2-14. 青春道中、暗中模索
冬季体育祭、いよいよ開幕。
バレーボールは第2体育館が主戦場。
第2と言っても、施設的には各種式典で使われる第1体育館よりやや小さい程度で、遜色は全くない。
改築前の第2体育館はひどいもので、隙間風は当然のごとく、冬場は雪は窓から吹き込んでくる始末だったらしい。
もちろん暖房も無かったので、その代わりに大型のヒーターを炊くなんていうことをしていたとか。
先輩たちには申し訳が立たないが、本当に、校舎新築後の入学で良かったと心から思う。
「ぃよっしゃー!」
「勝ったー!」
雄叫びがこちら側のコートに轟いていく。
半面、ネットが区切る反対側のコートは、現実を受け容れられないような顔をした上級生の姿で溢れていた。
1年小僧だと思って舐めてもらっちゃ困る。
こちとら部活の休み返上で、しっかりとチームを仕上げてきたのだから。
向こうもそうだとしたら――それは、まぁ、勝負の世界はそんなもの。
勝った者が強かったという話だ。
「やるじゃん!」
「おめでとー!」
「お、サンキュ!」
コートから出るタイミング、満面の笑みでタオルを投げつけてきたのは神流だ。
その流れでペットボトルのミネラルウォーターを渡してくれたのは亜紀子だった。
「練習の成果、出てるね!」
「んー……、たぶんそれは玲音に言うべきかもよ?」
「そんなことないってば」
あれだけの大活躍だ。
向かい側のコートの応援団が序盤から明らかにざわつき始めたのは、玲音の功績に依るものが大きいと思う。
普段は人畜無害な大型草食動物っぽい雰囲気を周囲に見せている彼が、今日は明らかに肉食獣の動きだった。
それにしても、亜紀子のテンションがいつになくアッパーになっている気がする。
本人もボクも時々ネタの様な感じで言ったりするが、こういうところは彼女の隠れた勝ち気さ加減がよく見える部分だった。
こうして水を渡してくれたり、プレーを褒めてくれたりする彼女は、何だか運動部のマネージャーっぽさもあったりする。
プレイヤーである亜紀子にこういう言い方をするのは少し迷うが、個人的には、悪くないな、と思ってしまったりするわけで。
「あ、ごめんね。お水飲みたいよね」
「ううん。大丈夫、大丈夫」
でも、彼女のお言葉に甘えてペットボトルのキャップを開けることにする。
ひとくち、ふたくちと呷っていくボクを見て、亜紀子は満足そうに神流のそばに寄っていった。
喉の奥に水分が染み込んでいくような感覚になる。
案外、ボクも派手に動いていたらしい。
人間、自分の身体の乾きには無頓着になるというが、本当の話のようだ。
よくあるミネラルウォーターがものすごく美味しく感じられた。
ついでに、もらったタオルで汗を拭く。
それほど汗をかく体質ではないけれど、やはり運動をすればそれなりに出るモノだ。
――ニオイとか、大丈夫だっただろうか。
気にならなかっただろうか。
今更ながら、こっちが気にしてしまった。
「次は?」
「えーっとねぇ……」
宇野くんが訊いてくる。
すぐさま我らが学級委員長、上野愛理がタイムテーブルを確認する。
「まだちょっと時間あるから、一旦教室に戻っても大丈夫だと思う」
「おっけー」
だったら、と真っ先に教室に戻る子が大半。
そのまま残って別のクラスの試合観戦をする子もいるが、それはあくまでも一部。
基本的には試合に出ているクラスの応援が優先されるので、あまり邪魔にならないようにというのが不文律だった。
ちなみに、冬季体育祭は一般的なトーナメント方式、
ノックアウトシステムを採用している。
ただし学年の区別はなく、1年生も2年生も同じ土俵で、同じトーナメントの山で、頂点を争うことになっている。
試合形式は25ポイント1セットマッチだ。
我らが1年7組は初戦から2年生と対戦することになっていたのだが、それがむしろ妙な感じでボクらに火を付けたらしい。
自分でもアドレナリンが出まくっているのがよくわかった。
それくらいのノリで戦っていたような気がする。
数週間前までバスケでもバレーでもどっちでもいいや、なんて思っていたヤツの思考とは思えなかった。
試合の方も、序盤の連続得点で相手の出鼻を挫いてからは一進一退。
それでも最後は玲音のスパイク――クイック攻撃炸裂、練習の成果がいちばん出せたポイントだった――が強烈に決まった。
最終スコアは25対20で、それなりの僅差にはなったが、終始こちら側が優位なのは変わらなかった気がする。
「あ、そうだ。いいんちょ?」
「なぁに?」
委員長を呼び止める。
気になることというか、知りたいことがあった。
タイムテーブルを確認した彼女なら知っているかもしれない。
それにしても、わざわざ体育の集団行動のように回れ右をしてこちらを向いたのは、彼女なりのネタだったのだろうか。
でも、わりと拾いづらいので止めてほしかった。
「ついでだけど、次の相手ってわかる?」
「んー……ちょい待ち」
ネタをスルーしたことは、あちらもスルーしてくれた。
何気なく出てしまった動作だったのだろうか。
まさか、クラス替えも間近に迫ったこのタイミングで、上野愛理の為人をひとつ学ぶことになるなんて思わなかった。
そんな彼女は、ボクに反応するが早いか、ダッシュ一閃。
さすが陸上部、膂力が違う。
わりと生徒で混んでいる中をスルスルすり抜けるように走り、体育館入り口に貼られているトーナメント表を確認して、すぐさま帰還する。
――申し訳ないけれど、アジリティの競技に出ている犬っぽいな、と思ってしまった。
若干、尻尾のようなモノが見えなくもない。
そこまでしてもらわなくても良かったのだけれど、この辺の配慮というか、面倒見の良さは彼女の学級委員長らしいところのひとつだった。
しかし――。
「次はね、1年2組」
「……おお」
――マジかよ。
返ってきた答えは予想外。
というか、完全に油断していた。
思わず変な声が出そうになる。
何でもない風を装えたのは奇跡かもしれない。
そして、丁度良いタイミングで亜紀子の注意が削がれていたのも、奇跡だった。
1年2組と言えば、祐樹と聖歌がいるクラスだ。
何という偶然か。悪運の強さに驚くしかない。
アイツはバレーボールだろうか、それともバスケットボール側だろうか。
バレーだとしたら同時にコートに立つだろうけど、バスケならどうだろう。
斜め向かい側で応援みたいなことになったら、イヤでも亜紀子の視界に入るだろうし――。
「いや、……余計なことか」
「何が?」
「ぉっと。いやいや、何でもない」
委員長に聞かれていた。
適当な感じで受け答えるが、彼女は少し怪訝な顔をしていた。
少し、考えすぎかもしれなかった。
ここ最近の亜紀子は、去年の学校祭直後のような雰囲気を見せることがほとんど無くなっていた。
もしかすると、今の彼女が本当の彼女だったりするのだろうか。
亜紀子には悪いが、学校祭があるまではほとんど話すような機会がなく、どんな雰囲気の娘なのかあまり知らなかった。
なにせ、廊下の角で静かに涙を流していたあの時が、彼女としっかり会話を交わしたはじめての機会だったのだから。
「(余計なこと、かもな)」
今度は周りに気を付けながら、それでも小さく口に出してみる。
自分に言って聞かせるように、正しく自分の耳に届けて脳で認識できるように、呟いてみた。
むしろ、ボクの方はどうだろうか。
聖歌は、どうなのだろうか――。
「海江田?」
「……んぁ?」
気の抜けた返事をしてしまった。
いつの間にか目の前には宇野くんが立って、少し苦笑いを浮かべていた。
「どした? 疲れたか?」
「まさか。吹部の武闘派っぷりを舐められたら困る」
「だよな。次も頼んだぞー」
ばしばしとボクの肩を数度叩いて出入り口に向かって走って行った宇野くんを、結局ぼんやりと見送ってしまった。
ここまでお読みいただきましてありがとうございます。
いよいよ始まりました、冬季体育祭篇。
一応この節の終わり……のひとつ手前、「2-19」で閉幕の予定です。
その次からはいよいよ新学期、新学年でのお話が始まりますよー。




