3-1. 新たな幕開けは春の嵐
新年度。
新学期。
新学年。
何かとこの時期は、いろいろなモノの頭に『新』が付けられがち。
たとえそういった区切りの時期だろうとなんだろうと、ほぼ休み無く学校に通い続けていたとしても、何かしらの変化はある。
そのはずだ。
――そのはずなんだけど。
「……くふぁあああ」
全体練習に移る前の休憩に入るとすぐに、隣で佐々岡慎也が大あくびをぶちかます。
わりと誰もが眠たそうにしている春休み。
その中でも彼はとくに眠そうだった。
「どした?」
「んぁ?」
「ここんとこずっと眠そうにしてるけど」
と、訊いている最中にも、彼は逃さずあくびをする。
勝手な想像だけれど、国語の授業あたりでも彼はこんな感じのような気がする。
「んー……」
「寝てないの?」
佐々岡くんのさらに隣から、朝倉和恵がほんの少しだけ心配そうに訊いた。
「昨夜、遅くまでゲームをね」
「はい、解散」
「……訊いて損した気分」
「あ、ちょっと」
冷め切った視線を佐々岡くんに突き刺して、ボクと和恵さんはそのまま廊下へ出ることにした。
その途中で、軽く楽器の手入れをしていた高島神流も合流する。
とくに廊下へ出たから何と言うことも無いけれど、少しでも空気が澄んでいるところには出たくなるものだ。
音楽室の換気はするけれど、それでもやっぱり部屋から出るのがベスト。
他の子たちも散り散りにはなっているが、それぞれが思い思いの方法でリフレッシュをしている。
「あー、疲れたよー……」
「和恵さんたちはホントおつかれーだよね」
「だなぁ……。おつかれさん」
半死半生、とは言い過ぎか。
でも、それくらいにぐったりしている和恵さんの横顔――というかほっぺたを、ボクと神流でゆるゆるとつついた。
練習も佳境に入ってきた曲がいくつかある。
今年の新入生歓迎会が初お披露目になる楽曲がそのひとつだが、フルートのパートが、まぁ忙しい。
パート練習でもなかなか厳しい声がかかっていたり、うめき声のようなものが聞こえてきたりと、壮絶だ。
「でも、この前は神流ちゃんとこがスゴかったでしょ?」
「……まぁねえ」
和恵さんの言うとおり、この前新曲として練習していた曲は、神流の担当楽器であるクラリネットがハードだった。
その時の光景を少し思い出したのか、神流の頬が引きつった。
それを見逃さない和恵さんは、反撃とばかりに神流の両頬をむにゅむにゅと揉んだ。
リラクゼーション効果はあったらしく、すぐさま神流はうっとりとした顔になった。
「その前は……トランペットだったっけ?」
「そうだったねぇ」
あの時は、顧問である神村篤紀先生の怒声が響く時間も結構長かった。
よく空中分解しなかったと思う。
「順繰りで来てるからイヤなのよね……」
「まー、でも、フルートとクラはしばらく無いかな」
「わかんないけどな」
神流が伸びをしながら言うので、敢えて嫌味のある言い方をしてみた。
「次の曲、オーボエが地獄みたいになればいいのに」
反撃。
恐ろしい呪詛を吐き付けられた。
「んでさ。次の休憩入ったらすぐ下行くっしょ?」
「私は行くよー」
「同じく」
「よしっ」
いつもなら1時近くにならないと始まらない吹奏楽部の昼休憩。
だけど、今日の昼休憩はかなり早めに、12時前に入ると言う話は既に全員に通知済み。
その理由は、今日の12時に今年度のクラス分けの発表があるから。
できるだけ早いタイミングで確認したいと思ってしまうのが、生徒の習性。
その辺は神村先生も理解しているので、こういう配慮がなされたというお話だった。
そんなこんなで新クラス発表まで残り15分程度になった。
新2年生は神流を、新3年生となる先輩たちは神村春紅先輩――神村先生の長女である――をそれぞれ先頭にして、さながら競歩のように生徒玄関前を目指す。
猛ダッシュしないあたりだけは、配慮ができていた。
ボクは端からそこまで急ぐ気は無かった。
しきりに神流はボクを急かそうとしていたが、断固として足を速めようとしなかったのを察して、自分と同じような部員の腕を引っ張って行った。
あれでも案外空気は読める娘だった。
ボクが1階の廊下に立ったときには、すでに生徒玄関前はわりと大きな集団ができあがっていた。
かなり賑やかだ。
靴を履き替えて外に出る。
朝の時間帯からすればだいぶ暖かい。
春の陽気と言って何も問題は無いくらいだ。
このまま帰れるのであれば、上着は絶対に要らないだろう。
頭上を抜けていく風が気持ちよかった。
一旦校門近くまで下がって、混雑具合を遠目に見てみる。
サッカー部や陸上部など、外で活動するタイプの部員たちの姿が多く見える。
そのまま練習用のウェアで来ている分、彼らの判別は簡単だった。
屋内型の部員はまだ吹奏楽部くらいだろうか。
――そういえば。
少し探してみるが、テニス部の姿は無かった。
玲音たち野球部の姿も無い。
練習試合か何かにでも行っているのだろうか。
少し残念だった。
「……ん?」
そんなことを思っていると、何やら玄関前がさらに騒がしくなった。
見れば、玄関の中から先生と思しき人影が、玄関のガラス戸にコピー用紙を貼り付けて行っている。
時計を見ればまだ12時にはなってない。
フライング気味だが、もう出してしまえということなのだろう。
ボクも慌てて玄関前へ戻ることにした。
後ろから背伸びをしてみても、さすがにクラス名簿の細かい文字までは確認しづらい。
視力は良い方だと思うが、そういう問題でもなかった。
少しずつ人垣が消えていくのを待ちながら、それでもちょっとだけがんばって背伸びをしてしまうのも、また人の性だと思ったりする。
「見れた?」
「ん?」
知らない間に横に来ていた神流が声をかけてきた。
「いや、まだ。そっちは?」
「まだ。やーもー、ほんとさー、フライングで出すなら出すって言ってくれりゃいいのにさ」
大ブーイングである。
大方誰かとしゃべっている間に貼り出されていたというコトだろうとは思うが。
油断大敵だった。
「ま、そろそろ見えるだろ」
「たぶんねー。……ミズキ、アンタの方が背ぇ高いんだから、私のも見つけといて」
「何でだよめんどくさいな」
背の高さはあまり関係ない。
というか、神流だって背は低い方ではないんだから――と言っても、めちゃめちゃ高いわけでもないけれど――それくらい自分でやってくれ。
1分ほど経ってようやくしっかりと見える距離に入れた。
ひとまずこの位置からでも見やすい9組側から見てカウントダウンする作戦で行ってみる。
「あ」
見えてしまった。
そこまでしっかり探そうとはしていなかったが、視界を遮るようにして『高島神流』の名前を8組の名簿に見た。
ちなみに男子側には『高畠玲音』の名前もあった。
――ご愁傷様です、玲音くん。
今年1年間がんばってくれたまえ。
「ん? なした?」
「神流、8組だ」
「は? え、マジで?」
眉間の皺をなんとかしなさい。
「何勝手にネタバレしてくれちゃってんの」
「……えー」
見てやったのに、その言い草かい。
いやまぁ、気付いてしまったのは事故みたいなものだったけれど。
「ミズキは?」
「8組と9組ではない」
「えー! 別なの!?」
大ブーイング、第2弾である。
いや、何でだ。
「玲音も8組だぞ」
「あー、だったら、……まーいっか」
好感触らしい。
「なるほどね、8組か。サンキュ、ミズキ。アンタも自分の確認したら教えてね」
「おー」
テキトーに返しておきつつ、視線は名簿に戻す。
気付けば列の先頭だ。これなら見やすい。
改めて7組から見直していく。
6,5,4,と徐々にカウントダウンして、――見つけた。
――3組か。
そう思うのと、ほぼ同時だった。
「……ウソだろ」
3組の名簿の中に、自分の名前に加えて、水戸祐樹、仲條亜紀子、御薗聖歌の名前を見つけてしまった。
何と言うことだろうか。
よりにもよって、なんて言い方はよくないのかもしれないが、そうとしか思えない現実があった。
ここまでお読みいただきましてありがとうございます。
第3部のスタートは、第2部ラストの瑞希視点でした。
さーて。
どうなることやら。




