3-4. なるほど、そういう雰囲気か
水戸祐樹が教室に入ってきたのは、ホームルームのチャイムがなる数秒前。
担任である中本英次先生が入ってくるまで1分もかからなかったような気がする。
会話どころかろくに視線も交わす時間もなく、そのまま高校2年生最初のホームルームが始まった。
今日この日だけは、祐樹の遅刻癖に感謝するしておいた方が良さそうだ。
――それはそれでダメな気もするけれど、今だけはそれで良しとしておきたかった。
翌日。
今度はいつも通りに、しっかりとした美しい目覚めだった。
目覚まし時計代わりのスマホがアラームを鳴らし始める2分前。
前日の反省を生かして、安眠のためにとホットミルクを飲んでから寝たのが良かったのかもしれない。
時々安眠対策としていろいろ同時に策を打つけれど、しっかりと寝ることが出来ても、いったいどれが有効だったんだ、みたいなことが起きる。
今日はホットミルクしか特別試したモノはないので、これはボクにとっては効果があるということも確認できた。
素晴らしい。
朝のショートホームルームに引き続いて、1時間目にあたるこの時間も今日はホームルーム。
学級委員長など、学級役員を決める時間として設定されていた。
「それじゃ、まずは学級委員長から決めるが」
「はい!」
中本先生の無表情ボイスに、即刻元気な返事。
誰かと思えば花村すみれ。
相手コートにスマッシュでも打ち込むのかと思えるくらいに、真っ直ぐと伸ばされた腕が長い。
「はい」
挙手したすみれに満足そうに頷いた中本先生は、何故だか芝居がかったような動きですみれを教壇へと促した。
「……え、先生。『他に誰か』とか訊かないんスか」
「だったらお前やるか?」
「え。いやぁ……」
大輔のツッコミに、にやっと笑って応対。
挙動不審になる大輔。
気持ちはわかる。
わかるが、さすがにそれは無鉄砲だろう。
そもそもあそこまでやる気のある人が出てきているこの状態で、わざわざ対抗馬を立てる必要も無いと思ってしまう。
こういうのは粛々と決まっていくのを待っているのが健全なのだ。
中本先生の担当は英語。
去年も文法の方は中本先生が担当だったが、この先生、無愛想に見えて実はお茶目だったりする。
無表情でこそっとダジャレのようなモノを言って、じわじわと笑いが広がっていくのを見て満足するタイプだ。
今でこそ古めかしいデザインのメガネをかけているが、休日はスポーツグラスをかけてジムで汗を流している、なんてウワサを聞いたこともあった。
「あ。先生、大丈夫です」
「ん?」
「大輔は頼りにはならないですから」
「ちょ!?」
「はっはっは!」
「先生もそこで笑うことなくない!?」
無慈悲な先生の笑い声に、たたみかけるような大輔のツッコミ。
だけれど大輔、そこで君も笑いながら突っ込んでいるようじゃ、まだまだ笑いの壺が浅い。
――そういうボクもつられて笑っているわけだけれど。
一頻り笑ったあとで、なんとなく視線のようなモノを感じた。
発生源を探そうと思ったが、そんな必要はほとんど無かった。
真正面、いつの間にか教壇から少し外れたところで、すみれが思いっきりこちらを見つめている。
こちらというか、ボクを、だ。
「次に、私をサポートしてくれる副委員長を決めたいわけですがー」
しっかりと進行役を担うすみれ委員長は、キラッキラに輝かせた目をこちらに向けている。
がっつりと視線がぶつかったが、敢えてここで視線を外してみる。
そしてすぐに戻すと、すみれはさきほどよりほんの少しだけ大きく目を見開いてこちらを見つめている。
あからさまな、無言の圧力だった。
「……決めたいわけですがー?」
小首を傾げたりなんかしてアピールを重ねてきた。
何となく楽しみ始めているようにも見える。こっちもちょっとだけ面白くなってきたので、同じ方向に首を傾げてみる。
するとすみれは顎に手を当てて、少し悩ましげなポーズをして見せた。
ならばとこちらも載っかれば、今度はこめかみに人差し指を当てたりなんかしてきた。
「いないかなぁ……」
白々しいぞ。
クラスメイトたちもだいたい読めてきているせいで、みんながこちらを見てきている。
さすがにこれ以上引っ張るのは時間が勿体ないので、ここで打ち止めにしよう。
「……はい」
「来たぁ!」
挙手とともに笑い声。早くもこのクラスの方向性が決まってしまったような瞬間だった。
主にすみれの活躍によって、このホームルームの時間内ですべての役職が決まった。
ボクはただ何となく彼女の横に立ちつつ、ちょっとだけ補足を入れたりしたくらい。
ほとんどやることが無かった。
――これは、あまり動かずに済むかも、なんて考えるあたりボクもあくどかった。
他の役職に就く必要もなく、それでいて割とラクな可能性がある。
そう考えれば悪くない。
自分を納得させるのは簡単だった。
次は、2コマ分の時間を使った新入生歓迎集会。
行事や部活の紹介など、いろいろとネタを織り交ぜた集会だ。
部活の紹介もあるので在校生は部活ごとにまとまったり、そうでなければ仲の良い集まりになっていたりとかなり適当だ。
この集会の色味が良く出ていると思う。
もちろん我らが吹奏楽部は、毎年恒例らしい楽器演奏で宣伝。
それぞれの部活には長めに時間が割り当てられているので、それぞれの楽器にソロパートもついている。
指揮を終えた神村先生の満足そうな顔からしても、ほぼ完璧な宣伝になったと思う。
だからこそ、緊張の糸が切れちゃったような子がいるわけで。
「和恵さん、おつかれさん」
「おつかれー」
「あーん、ありがとぉ……」
教室へと戻る道中、ぐったりした様子の和恵さんを早希とふたりで労う。
ギリギリ150センチあるだろうくらいの彼女の身体が、いつにも増して小さく見えた。
「お疲れさま会が必要かもね」
ぽんぽんと和恵さんの身体を優しくハグしながら、早希が言った。
「たしかに」
「コンビニスイーツで良ければ奢るよー。ね、瑞希くん」
「だね。甘味の補給は大事」
「うれじぃ~……」
かなりのガス欠っぷりだった。
「じゃあ、昼休みもがんばろ」
「あ~ん、まだあったぁ……」
可及的速やかに、何かを補給させてあげた方が良さそうだった。
「とりあえず、和恵さん?」
「……んー?」
「フルート、落とさないように」
「はぁい」
力のこもっていない返事がかなり怖かった。
「っていうか、心配だからボクが持つよ」
「じゃあ、私がケース持つね」
良いの? とかいう返事を待たずに楽器ケースとまとめて受け取り、フルートのケースは早希へと受け渡す。
なぜ楽器を持ったまま教室へ戻るのかと言えば、この後の昼休みで使うからに他ならない。
吹奏楽部は代々、歓迎集会直後の昼休みの教室を襲撃するように楽器を吹いて歩くことになっている。
――昨年の、自分の教室での光景を思い出して、少しだけ頭が痛くなった。
「おー! なになに? 普段それやってんの?」
「わ、すっげえ!」
教室に戻るなり、いちばんこちらに近いところに居た大輔と祐樹が予想通りの好反応を見せてくれた。
さすがに楽器を裸のまま持って教室に戻れば、誰かしらはそんな反応をするだろうとは思っていたが、コイツらだったか。
「かっこいい! っていうか、なんかすっごいごちゃごちゃしてる! なにこれ!」
ふたりの声に反応してこちらにやってきたすみれは、さらに声が大きかった。
ゴチャゴチャって。
正直な感想をありがとう。
たしかに、木管の周りについている金属パーツは、ゴチャゴチャしてるように見えるかも知れないけど。
ただ、すみれが、聖歌と亜紀子を連れてこっちに来たのには、一瞬腹の底が冷えるような感覚になった。
同じようにクラスメイトに囲まれている和恵さんと早希は、楽器の説明がしやすくていいよなぁ、なんて思ってしまう。
フルートやトランペットは、管楽器の中でも一般的な知名度は高い方だ。
少なくとも、オーボエと比べれば。
「瑞希のコレは、何笛?」
身も蓋もない大輔の訊き方に思わず噴き出す。
縦笛って答えるのが正解なんだろうか。
「オーボエ」
「へー」
「も少し興味持って?」
「持ってるってば」
それだけがっつり観察してくれているし、そうなんだろうけど。
とくに大輔と祐樹は、これを楽器としてではなく、何かメカニカルなモノを見るような眼差しで見ているような気がしてならなかった。
「ミズキ!!」
「うわ!?」
真後ろから思い切り名前を叫ばれた。
振り向けばそこには高島神流に小松瑛里華。
そういえばこのふたり、同じクラスだったような。
なかなかに機動力と破壊力を兼ね備えたコンビだった。
「早く行くよ!」
「おう、悪いなわざわざ」
本当はもう少しこの楽器を知って欲しかったが、呼ばれてしまっては仕方がない。
「じゃあ、行ってくるわ」
「あとでちょっと聞かせてー!」
すみれが手を振りつつ言った。
「……戻ってくるかなぁ」
一旦こちらに帰って来られればそうすることにして、教室から出ることにした。
何となく、聖歌が亜紀子に向けていた視線の色が気になった。
ここまでお読みいただきましてありがとうございます。
意図が交錯する教室。
……平穏無事に行きますように。




