絡みではない。
ボクの母親、海江田美波から送られてくる荷物の受け取りをしてくれたので、それを引き取りに向かうためだった。
基本的に家に居ることが少ないので、こうして受け取りを代行してくれる優しいところもあるのだ。
ただのお寒いギャグが大好きなオッサンではない。
「今日は何か演奏してくれるの?」
「え?」
「あ。でも、演奏するときって部活が休みの時だけだったっけ」
面食らってちょっと大きめの声で返してしまったからか、断られると思って残念そうな声を出す亜紀子。
「いや、別にそういうことじゃないけど」
「ほんと?」
「……うん」
載せられてしまった感じもするけれど、まぁいい。
安心しつつも、何かに期待するような笑顔を見ることができたのだから。
ここまでお読みいただきましてありがとうございます。
中学時代の瑞希に何があったのかは、後に必ず語られる部分です。
というか、聖歌との関係性の上でも絶対に避けられない部分です。
ってことで、実はちょっとだけターニングポイントなお話でした。




