3-2. 飽きは来ないだろうけど
海外ドラマとかだったら、「オー・ジーザス」とか言う場面なんだろうか。
あいにくそんなノリで生きてきたタイプじゃない。
ただただ、打ちひしがれたように無言で、目の前に貼り付けられた情報に溺れかけるだけだった。
聖歌と同じクラスになるのは、3年ぶりだ。
小学校6年間はずっと同じクラスで、中学校に上がってからは1年生のときだけ同じ。
中学2年生のときに初めて別のクラスになったときは、何とも言い様のない隙間のようなモノを感じた記憶があった。
でも、去年なんて、他のクラスで良かったとも思えるくらいだった。
――そもそも、同じ高校に行くことになるとも思っていなかったのに。
「……そのはずだったんだけどな」
誰にも聞こえないくらいに、唇の先だけで呟いた。
状況が状況なのに、それでも一瞬だけ何となくほっとしてしまったのは、一体何故なんだ。
何も余計なことを考える必要も無かったあの頃を、ほんのりと思い浮かべてしまったのは、一体何故なんだ。
一抹どころではない不安のようなモノを抱えそうになって――――。
「あっ!」
「うぉっと……!」
その不安を取りこぼす。
突然腰辺りに衝撃。
誰かがぶつかってきたのだろうか。
この混雑具合だし、仕方ない。
それより、ぶつかってきた子は大丈夫だろうか。
というか、聞き覚えしかない声だったけれど。
――まさか。
「大丈夫……?」
「ご、ごめんなさいっ……?」
記憶は正しかった。
「あれ? 聖歌?」
「みずきくん……」
申し訳なさそうにして、静かにこちらを見上げるのはさっきまで思い浮かべていた少女。
「今来たの?」
「うん。さっき来たとこ」
合唱部も少し早い昼休憩にしたということだろう。
「みずきくん、何組?」
やっぱり訊いてくるよな。
そうだよな。
当たり前だ。
だって、それを見るためにここに来ているんだから。
少しの間無言だったのを気にしているのか、聖歌は探るような視線をこちらに向けてくる。
ボクの考えまでも探ってきそうにも見えてしまった。
少し息を整えてから――。
「……3組」
小さく答えた。
「え」
呆気に取られたような返事――と言って良いのかよくわからない声が返ってきた。
聖歌は、自分の名前は確認が終わっていたということだろうか。
そうだよな、そういう反応にもなるよな。
「聖歌と、同じ」
言葉をさらにつなげてやると、聖歌は何かに弾かれたように、食い入るようにして名簿を見る。
そしてその直後、ほっとしたような顔をした。
「同じ、だね」
「うん」
「久々、だよね」
「……そう、だな」
適当な返しになってしまう。
不思議そうな顔をこちらに向けてから、聖歌はまた名簿に視線を移す。
今度はくりっとした両の目をさらに見開いた。
恐らく、その名前を見たのだろう。
それにしても、聖歌は今、どんな感情の揺れ動かし方をしたのだろう。
なぜ、ボクの名前を見てほっとしたような顔をして、彼の名前を見て驚いたのだろう。
外へ出たついで、ということで、目抜き通り側にあるコンビニまで行って冷たい炭酸飲料を買ってきた。
もちろん喉が渇いていたこともあるけれど、それよりも少しひとりになる時間が欲しくなった。
冷たいモノでアタマも冷やしてしまいたいと言う気持ちも、当然あった。
コンビニの傍、風通しの良い日なたに立って、去り際にスマホで撮っておいた名簿を改めて眺める。
どこからどう見ても、幼なじみ2グループが同じクラスになってしまっていた。
こんなにピンポイントに、ひとつのクラスに関係者を集めるコトなんてないだろうに。
そういう意図はないだろうけど、そう思ってしまっても罰は当たらないと思う。
誰にぶつけたらいいのかわからないが、ブーイングのひとつでも投げつけてやりたくなる。
他の人に言わせれば――もっともこんな話、他の人になんて言ったことも無いし、これから先言うこともないけれど――、何も考えないで好き勝手やればいいと言われるだろう。
でもボクは残念ながら、そういう生き方に慣れていなかった。
「……ふぅ」
サイダーをひとくち。
身体に染み込んでいくような感覚。
そのおかげで、身体を走っている血の温度も少し下がったような気がした。
アタマの先にも冷静な血が流れてくる感じに浸りながら、大きく深呼吸をした。
「他はどんなヤツらがいるんだ? ……ふっ」
自分と祐樹の名前を確認した後は、それこそ聖歌と亜紀子の名前しかまともに脳細胞には刻んでこられなかった。
改めて確認をしようと思った矢先、自分の名前の2つ上に見知った名前を見つける。
その彼には失礼かもしれないが、鼻で笑ってしまった。
「大輔、居るんかい」
小野塚大輔。
聖歌と同じ合唱部所属の、イジられ役の系譜の男子。
去年は聖歌や祐樹と同じ2組だったか。
だとしたら、案外光明が見えてくるというか。
少し気持ちが楽になる。
ちょうど良いくらいに気を紛らわせてくれるような存在がいることは、精神崩壊をさせないためには重要だった、
ならば次は女子の方を――と思ったら、いきなり知っている名前が。
「和恵さんじゃん」
朝倉和恵。
出席番号的にはだいたい先頭になるお名前だ。
他にも吹奏楽部員はと思って探せば、松下早希が聖歌のすぐ上の段に居た。
和恵さんや早希ほど話はしないが、他にも吹奏楽部の女子がいるのを確認できた。
「うわ、マジか?」
そして、少し上に戻ったところに、もうひとり知っている名前を見つける。
花村すみれ。
大輔と同じく去年は2組。
硬式テニス部所属で、ダブルスでは亜紀子とペアを組む娘だ。
そして、以前ジャンボパフェをいっしょに食べた仲でもある。
「うるさそー……」
神流とは離れたモノの、新学年、新しいクラスの雰囲気がわりと簡単に思い浮かべられるメンツが集まってしまったような気がする。
きっと1年生のときとあまり変わらない。
飽きは来ないだろうが、間違いなく疲れそう。
いろんなことが起こってしまう1年になりそうだった。
上靴に再び履き替えて音楽室へと戻ろうとしたところで、玄関ホールに神流の姿を見かけた。
声をかけようと思ったところで神流がこちらに気付く。
「どこ行ってたの?」
「コンビニ」
「えー、行くなら言ってよ」
私も行きたかったのにー、と文句を言いながら神流はこちらに近寄ってくる。
「3組なんだって?」
「耳が早いな」
「和恵さん情報」
「なるほどね」
答えつつその情報源となった彼女を探すが、その姿は無かった。
「誰待ち?」
「アンタよ」
「そりゃ申し訳ない」
「なら飲み物」
「えー」
詫びる気持ちがあるならば、奢りという名の誠意を見せろ、と。
そういう話だろう。
以前、神流の練習に付き合ってやったときにちょっと色を付けさせたのだが、その意趣返しという意味もありそうだった。
「ロイヤルミルクティーな気分だわぁ」
「……ハイハイ」
コイツもまた、早いとこ何かやらかしてくれないだろうか――。
そんなことを思いながら自販機に硬貨を雑に突っ込んで、アイツがいつも飲んでいる紅茶のボタンを押し込む。
メカニカルな動きとともに、静かに落ちてくる紙パック。
自販機の隣に据え置かれている棚からストローを1本拝借して神流のところに戻れば、待ち人の姿が増えていた。
「これでいいんだろ?」
「さすが」
「あー、いいなー」
「ミズキくん、私のは?」
「無いです」
「えー」
神流の傍らに居た和恵さんと早希のブーイングは軽く受け流すことにする。
――と、そういえばこのふたりは。
「ふたりとも、今年1年、教室でもよろしくお願いします」
「いえいえ、こちらこそでございます」
「お手柔らかにー」
ぺこり、と一礼。
「あーあ。いいなぁ、そっちは楽しそうで」
ボクらの光景を見て、神流が心底から羨ましそうな声を出した。
「そうか?」
「いいでしょー?」
「ほらほら、神流。しっかりうらやましがっておきなさい」
どこらへんでそう思うのかわからないボクと、対照的に神流に対してドヤるふたり。
「っていうか、神流ならどこのクラスでも勝手に楽しくできそうだけどな」
「そういうことを言ってんじゃないの!」
神流から軽いチョップが飛んできた。
ここまでお読みいただきましてありがとうございます。
彼らが清涼剤みたいな役割になってくれたら助かりそうですね。
……いろんな意味で。




