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1-3. 前門の全体練習、後門の……


 楽器の手入れを終えたところで、どうにか今日の部活も乗り切った。

 家に帰り着くまでがナンチャラと言われることもあるけれど、さすがに今日はこの段階で終わらせてほしかった。


 全体練習が興に乗った――というか、乗ってしまったのが運の尽き。

 電車組の部員の大半はいつもの時刻の列車に乗れないことを悟っただろう。

 妙に熱が入ってしまった神村先生は手が付けられない。

 怒り出すとか、そういうことではないからまだマシとも考えられるかもしれないが、さすがに明日以降のことを考えるともう少し早く切り上げてほしいとは思ったりする。


「おつかれでーす」


「おつかれー……」


 そのまま寝てしまいそうな部員の声に苦笑いをしつつ、音楽準備室を出た。

 時計を見れば通常よりも40分は遅くなっている。

 指導教員が居るからまだいいが、これが生徒単独だったら間違いなく指導部からのお叱りが飛んでくるパターンだった。


「お、来た来た」


「遅ーい」


「……ん?」


 廊下に出ると、春紅(はるか)先輩と神流(かんな)が仁王立ちで待ち構えていた。


 ドア近くにはボク以外誰もいない。

 いっしょに出てこようとしている部員も、もちろんいない。


 ということは――。


「そうそう」


「わかってるじゃん」


 自分を指差せば、その通りだと言わんばかりに大きく首を縦に振るふたり。


「なんでまた」


「たまにはねー」


「いっしょに帰ろうかなー、って」


 ――怪しい。


 ちょっとばかり失礼な気がしなくはないが、何せこのふたりだ。

 何かウラがあるような気もしてしまうのは、きっとこのふたりの日頃の行いの所為だ。

 口が裂けても言わないが。


「どこか寄って帰るとか、そういう話?」


「別に? っていうか、この時間だとね」


 神流の言葉にはウラは無さそうだ。


「私は、……ホントは楽器屋に寄って帰りたかったんだけどね」


「……中央駅の方のですか?」


「そ。でもまぁ、この時間だし、私はまた今度にするわ」


 星宮(ほしのみや)中央(ちゅうおう)駅南口を出て西にしばらく進めば、この界隈ではいちばん大きな楽器店がある。

 ただし営業時間は午後7時まで。

 今から行っても良くて閉店準備の真っ最中だろうし、地下鉄に巧く乗れなければ『蛍の光』が流れている頃合いになってしまいそうだ。


「あ、その時は私も付いてっていいです?」


「もっちろん」


「それで? 今日はもう帰るってことでオッケーです?」


 危うく違う話題になりそうだったのでストッパーをかけてみる。


「おっけー、おっけー」


「れっつごー!」


「……何でそんなに元気なんですか」


 ふたりのスタミナの無尽蔵っぷりにちょっとだけ呆れつつ、ちょっとだけ羨ましいとも思いつつ、元気に歩き出したふたりの後ろをゆっくりと付いていくことにした。


 もっとも、完全に怠そうにしているボクに一瞬で気付いたふたりは、無理矢理腕をひっぱるような勢いでボクの両サイドをマークしてきたのだが。

 疲れた素振りも禁止されてしまっては、いろいろと諦めるしか無かった。








 生徒玄関を出て、しばらく経ったくらい。

 神流が思い出したように話題を変えてきた。


「そうそう。言おうと思ってたこと、今思い出した」


「何?」


「アレってさ、ミズキでしょ?」


「アレってなんだよ」


 あまりにも雑な話の振り方だった。

 指示語だけで理解が出来るほど、神流のことは知らない。


「『楽譜のメモ書き』って言ったらわかるでしょ? っていうか、知らないとは言わせなーい」


「え。春紅先輩、いきなり言ったんですか?」


「そりゃもう」


 唇をわずかに尖らせた神流と、その逆サイドで『当然でしょ』とばかりに胸を張る先輩。

 ――いやぁ、そこまで自信満々に言われると、言いたかったことが一瞬腹の中に引っ込んでしまうわけですが。


「……やっぱり先輩には噂話のひとつも流しちゃダメだなぁ」


「違いますぅー! 有用だと思った情報だからみんなに共有するべきだと思ったから言ったんですぅー! 口は堅いほうですぅー!」


「いや、冗談ですってば」


 その言い方をすると逆に胡散臭く聞こえるものの、実際のところ春紅先輩は口が堅い方だった。

 中学の時に何度か相談をしたことはあるが、その中身はもちろん相談したことさえもしっかりとふたりだけのヒミツにしてくれるというステキな対応をしてもらった実績がある。


 ――先輩的には、ボクの弱みを握れただけなのかもしれないが。


「でも、よくわかったな。元ネタがボクだって」


「まーね。なんとなーくだけど。ちょっとばかしポエマーな感じがしたから」


「ぶっ」


 神流の物言いに、先輩が盛大に噴き出した。


「そういうんじゃねーから」


「いやいやミズキさん。なーにを言いますやら」


 全部知ってますよ感を出しながら、神流はにやりと笑う。


「あれだけカッコつけたようなことを言い放っておいて、何を今更」


「『言い放って』はない、書いただけだ」


 しかも、元々は自分だけが見ることのできる部分に。


「細かいわねえ」


 実際に言ったか、言ってないか。

 そこは意外と重要だ。コレを言えばまた神流は『ミズキは細かい』と連呼するのだろうけど。


「だって、解説文とかでもそういう書き方することってあるだろ? なんとなくふわっとしたような解説とか説明とかさぁ。で、結構そう言うのが後々有名になったりすることとか」


 別に言い訳をしようっていうわけではない。

 だけど、神流も春紅先輩もどことなくピンと来ていないらしく、今ひとつ感情がわからないような表情を浮かべている。


「たとえば?」


 少しだけ眉根を寄せて神流が言う。

 無茶ぶりだ。


「た、たとえば……」


 何か無いか。何か――――。


「あ、ほら。作者はとくに題名を決めてたわけじゃないのに、後年付けられた解説文がきっかけで勝手に題名付けられたりとか」


「あぁ、『運命』とか?」


「そうですそうです。あとは『月光』とかも」


「へー、なるほどねー」


「……お前さぁ。人に訊いたんなら、内容にもーすこし興味持て」


 先輩の反応と比べて、神流のリアクションの薄いこと。

 びっくりするくらいの棒読みだ。

 感情がまったく込められていないのが丸わかりだった。


「んー……、雑学とかそういうの好きだよね、ミズキって」


「悪いかよ」


「もー、スネないのー」


 タイミングを逃さない春紅先輩が、がしがしとボクの頭を雑になで回した。





 地下鉄ではボクと春紅先輩は同じ方向、神流だけ逆方向。

 小学生の別れ際のように手をぶんぶん振り回しながらドアの向こうに消えていった神流に、ふたりで苦笑いをしつつの帰路だった。


 まもなくしてボクらが住んでいる石瑠璃(いしるり)方面に向かう電車がホームに入ってきた。

 車両の端の方の席がわりと空いていたので難なく座る。

 ラッキーだった。

 諸々の安堵感から小さくため息を吐いたところで、春紅先輩が言う。


「そろそろ入部して1年くらいになるのに、あんまりいっしょに帰ったことってなかったよね」


「言われてみれば……、たしかにそうですね」


 なにせ同じ中学校の出身だ。

 家の最寄り駅も当然同じ。

 その状況だけを見れば、あまりいっしょになっていなかったことが意外なくらいだった。


 ボクはボクで、自主練習をしに行ったり、スーパーの特売狙いをしてみたりと、そもそもあまり他の部員や友人といっしょに帰る機会が多くない。

 主な原因はコレだろう。


「まさか私、瑞希(みずき)くんに避けられてたわけじゃ」


「ないです」


 即答する。

 ウラはない。

 実際、そうだし。


「そかそか。なら安心だ」


「ゴキゲンですねえ」


「そりゃあね。久々に同伴できたわけだし、私は満足よ?」


「……そうですか」


 同伴て。

 間違ってはいないけど。


「それに、……それ」


 言いながら先輩は、ボクが履いている手袋を指差す。


「早速使ってもらえてるみたいだしね」


「……ああ、コレですか」


 3年生の先輩の川崎(かわさき)里帆(りほ)先輩と春紅先輩、それにボクと神流を加えた4人で雪まつりへ行ったときに買ってもらった手袋。

 危うくガチでカワイイ系のタイプにされかけたところを、何とかちょっとだけメンズっぽさのあるものにしてもらった、赤いタータンチェックの手袋だ。


「さすがは、私たちの見立て通りよね」


「その辺は認めますよ」


「あら、カワイくない」


「カワイさで売ってるキャラじゃないですからね、生憎」


「ウッソだぁ」


 そういう、マジでびっくりぃ、みたいな顔をやめてください。

 心外とまで言うつもりはないですが、完全に納得が行くなんてこともないわけで。


「なんでそうなるんですか、もう」


「だから、そういうところなんだってば」


 ニコニコと頭を撫でてくる先輩。

 ついでに頬をつんつんと遊んで来る。

 どうしようもなく恥ずかしいのだが、妙に幸せそうな先輩の笑顔を見てしまって、結局先輩が撫で飽きるまでそのままで居ることにした。






ここまでお読みいただきましてありがとうございます。


かわいがられてますね、きっと瑞希としては不本意な方向性で。


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