2-18. 黄昏センチメンタリスト
「んあー! くやしいいい!」
帰りのホームルームが終わった瞬間、宇野くんが自分の席で叫んだ。
声の雰囲気は冗談のような色合いが強かったので、直後教室は笑いに包まれた。
男子バレーボールチームはその後、宇野くんの言うとおりに決勝戦まで勝ち上がることができた。
けれど、そこで1年生クラスの快進撃は終了。
決勝の相手はバレーボール部のエースアタッカーを擁するクラス。
在校生の視線を浴びながら戦ったボクらは、それでも善戦した方だと思う。
最終的なスコアは21対25と、最後まで相手に食らいつくことはできたはずだ。
敗因なんていうモノは無かったと思う。
試合が終わった直後、宇野くんへそう告げると、彼には思いっきりハグをされてしまった。
たしかにひとつ前の試合、準決勝で接戦になってしまい、デュースに持ち込まれたことで体力を余計に消費してしまったかもしれないが、それだけの話だ。
「いやー、でも、ホントみんなありがとうな! 楽しかった!」
なんだかハイになっている宇野くんが、全員に頭を下げた。
もちろん拍手喝采。
教壇の上に置かれた準優勝商品である駄菓子の詰め合わせも、何だか誇らしげに見えてくるくらいだ。
ちなみに、他の競技と女子チームはどうだったかと言えば、すべてベスト8だった。
どの競技も1試合は勝てているので上出来だ。
「海江田!」
そんなことを思っていると、宇野くんの方からこちらに来てくれた。
「俺、来年怖ぇよぉ」
「なんでさ」
どんな言葉をかけてやろうかと思っていたら、あまりにも予想外な言葉が返ってきた。
「だって、クラス替えしたら、来年の体育祭はお前らと戦うことになるんだぞ? 考えるだけでも恐ろしいわ」
なるほど、そういう考え方があった。
「そういうことなら、クラス替えしたくないな」
「だろ?」
笑いながら返す。
が、宇野くんは、思ったより明るい反応を返してくれなかった。
「あー、クラス替えになっちゃうんだよなぁ」
「そうだなぁ……」
「今、こんなこと言わなけりゃ良かったなぁ……」
宇野くんの感情の振れ幅が大きい。
祭りの後特有のセンチメンタルな雰囲気もあるのだろう。
それにプラスして、3月特有、学年末のセンチメンタル。
仕方ないことなのかもしれなかった。
「ちょっと、何勝手にしんみりしちゃってるの!」
「ぅわ! 痛ってえ!?」
辛気くさいムードを感じ取ったのか、神流がこちらにやってきて、宇野くんの背中に張り手を一発。
神流についてくるようにやってきた亜紀子がその強打音にびっくりして目を見開いたのを、ボクは見逃さなかった。
「あ、ごめん。強かった?」
「強すぎッス……」
そのまま「ぐはぁっ」とか言って、血でも吐いて倒れてしまいそうな声を出す宇野くん。
「いつもの感じだったはずなんだけどなー」
「いや、神流さんや。その位置だとちょっと低すぎる」
あれじゃあ威力2倍になりかねない。
「なるほど。……メモメモ」
「そうじゃねえだろ」
「ま、いいや。……はい! みんなー!! これから祝勝会でーす!!」
当然のように、まだちょっと悶絶気味の宇野くんを除いて、全員歓喜の雄叫び。
「場所は一昨日配ったプリントにあるとおり。……一応、クラスのチャットにも貼ってるけど、道に迷いそうな人は誰かに連れてってもらってね!」
口々に「はーい」だの「おっけー」だのと言いながら、続々と教室を後にしていく。
その姿を満足そうに見届けつつ、神流はこちらへと戻ってきた。
「なるほどなぁ。あの手首の強さ。どおりであのスパイクを打てたわけだ」
「ん? 何の話?」
「高島。女子バレーの試合見てたけど、アイツはできる」
「……あぁ、そうかい」
宇野海翔、案外折れない男の子。
会場への道中。
改めて、今日の打ち上げ――改め、祝勝会の会場をチェックする。
向かう場所は、星宮中央駅の近く――とは少し言いづらい程度の場所。
中央駅の最も西側の出入り口を出て、そこからさらに西に5分くらい歩くだろうか。
駅チカ物件とは言えない程度だが、中心部には違いないような場所だった。
「なるほどな」
「何が?」
横を歩く亜紀子が訊いてきた。
「今から行くとこだけどさ。場所代がそんなにかからない立地ってことか?」
「そういうこと」
神流が答える。
「っていうか、ミズキ。アンタ、そういう話も知ってんの?」
「……知り合いに、そういうことをいちいち言ってくる人が居るんだよ」
「ふーん」
別に聞きたいなんて一言も言っちゃいないのに、手持ち無沙汰になったからと雑談を展開させてくる、喫茶店のマスター的な人が知り合いに居るせいだ。
亜紀子はその人が誰なのか何となく察したらしく、くすくすと小さく笑っていた。
目の前の信号が青に変わる。
スマホをしまおうとして、思わず目がくらんだ。
背中越しの夕陽が、スマホの液晶に反射したらしい。
やっぱりこういう時間に学校から出るのは新鮮だ。
夕陽とはいえ、まだ陽がある。
手袋も今シーズンはもう必要無い。
上着もだいぶ薄くなってきた。
もう雪もほとんど降らなくなっている。
恐らく来月以降も時々は寒くなって、雪が舞うこともあるだろう。
だけど、それも一瞬だ。
夜中に降って、でも朝まで残らないくらいとか。
そういうことが増えてくる季節だ。
次の信号も赤で引っかかったので、ちらりと背後を振り返ってみる。
後ろを歩くクラスメイトの姿は夕陽の色でしっかりと染められていた。
ふと、体育祭のことを思い出す。
でも、試合のことじゃない。
試合と試合の間、渡り廊下で聖歌と会ったときと、その後のことだ。
――宇野くんに、聖歌のことをカノジョかと訊かれたときのことだ。
あのときの状況に合わせた適切なウソを、自分に吐いてやることができなかったボクは、結局意味のわからないことを口走ってしまった。
いや、それ以前に、そもそもボクはなぜあの時本当のことを言おうとしなかったのか。
自分でもよくわからなかった。
その後、宇野くんが詮索してくるようなことはなかったので、彼はあの回答で納得したということで問題はないはずだった。
宇野くんとしても、とくに深く考えることなく、恋愛トーク未満のノリで訊いてきただけだったのだろう。
気がかりなのは、あの時言ったことを聖歌が聞いていたかどうかだった。
聞こえていないか、あるいは薄らと何かを言っているかもしれないと思う程度だろうとは思う。
あの時、すぐに少しでも振り向けば、彼女の表情で聞こえたかどうかは解っただろうが、ボクにそんな勇気は無かった。
「……ミズキくん?」
「ん?」
「青だよ、信号」
「あ、ごめん」
亜紀子に言われて、前を見る。
しっかりと信号は青に変わっている。
横断歩道の上、既に数歩先を行っていた神流が手招きをしていた。
テニス部の人たちとパフェを食べに行ったとき以来、ただし相変わらず傍に誰も居ないときだけ、彼女はボクのことを名前で呼ぶ。
ボクもそんな彼女に合わせて――いや違う、もう少し卑怯か。
亜紀子がボクを名前で呼んできたときだけ、名前で呼び返すようにしていた。
彼女の中では一過性のモノでは無くて、それでも常用するモノでも無いらしかった。
少し歪んだような知り合い方だったとは思うけれど、それでも今までこうして過ごす内に、だいぶ『本当の仲條亜紀子』と言えそうなモノは見せてもらえる様になってきたと思っていた。
だからといって、今日みたいに体育館という同じ空間に彼女とその幼なじみが居合わせることに対して、勝手に気を揉み続けるのもどうなのかと思うようになってきたのも、また事実だった。
どうすべきか、なんて。
そんなモノが解っているのなら、今まで生きてきた中でとっくの昔にもっと賢い選択ができていただろう。
考えの足りない事があれば、飽きるまで訊いてきてほしい。
それで結局不要なものであれば、ひと思いに捨ててほしい。
そんなことを思わないわけではなかった。
頃合いと言えば、今がそれなのかもしれない。
何一つ終わったわけでは無いけれど、そんなことを考えて――――。
「コラっ!」
「んぐっ!?」
突然、脇腹あたりを握られるような感覚――というか、本当に握られている。
「なーにひとりで勝手に黄昏れちゃってんのよ?」
神流がちょっとだけ挑戦的な笑みを浮かべている。
「アッコちゃんなんてもうノリノリでしょ?」
「え? ……あ。お肉たのしみだなー」
無茶ぶりを受けた亜紀子は、完全に棒読みだった。
「……そうだな。考えたら、ちょっと腹減ってきた」
「でしょ? やっぱりおなかすいたら元気も無くなるからね」
ほらそこ、ちんたら歩かない! と、さらに背後の連中に声をかける神流。
その方をちらっと見ていると、亜紀子がこちらを見上げているのに気付いた。
「ミズキくん、だいじょうぶ?」
「……ははっ」
「え?」
「ごめん、何でもないよ。だいじょうぶ」
心配していたと思っている人に心配されてしまって、何だか可笑しくなってしまった。
ここまでお読みいただきまして、ありがとうございます。
※予約投稿、忘れてました。すみません。
祭りの後のセンチメンタル、あの感情ってやっぱり貴重です。




